第53話 短編③

■【テーナの弱点?】



 冒険者パーティ【ホワイトプラム】。

 最近銀等級にパーティランクを上げた。

 ベルヌが彼らの命を救った一度目の世界でも優秀な力を持つパーティで、二度目の世界では紫水晶の拡散を防いだベルヌのお陰で命の危機に瀕せずトントン拍子で成り上がってきた。

 だが、一度目ではシーラ村全滅の一件で精神的成長を遂げた部分があった彼らにとって、二度目の世界ではある種の停滞感を感じていた。

 そんな未熟さをもつホワイトプラムの面々は、リベイクのパーティを尊敬していた。

 アバンスとテーナは、林檎の種亭でリベイクのメンバーと絡むうちに彼らがメメントギルドが活気を取り戻したことに一枚噛んでいるとなんとなく気がついていたのだ。

 アバンスの自慢癖はベルヌへの憧れによって解消されたのだが……。

 テーナのある癖だけはどうしても解消できないでいたのだ。

 ある日、リベイクからベルヌ、アリス。ホワイトプラムからアバンス、テーナというメンバーでカヌの森に出没したレッドアイ・ウルフの退治に向かっている途中の話である。



 今回は暴れるレッドアイ・ウルフの討伐が依頼だ。

 珍しいが、たまにカヌの森に迷い込むことがある。

 紫水晶は関係していないから手負いか、餌場を追われた魔物だろうな。

 集団からはぐれたウルフはいずれ弱って死ぬ。だが、生きるために獲物を襲う。

 カヌの森は人間も住む場所なので、早めに討伐してやるのが人間とウルフの為でもある。

 俺は黒のローブに短剣。中は黒いシャツとズボン。アリスは白のローブ。今日は中に白いブラウスと動きやすいスカートを確か着用していたな。アバンスは黒のローブにシミター。テーナは黒のローブに長弓。時折ちらりと見える中の服装は冒険者用短ズボンに半袖のツナギ。近距離用ナイフ。

 ……自分が言うのもなんだが俺たち黒すぎる。

 暗殺者集団かと思われても不思議ではないぞ。

 そして白いローブでドヤ顔のアリス。いかなるときも自分を貫く君、嫌いじゃないよ。

 目的地まで森の中を歩く。

 アバンスは嬉しそうに笑いながら、俺に話しかけてきた。


「ベルヌ君。君とこうして依頼を受けれられるとは光栄だよ。また勉強させてくれ」


「いやいや。こちらこそ頼む。実際的な強さではそちらの方が上だ」


「またまた。謙遜しないでくれ。僕は君の実力がランクに縛られたものではないと知っている」


「困った。アバンス。あなたは今回、すこし鋭く変化しているらしい」


「どういう意味だい?」


「褒め言葉と捉えてほしい」


 一方、アリスとテーナも仲良く会話を重ねているみたいだ。

 アリスに至っては、あまり人間と絡みたがらないはずだから、ホワイトプラムの面々がそれほどいい人間だと理解できる。

 魔素の流れで相手の感情を知れるアリスに認められるとは相当なことなのだ。

 肩まで届く動きやすい長さに整えられた茶髪を揺らし、テーナはアリスの手を引いていた。

 こう見るとまるで姉妹のようだ。

 テーナははにかんだ笑みを浮かべながら、アリスに尋ねた。


「アリスちゃんはベルヌくんといつ知り合ったの? テーナお姉さん気になるな」


「一万年と二千年前です」


「え!?」


「嘘です」

 

「もぉーアリスちゃん。お姉さんをからかわないでよ」


 ……からかっているだけなのかもしれないが。

 そんなこんなで、目的の場所に行く道のりは森を突っ切るルート。

 道なんて無く、草を掻き分け進む茨の道だ。

 やがて、前を進む俺とアバンスの元に、背後から森を切り裂くような恐ろしい悲鳴が届けられる。


「きゃああああぁぁっ!?」


 テーナの悲鳴かっ!?

 まさか魔物の強襲?

 俺とアバンスは急いで背後を振り返った。


「どうした!?」


「かっ……カエルです」


「かえる?」


「はい。かえるがいました」


 魔物ではなく、普通のカエル。それも指先ほどの小さな可愛らしいものであった。

 葉っぱにとまっていたので驚いたらしい。

 テーナはまるで恐ろしいものでも見たかのように女の子座りになり、呼吸を乱している。

 顔が青ざめていたので、背中をさすってやる。

 テーナは呼吸を整えるとこう言った。


「ふぅ。ごめんなさい。先を急ぎましょう」

 

「大丈夫か?」


「ありがとう。ベルヌくんのお陰で落ち着きました。お姉さんダメだな。ベルヌくんより先に冒険者になったのに、こんなので驚いちゃう」


「そうか。あまり無理するなよ」


 アリスがじーっと俺の方をみている。

 なんだか気まずい空気を感じるが、俺はアバンスの元へと戻り前衛として森を掻き分ける。

 カヌの森は平和だが、結構わしゃわしゃと草が多い。

 しばらく森を進んでいると、再び森をつんざく悲鳴が俺の耳に飛び込んできた。 


「いゃああああぁぁっ!?」


 テーナの悲鳴だ!!

