第52話 短編②

■【法国はくせもの揃い】



 エイン法国。

 かの国はお世辞にも財政面が優れているとはいえない。

 帝国や共和国と比較してしまうと技術力、資金力に一段劣る。

 だから宗教国家としてのまとまりでなんとか他二国と張り合ってきた。

 そのお陰というのはおかしいが、冒険者ギルドに変な権力が介在しにくく割と自由にさせてもらえる。

 法国の辺境ギルド、メメントもそうだ。

 ギルドに登録したからといって変な義務はなく、毎月の歩合的な上納金で運営はまかなわれる。

 つまり騎士を囲ったり、魔法使いを国単位で支援する他の国のギルドから比べると雑魚ギルドなわけだ。

 戦争になったらギルドより戦力を確保できないため、法国のお偉方は権謀術数を駆使して『避戦』の戦略をとってきた。

 見かけは戦争したがっているように吠えてみせて、裏では手を回し全力回避。

 要は性格悪いやつが多いのである。

 だが、味方につければこれほど心強いものはない。

 俺は世界情勢を探らせている手駒からの報告を、メメントの【林檎の種】亭にて受け取る。

 目の前のやせ気味で不気味な眼光を光らせる男は、こう口を開いた。


「漆黒様。本日の報告はこちらです」


「ログザ。その漆黒という呼び名、どうにかならない? 俺、ベルヌという名があるんだけど?」


「いえ。私は漆黒の魔王様にお使えする法国の記録機関の一員。決してあなた様の正体が無敵の魔王だとは口が裂けても漏らすまいという覚悟です。極秘の記録機関ログザ、秘密は守ります。はい」


「(ここ飲み屋で、その口から流麗に俺の正体が溢れ出したわけだが)」


「マイアー様から伝言があります」


 直接何か言ってくるとはめずらしいな。

 ログザの上には枢機卿マイアーが控えていて、他国の性格悪い奴らを全部あいつに任せている。

 性格悪い奴は、性格悪い奴にぶつけるに限る。

 実際よく働いてくれる。

 マイアーに指示を出しておけば、たいがいの問題を解決してくれるのだ。

 この前も帝国と法国、二国間にわたる盗賊の奴隷取引を叩き潰した。

 盗賊の取引ルートからアジトから、彼らの存在も。

 なんでも、マイアーは幼い子を痛めつける奴は容赦しないらしい。

 

「伝言はこれです」


 ログザは書簡を取り出し、それを渡される。

 なになに?


 ――ベルヌくん。うちの子は天才だとおもうー。

 なんだか、他の家の子よりもずっと早くひとりで立ったんだー。

 娘はいい。もうちょっと大きくなったら、ワインをお酌してもらうのが夢かなー。

 妻のことはママって呼ぶけど、僕のことは『まいあ』って言うんだ。

 ……可愛いよねー。まいあだって。パパじゃないんだ。

 たぶん娘は天才だとおもうー。ベルヌくんはどう思う?

 そっか。可愛いよねー。

 たまには娘の顔をみにきてやってよー。

 ベルヌくんが来ると喜ぶから、妻も安心しているよー。

 将来はやっぱり、世界を牛耳る男の妻になる娘かなー。

 PS。娘は黒いローブを着た男の人が大好きだよー。

 どう思う、ベルヌくん?



「……こんなもん書簡で送るな」


「どうされましたか漆黒様?」


「なんでもないログザ。すこし頭痛がしただけだ」


「くっ……世界から戦争が消えないから、漆黒様がこんなに嘆いている。このログザ。世界から戦争を根絶するために記録機関として漆黒様の役に立ちたいです!! 今こそ、法国だってやれるということを世界に見せつけましょう!」


「(頭痛の原因の半分は目の前で大声を出すおまえだ)」







■【気になる例の人】



 ひと仕事終えた俺は、大きく息を吐いて伸びをした。

 林檎の種亭を出て、ゆっくりと外を歩む。

 メメントは石造りと木造が混在した、なかなかモダンな雰囲気の漂う街並みだ。

 街道に沿って建物が建設されたためか、規格が揃う建物は統一感があっていい。

 味のある建物が多く、夕日に照らされるとかなり美しく映える。

 ログザの報告を受けただけなので、あとはリベイクのアジトへと帰るだけだ。

 結構人がいる。

 こんなに人口が増えたのは最近だ。

 法国がギルドの自由はそのままに、冒険者のやりやすい環境を整えつつある。

 そんなギルド街が人気になるのは必然だ。

 

「あ、いたいたっす!」

「ふっ。簡単に見つかったな」


 ふと、人ごみの中で手を振りながら近づいてくる人影に気がついた。

 あれは、ヨランダ?

 ラフな暗赤色のスカートと濃いベージュのタートルネックセーター。盾は背中に二枚とも紐でくくって背負っている。

 そのせいで大きな胸が真ん中で分けられくっきりグンと主張され、目のやり場に困る。

 手を振るとウェーブのかかる深緑色の髪の毛が揺れ、そのセーターの下にある柔らかそうな中身(ふくらみ)も揺れている。

 周りの男たちはヨランダの胸を見て、顔を見て、ダンジョンで宝物でも見つけたかのような興奮した表情になる。

 すんごい目立ってる……おいおい勘弁しろ。

 エマもいるじゃないか。

 藍色模様の入った明るいのチュニックと、丈の短い落ち着いた色のパンツを着用している。

 意外だ。いつもはまとめている赤い髪をおろしている。

 髪の毛をふわふわにしていて、可愛らしい。

 前はあんな女の子らしい服装をしなかった。ずっと鎧を身に着けていたイメージだ。

 剣聖専用剣(ブリュンヒルド)はちゃんと腰に下げているみたいだが。

 すれ違う男が振り向いてエマを二度見している。

 エマはすっきりした目鼻立ちで、まるで戦姫乙女(ヴァルキュリエ)のような美貌をもつ。

 鎧を身に着けない今はふわりと女性らしい魅力が溢れ出して世の男性を惹きつけている。

 お前らそんな魅力的なよそいきの私服で、メメントの街中に繰り出したというのか。

 ……自分の立場が分かってない。

 美少女だって自覚ないのか?

