大事なこと
藍咲 慶
大事なこと
「もし君と、私の間にウィスキーかそこらの40度くらいのショットがあったとする。ちなみに君なら、何が飲みたい?」
顔のしわがくっきり彫られた老人は若僧に問いかける。
「強いお酒かぁ、テキーラだとかコカレロを思い浮かべますが、おいしく飲みたいのでジャックダニエルがいいです」
「ほお、その年にしてはなかなか見る目がある。じゃあ、ジャックダニエルのショットがあるとしよう」
そういって、凍らせたショットグラスを目の前に出す。すると、青年は余裕を失った。
「今日はもう酔いが回っちゃってきついっす」
「まあまあ、落ち着きなさい」
にこやかに笑いながら、黒いラベルのジャックダニエルを静かに傾ける。
「君は、まあ見た通り、飲むのを拒んでいる。そして、私は正直飲みたいと内心思っている」
「じゃあ、一杯頂いてくださいよ。日ごろの感謝を込めておごるので」
「そうだなぁ。一杯もらおうかな」
カウンター越しに立つ老人が顔の筋肉を緩ませる。
「一方で、君と私がポーカーをしたとする。それで、もし君がワンペアで負けて、私がハートのフラッシュで勝ったとする」
「幸先いいですね。マスター」
「なに、たとえ話なんだからかっこつけたっていいじゃないか」
まっすぐで優しいツッコミで少し照れた老人。
「そこで負けた君のおごりで私が飲むとする」
「つまり、何が言いたいんですか?」
「さて私は、どちらが気持ちよく飲めるだろうか」
その瞬間、老人はまっすぐな目で若僧を見た。その目は、青年が年上に見えるようだった。
「え、それって大事なことですか?」
若僧は急にあほ面になる。それを見て、老人は目の前のグラスを空にした。
「わかってないなぁ、大事なことだというのに」
「え、、、」
混乱する若僧。迷子センターにいる子のように幼く見えた。
「まぁ、わからんのならわかるまで考えてらっしゃい」
疑問符を頭にのせながら青年は席を立った。老人は
「大丈夫、さっきのお代はツケておくから」
とニコニコ笑顔で青年を送り出した。
大事なこと 藍咲 慶 @windwindow39
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