 レッドアイ・ウルフは手負いの可能性がある。

 手負いの獣は恐いのだ。俺は急いでテーナの元へと駆け寄った。

 襲われていたら大変だ。


「どうした!?」


「虫がいました……飛ぶやつです」


「森だから虫はいるだろう?」


「そうですよね……でも怖い。まさか虫が飛ぶなんて」


 おびえた表情でテーナが指差すのは、小さな羽虫であった。

 やがて虫はぱたぱたと飛んでいき、青ざめた顔のテーナは地面へと崩れ落ちる。

 座り込んでしまい、呼吸もままならない様子だ。

 仕方がないので俺は背中をさすってやる。そうすると生気が戻ったようにテーナの顔に赤みが差すのであった。

 アリスがじーっと俺を射抜くような視線で見つめる。

 テーナは呼吸を整えこう言った。


「やっぱり、ベルヌくんの手で背中をさすられると落ち着けます。ありがとう」


「本当に大丈夫かテーナ? 体調が悪いんじゃないのか?」


「大丈夫。お姉さん、むしろベルヌくんの腕の中で体調が悪くなりたいかも」


「ん?」


「な、なんでもないの。さあ行きましょう」


 テーナは立ち上がり、再び冒険は再開した。

 夜になるまでに討伐を終わらせてしまいたいな。

 俺とアバンスは歩みを早め、ウルフの目撃情報があった場所へと急ぐ。

 するとまたまた再び背後から悲鳴が聞こえる。テーナだ。


「にゃああああぁぁっ!?」


「どうした!?」


「にゃんこを見つけました……。可愛いですね」


「それ、アリスだけど」


「…………」


 テーナにより、アリスが脇に手を入れられ持ち上げられていた。

 ローブが脱がされ、アリスの可愛らしい猫の耳がピクピク動いている。

 確かにアリスは猫獣人の姿をしているから、にゃんこと言われればにゃんこだ。

 すんごい不機嫌な顔をしているアリス。

 さすがにやりすぎたかなーという顔をするテーナ。

 テーナ。何がしたい?

 気まずくなったのか、テーナはアリスをゆっくりと降ろす。

 そうすると途端に呼吸が荒くなる。


「はぁ、はぁ、にゃんこアレルギーだったことを忘れていました」


「大丈夫か!?」


「背中をさすられれば治るかも……」


「わかった。背中だな」


 俺がテーナの背中をさすってあげようとした所。

 むすっとした顔のアリスが間に割って入ってきた。


「私は魔素で出来ているので、猫じゃないです。テーナ、私がさすりますから」


「えっアリスちゃん?」


「ほら。気持ちいいですかテーナ。ほらほらほら」


「ああっ。強引。アリスちゃん強引だよぉ」


 アリスの小さな手で、テーナの背中がバチバチと叩かれる。

 テーナは身を捩って逃げようとするも、アリスはそれを追跡して逃がさない。

 というか、テーナめちゃめちゃ元気な気がする。

 走り回ってアリスから逃げているように見えるが。

 テーナとアリスの謎追いかけっこを眺めていると、アバンスが俺の隣にやってきてこう呟く。


「ベルヌ君。君は罪な男だよ。うちの弓使いはすごく優秀だけど、唯一弱点があるんだよなあ」


「弱点?」


「それは君さ」


「どういうことだ?」


「そういうところだと言っておきたいよベルヌ君。さあ僕たちではやくウルフを討伐しよう」


 俺はアバンスの言いたいことがよくわからなかった。

 俺が弱点?

 まさか、テーナ。

 俺アレルギーなの?

