第54話 例えばひとつのエンドロール

 メメントギルドには勇者(クレスト)・誕生祭(マスト)という冬の行事がある。

 本来は勇者が任命されたことを祝う、厳かな祝い事のはずだが。

 性なる夜と呼ばれ、カップルが盛るということで独身男女に忌み嫌われる期間である。

 リア充死ね。=リーダーがアバンスの充実したパーティ『ホワイトプラム』みたいな奴ら死ね。

 そんな言葉がはやったこともあったかもしれない。

 一般的にリア充と言われるものたちとは一線を画す存在もいる。


 漆黒の魔王ベルヌ。

 彼の場合は人の興味をひきつけてやまない、最強の人たらしといった属性をもつ。

 そのくせ目立つことは嫌いで、それでも人のために行動することに疑問をもたない。

 それは彼が希望の力を持つ者だからなのかもしれない。


 人は希望の光を求め縋りつく。

 羽を焼かれ落ちるのは、その人の選択次第なのだ。


 当の本人は今日も黒のローブに黒ずくめでどこかへと繰り出しているらしい。

 そのことでメメントの街はざわついていた。

 いや、若干一名がざわついていた。


「ベルくんがいない……今日は私と一緒の約束なのに」


 聖女ミカエラ。

 美しい金色の髪の毛は入念に整えられ、素晴らしい光沢と艶はまるで光の束のよう。

 寒さに紅のさす頬。その顔は薄い化粧にも関わらず女神のような美貌をたたえている。

 真っ赤なコートに真っ赤なスカート。

 真っ赤な帽子はまるでなんとかクロースを連想させる服装だが、これはベルを喜ばせようとして特注したもの。

 私がプレゼントだよ、ベルくん。をやるためだ。

 やっと完成した新居で待っていたのだが、いつまでも帰ってこない(たいして待っていない)ので思わず街の中へと飛び出してきたのだ。

 街の男たちは美しいミカエラの姿に見とれて次々と集まってくる。

 人ごみに囲まれ、そんな場合じゃないのに、とミカエラは不安げな表情でベルの姿を探した。

 街はカップルに溢れ、幸せに満ち溢れている。

 ミカエラは林檎の種亭を探し、ギルドへと赴き、そして街の中を数回ぐるりと廻ってみて。

 それでもベルの姿が見えないことで大きく落胆した。

 やがて広場のような場所にあった石のベンチに腰掛ける。

 ミカエラは小さい口から、ほうと溜息を漏らす。

 白くなった息が両手にかかった。

 冷たいな。


「ベルくん……私のこと、嫌いになっちゃったのかな?」


 ミカエラは考える。

 もしかしたら最初から、彼は私のことを好きじゃなかったのかもしれない。

 私なんかプレゼントでもらってもいらないよね。

 今まで自分の好意につきあってくれたのは、私が哀れだったからなのじゃないだろうか?

 そういえば、最初から私の方がベルくんを好きだった。

 ココ村のときだって、ベルくんはやらなきゃいけないことを沢山背負って生きていた。

 私はそんなベルくんの助けになれればと思っていたけど、ちゃんと出来ているのかな?

 私なんかがいなくても、ベルくんは魔王をやっていけるし、仲間も沢山いる。

 邪魔しちゃってるのかもしれない。

 いらない子なのかもしれない。


「あれっ。おかしいよ。今日は楽しい日なのに、こんなこと考えちゃうなんて……」


 空も曇ってるし、嫌な灰色。

 周りの人たちは笑顔で自分の家に帰っていくんだろう。

 手を繋いで、暖かそう。

 ミカエラは下を向いてしまう。

 そのまま幸せな人を眺めていたら、泣いてしまいそうだったからだ。

 どこにいるんだろう、ベルくん。

 もしかして他の人と一緒に過ごしているのかな。

 暖かいところで、一緒に笑っているのかな。

 誰かにプレゼントあげてるのかな。

 ミカエラのつぶらな瞳には、うるうると涙が溜まる。

 唇を噛み締め、地面を見続ける。

 泣くもんか。

 それでも私は、あの人を好きなんだから。


「あ……」


 うつむくミカエラの視界に、白い欠片のようなものが映った。

 なにかが空から落ちてきている?

 

「雪だ……」


 しろくて、綺麗。

 メメントでその年、初めての雪。

 真っ白で穢れのない雪が、空から皆の元へと届けられる。

 ふわふわと漂う雪の姿に、視線を上げたミカエラの目の前には。


「探したぞ、ミカエラ」


 ――彼がいた。


「ベルくん」


「寒かったろう。ほら、これを着るといい」


 黒のローブを渡され、ミカエラはそれを受けとる。

 かすかな彼の匂いを感じ、途端に全てが安心に包まれる。

 私にもプレゼントあったよ、神様。

 結局、泣いてしまったのだった。


 冷たくなった手を包んで暖めてくれた彼は、手を繋いで一緒に家路を歩いてくれる。

 冷たさなんて一瞬で忘れてしまったミカエラは、笑顔で彼の顔を見つめながら道を歩く。

 幸せ。これだけで暖かい。

 でも、彼はなんだかそわそわしている様子だ。

 やがて家の前まで到着した。

 ふと、彼が肩に手を置いてきたためミカエラはドキッとする。


「ミカエラ。ちょっと話がある」


「なに、ベルくん?」


 そう言うと彼は、跪いて小さな箱のようなものを取り出した。

 開けると、指輪があった。

 この世のものとは思えないほどの美しさをもつ透明の光をはなっていた。


「純粋度が高い金剛石を【能力ワールドマジック】で加工した。俺しか造れない、世界でひとつだけの指輪(リング)だよ」


「ほんと!? うれしい……とっても綺麗」

 

「結婚して欲しいんだミカエラ。俺と結婚してくれ」


「はい。喜んで」


 雪が降りしきる中、ミカエラとベルヌはずっと抱き合っていた。

 ずっとずっと抱き合っていた。

 雪を溶かし、二人は溶け合い、幸せな毎日を送るだろう。


 照れ隠しの雪(ワールドマジック)だったのも、そのせいでベルヌが遅れたということもミカエラが知るのはずっと後になってから。

 彼らが協力して世界を救い、戦争をなくし。

 仲間と一緒に新しい家で暮らし、新たな命が育まれるようになってから。



 幸せな夫婦と幸せな仲間たちは、やっぱり魔王をやっていくらしいですよ?

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魔王だけど勇者でしたが追放されました〜やっぱり魔王をしなければいけないらしい〜 晴行 @obuteiyu

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