 その日は結局、夜までかかってやっとウルフを討伐できたのであった。












■【おしえてリリィせんせい】



 ダンダリオス魔法学校にはいくつもの教室がある。

 漆黒の魔法使いの関係者ならば顔パスでダンダリオスの施設を使うことができるようになった。

 これはガリウス学長代理を更正させた件によって手に入れた権利なのだが、これによってアリス・ティアラの学校入学時期が早まった。

 ティアラは義兄ミストと共に、平和な学園生活を送っている。

 ……訳はなかった。

 今日はひとつの教室にとある理由で女の子たちが集められていた。

 特別講師による特別教室である。

 集まった面々は、アリス(永遠の15歳)・ティアラ(15歳)・マリー(15歳)・ミカエラ(15歳)・女教師(31歳)である。

 皆は授業を受ける時のように教室内の椅子に座らされ、黒板に向かっている。

 そして講師となるはリリィ(673歳。四捨五入すればだいたい15歳じゃ!)。吸血鬼とエルフの血を引く、古の妖女(ようじょ)だ。

 教卓に肩肘をついたリリィは、何も言わずに皆の顔を眺めまわしている様子。

 アリスとティアラが待っている一緒の茶会と聞いていたマリーは、意味不明な面子に驚く。

 やがてゆるふわ毒舌女子マリーはふわふわした髪の毛を触りながら愚痴を言い始めた。

 

「どうして私がここに数えられているのかしら。なんだか勇者パーティの聖女様までいらっしゃるし。私のような高貴な者が来る場所には思えないのだけれど?」


 女教師(31歳)もぶーぶーと同調する。


「私の方がもっとおかしいです。皆さんお若いのに、どうして私だけ……共通点すらないじゃないですかぁ

!? 妙齢の男性が待っている話はどこにいったんですか?」


 不思議な空気が漂っていた。

 探りあいというか、誰かが情報を話すのを待っている。

 女教師は顔を真っ赤にして黙り込む。妙齢の男性は待っていないようだ。

 仕事終わりの一杯がやめられないのか、女教師のややだらしのない肉付きのいい体は大人の魅力に溢れている。

 持て余した肉体のやり場に困り、簡単に男の情報に惑わされてしまった。

 ――騙されて連れてこられた。

 おそらく、皆がそういう意味不明な理由で集められたのだろうということだけは彼女の失敗で理解できた。

 ミカエラはにこにこ微笑んでいるばかりで、何を考えているのか表情からは読み取れそうもない。

 アリスはしくじったという苦い顔。

 ティアラはほんわかとした感じで、場の殺伐しかけた雰囲気にそぐわない表情をしていた。

 やがて皆が静まると、リリィがゆっくりと口を開いた。


「はい。皆が静かになるまで、時計の針が三つ回りましたのじゃ!」


 どこで用意したのか、この世界ではかなり珍しいレディスーツのような服装と尖ったメガネを着用し。

 リリィは、んしょ。と教卓の上へと登ると、腰に手を当てて小さな胸を張る。

 生徒たちの位置からだと、コウモリの刺繍入りおぱんつは丸見えなのだが彼女は気にしていないようだ。

 

「お前ら、学校になにしにきとんじゃ!?」


 問うリリィ。

 友達を増やす集まりがあると聞いていたアリスは答える。


「勉強だけど?」


「馬鹿たれぃ。勉強は当たり前じゃ。せっかく学校にきてるのに、お前らときたら……私様は悲しいのじゃ。もっと学ぶことがあるじゃろう!!」


 悲観して嘆いてみせるリリィ。

 アリスの友達を紹介する会があると聞いてきたティアラは、なんの気なしにリリィに尋ねる。


「では、一体何ですの? 勉強以外に思いつかないですの」


 ティアラの問いに、リリィはふぅと大きな溜息をつき。

 ふふんと鼻で笑ってみせる。

 ぶぃと小さな手でサインをつくってみせこう叫んだ。


「性行為(せっくす)じゃ」


「はぁ……っ!?」


 びしっ。

 そのまま指をさされたティアラは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 その単語は辞書で引いて知っているくらいのいやらしき言語知識。

 ティアラにとって、未知の領域であったからだ。

 リリィはそのまま得意げにメガネの端をくいっ。しながら続ける。


「魔法など勉強しても男は喜ばんのじゃ。お前ら性行為(せっくす)を学ぶのじゃ。いいか? 男など所詮股の間の棒で、ものごとを考えるけだものじゃ。じゃから股の間の棒の乗りこなしかたこそ、女子(おなご)の学ぶべき学問じゃぞ?」


「股の間の棒……? なんですそれ? 魔法ステッキのことでしょうか?」


 女教師(31歳独身)は悲しきかな、リリィの口にした言葉の殆どを理解できなかった。

 この場でその意味を理解できたのは、アリス・マリー・そしてなんらかの独自解釈したミカエラ。

 アリスは顔を真っ赤に染め、マリーは呆れた表情をし、ミカエラは目をきらきら輝かせる。

 リリィはうんうんと皆の反応に頷き、話を進める。


「まずはお主らに問おう。キスをしたことがある者は手をあげよ」


 ティアラ・マリー・ミカエラが手をあげた。

 アリスは顔を赤くしたままうつむいている。


「母親とのキスは除くのじゃ」


 リリィがそう言うと、ティアラは恥ずかしそうに手を下げた。

 リリィは可哀想な眼差しを女教師(31歳)へと向ける。

 女教師(31歳)は弁明するようにあたふたと取り繕う。


「ふええ。だって男性と付き合ったことがないんです」


 そこで、マリーがまた愚痴を挟む。


「いや、31歳でふええ。はキツイですよ先生。ふええが通用するのは10代までって自覚しましょう? 先生はもうふええを使ってはいけないお歳なんですよ」


「そんなあ」


「先生にぴったりの言葉は、よっこらしょとかどっこいしょなんですよ?」


「いやあ。言わないでえ」


 年齢の話をしている。

 眼鏡の端をくいくいやってやり取りを眺めていたリリィであったが、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 よし、最初の実技はあのマリーといういけすかない女でやるとするのじゃ。

 妖女(ようじょ)の前で年齢の話をするでない。


「よし。では先生がお手本を見せるのじゃ。皆はてくにっくを学ぶように。マリーとやら、こっちに来りゃれ」


「なに……? 私、もう帰りたいんですけれど?」


「ふむ。ゲス以下な性格の割りに可愛い顔をしとるのう」


 リリィはおもむろに近づいてきたマリーの顎を小さな手で掴み、くいっと上げる。

 宇宙の星をちりばめたような瞳に射抜かれたマリーは、「あっ……」と短く声をあげ動かなくなった。

 そして、リリィは口をすぼめマリーの唇へと近づけ。


 ――ズキューーン!!


「ふむ。ゲロ以下のにおいがするのじゃ」


「ああ……あっ」


「キスとはこういうものじゃ。わかったかえ? 決して、ベルヌという男に近づかぬように」


「はい……」


 顔を赤らめたマリーは、そのままリリィの言いなりになるようにして教室から出て行った。

 不思議なことに、あれだけ噛み付いていたマリーは言いなりになるように大人しくなっていた。

 ……べろべろと舌を入れられていた。

 あまりの恐ろしさに、教室内に戦慄が走る。

 キスとはあんなに涎まみれになるものなの?

 しかしマリーは顔を赤らめ、ぼうっとしていた。

 あれがてくにっくというものなのだろうか?

 いつの間にか移動したリリィは、女教師(31歳)の顎に手をかけていた。

 女教師はうるうると涙目である。


「ふええ、次は私なんですかあ?」


「お主もわかっておろう。ここにいることの理不尽さにのう」


「でもわたし、初めてなんですよお?」


「私様は構わぬ」


 ――ズキューーン!!


 べろべろべろ。

 女教師の顔がリリィの涎で濡れた。


「ふええ……しゅごいですぅ」


 とろけきった表情で女教師は椅子から立ち上がり、ぼうっとした様子で教室から出て行く。

 これで、教室内に残ったのはアリス・ティアラ・ミカエラとなる。

 リリィは内心ほくそ笑む。

 でも安心してはいけないのじゃ。こいつらが一番の強敵じゃ。

 性教育大作戦。

 リリィは考えた。

 私様は経験が豊富じゃからのう。清らかな乙女たちと比較されてしまうと、どうしても立場が……。

 ベルヌ様はそういった差はつけぬじゃろうが、どうしても気後れしてしまうのじゃ。

 しかしふと思い立ったのだ。

 私様以外の女を、全て『びっち眷属』にしてしまえばいいのじゃ。

 マリーと女教師は、夜な夜な私様を求め彷徨う性人鬼になったのじゃ。

 私様の魅力を知ってしまったら、並の男では満足できまいて。

 さて、次の教育に移らねばのう。

 一番厄介なあやつをどうにかせねばな。


「アリス。最近、身体の調子はどうなのじゃ?」


「問題ないわ。帰るわね。どう考えても友達が出来る集まりじゃなかったもの」


「ベルヌ様を喜ばせるてくにっくの講習はここからじゃが……帰るのか、仕方ない。じゃあ、アリス。さよならじゃ」


「……ティアラ、ミカエラ。帰らないの?」


 アリスがふと隣のティアラに目をやると。


「ですのですの、あれがキスですの……初めてみましたですの」


 興奮しておかしくなった彼女は顔を真っ赤にしながら両手で抑えていた。

 一方のミカエラは。

 にっこりと微笑みながら椅子に大人しく座っている。


「とても勉強になります。男性を喜ばせるテクニック講座……ベルくん。私、がんばるね!」


 ティアラとミカエラはなんだかんだ残る様子だ。

 アリスは仕方なく再び席へと腰掛けた。

 しめしめとほくそ笑むリリィ。

 アリスさえ落ちればこのメンバー。あとは自由自在。

 ベルヌ様に関わりそうな女子(おなご)ばかり集めたとも知らず暢気な奴らよ。

 リリィは腕を組み、小さな胸を張る。


「次は愛撫じゃなアリス」


「はぁ……なにをする気なのリリィ?」


「こっちに来るのじゃ。教卓の上に寝そべるがいい」


「嫌よ」


「ベルヌ様が喜ぶと思ったんじゃが……」


「仕方ないわね。おかしなことをしたらリリィでも許さないから」


 アリスの小さな身体が、教卓の上に寝かされた。

 リリィは眼鏡をくいっと上げると、アリスの肌に手を滑らせる。


「んっ……こんなことにいったいなんの意味が? 私は魔素よ。感情も感覚もないの」


 服の上からさすっているだけに見えたのだが。

 いきなり、リリィは制服の隙間から小さな手をアリスの柔肌へと突っ込んだ。


 ――ズキューーン!!


「ひぁっ。やめっ。リリィ……そんなとこっ、ベルヌ様にも触られたことないっ。ああっ!?」


「秘技。吸血エルフマッサージじゃ。料金はよい。効能は血行改善と、体質改善じゃ。いい身体しとるのうアリス?」


「ひぃいぃっ!? ちょっと、リリィ? やめてっ。どうして私に効くのコレ!? なにこれ……なにこれーーーーっ」


「さすがのアリスもかたなし。妖女(ようじょ)をみくびっておったな?」


 教卓の上でひたすら悶えさせられたアリスは、「私のキャラが。学校でのクールキャラが……」と言いながらとぼとぼと教室から出て行った。

 リリィはガッツポーズを決める。しめたもの!

 あとは純粋そうな金髪ドリルツインテールの巨乳と、清純そうな聖女の女子(おなご)しか残っておらん。

 楽勝じゃ!!

 ティアラはうるうるとした瞳で、荒い息遣いをして椅子から崩れ落ちそうになっていた。


「アリス……あんなに気持ち良さそうに。なんですのこの気持ち? なんだか、もやもやどきどきするですの。アリスの切なそうな顔、綺麗でしたの。ああっ、何ですのこの昂ぶりは」


「(こいつは合格じゃな。帰らせよう)」


 リリィはティアラを帰らせ。

 教室の中に残ったのは、聖女ミカエラだけになった。

 聖女と言えども三年前まではたかが村人だった女じゃ。

 リリィはふふんと鼻を鳴らし、ミカエラの元へと近づく。

 そうじゃな、可哀想じゃから弱マッサージぐらいで許してやるのじゃ。

 そうすると、ニッコリ嗤ったミカエラがリリィを見つめていた。

 リリィはどうしてか、自分が小動物になり、目の前にいる年端もいかぬ少女がドラゴンにでもなったような感覚を味わう。

 どうしたのじゃ?

 私様は600年も生きた妖女じゃぞ?

 何故、冷や汗などかいている。

 ミカエラは、可愛らしく首を傾けこう口にした。


「とても勉強になりました。でも先生、私ちょっと不安なんです」


「ど、どうしたのじゃ?」


 もじもじと机の上で手を遊ばせるミカエラ。

 なんじゃ、すごーく嫌な予感しかしないのじゃが?

 ――ガシッ!

 いつのまに!?

 ミカエラに両手を押さえられ、リリィは地面に引き倒される。

 どうしたというのじゃ!? 吸血エルフが人間に力負けなどするわけ……。

 あれ? 動かんのじゃ。


「本番でできるかどうか心配で……だから、経験豊富なリリィ先生にちょっと練習に付き合ってもらえれば、と」


「待て、待つのじゃ。話せばわかる」


「まずはキスからです。ベルくぅん……れろれろれろ」


「ぎゃあああぁぁ。いやぁあぁぁぁぁぁ。あふぅぅぅぅん!?」



 自ら人払いした功績により、最後までミカエラの練習に付き合わされたリリィ。

 無限に続くかと思われる快楽責め。ミカエラの異常な才能を発揮され、リリィの小さな命が叫んでいる。

 私様で良かった。これ、ほかの人だと死ぬんじゃ?

 経験豊富なリリィだったから耐えられた。

 そう思うことにして、リリィはその出来事を心の鍵つき箱へとしまいこんだ。

 人を呪わば穴二つじゃな。

 ……穴という言葉すら思い出したくないわい。と考えながら。

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