 どうかこっちに来ませんように。

 嫌だ。アレと一緒だとめちゃめちゃ注目されるぞ!?

 どうせ別の奴と待ち合わせでもしているんだろう?

 来るな、来るな。

 ……きやがった。

 

 前は三年間一緒に旅をしたが、今回は別ルートだ。

 今回のルートでは彼女たちとはまともに話したことすらないはずだ。

 近寄ってきたヨランダはきしし。と特徴のある可愛らしい笑い方をし。


「【リベイク】のベルヌさんっすよね?」


「あ、ああ。そうだが。俺を知っているのか?」


「知っているっすよーだってクロっちが毎日話してますから。『いま会いに行くぞ! ベル!』 って」


「ああ……」


 俺はやれやれと溜息をつく。

 すまないヨランダ。俺の十字架が一人歩きしているらしい。

 エマはいたって真面目な表情でこう言った。


「それはすこし違うなヨランダ。ミカエラ『も』毎日話している。『ベルくん今すぐ会いたいよ。指輪まだ?』とな」


「なるほど……」


 俺はやれやれとry。

 すまないエマ。俺の結婚指輪も一人歩きしているらしいから。

 二人はにっこりと顔を見合わせ、それから俺の顔を見つめた。

 そしてこそこそと耳打ちをする。

 なんだ?

 俺の顔に何かついているのか?


「にしし。けっこータイプっす。いっちゃうっすかエマっち?」

「やるか。ヨランダ。私もこの男を気になってきた」


 すると二人は急に、俺の両手を取る。

 ふわりと、女の子の甘い匂いが二人からした。

 ちょっと、マズいんじゃ!?

 あなたたち、勇者パーティの方(かた)でしょう?

 俺、あなたたちが追っている魔王なんです。

 離してくれます? あ、無理ですか……。

 両側をヨランダとエマに挟まれ、腕を組まれてしまう。

 両手に花の状態になった俺は何がなんだかわからないまま連行される小人妖精のように大人しくなり。

 ……再び林檎の種亭へと戻ってきたのだった。


「私たちのオゴリっす。どんどん食べるっすよ」


「はあ」


「遠慮はするな。ベルヌくん。お酒も飲めるだろう? ほら」


「まあ」


 テーブルに座った俺は、二人の女の子に挟まれている。

 どうしてだ?

 いつの間にこんな状況になったというのだ。

 ヨランダが慣れた手つきで料理をとりわけ。

 エマは俺のグラスに強めの酒を注ぐ。

 俺はいつの間にかヨランダとエマに両側を囲まれ、林檎の種亭で食事をしていた。

 はは、見てくれ周りの視線。

 しねしね光線だ。

 男性冒険者たちの恨みのこもった表情を見てくれ。

 俺を殺す勢いだ。奴らの心の声が聞こえるぞ。

 勇者パーティのヨランダ様とエマ様と同席している男は誰だ!?

 うらやまけしからん。

 そういう視線だが、そう単純な事情じゃないんだよ、こっちは。

 ヨランダとエマには魔王と勇者の話を通してない。つまり彼女たちはクロードやミカエラに話を聞いていないかぎり俺が魔王だと知らない。

 クロードとミカエラは話さないと思うから……。

 今の俺はあくまで冒険者パーティ、リベイクのリーダー。ベルヌということだ。

 だから、逆に二人にとっては気になったのかもしれない。

 どうしていち冒険者である俺に、クロードとミカエラがそんなに興味をもつのか。

 ヨランダはずずいと俺の横顔に顔を近づける。

 いったいどうして隣に?

 テーブルの向かい側がガラガラに空いていますが?


「やっば。結構タイプっすわ。クロっちの言いたいこともわかってきたかも」


「どゆこと?」


「いやね。勇者パーティって全員がクロードの嫁みたいに言われてるんすよ。あんだけイケメンならみんなが手を出されているはずだーみたいな? でも、実は誰もクロっちに手を出されてなくて……つーか、クロっちの興味はマジでひとりだけなんすね。そんだけ言うならその人はどんな人なんだろうって思ってたっすよ」


「……ん? クロードは確かに顔はいいな。あいつに気があるのか?」


「違うちがうっす!! や、やだなー。私、これでも清らかな乙女っすよ? 私より強い相手にしか捧げない主義なんすよ。他のメンバーは知らないっすよ?」


 ヨランダ、そんなこと誰も聞いてないですが?

 顔を真っ赤にしながらあたふたと純潔をアピールするヨランダに、俺を挟んで隣に座っているエマはむっとする。

 ぐいと片腕を引っ張られ、エマの髪の毛がさらりと頬に触れる。

 さわやかな整髪料と女の子の甘いかおりが混じったような、いい匂いがした。


「ベルヌくん。私も一目見たときから君の素質に気が付いていたぞ? ミカエラがずっと話しているのも頷ける。とても魅力的な目をする男だ。きっと色々な経験をつんだのだろう? どうしてかな。私は君と初めて話す気がしないんだ。こんな気持ちは初めてだけどね」


「はぁ」


「ふふ。私はこのブリュンヒルドにかけて清純だと誓おう。どうかな? 口約束だけの他のメンバーより、剣士として命よりも重い誇りをかけたこの誓い。どちらを信じられるかな?」


「どっちって言われても」


 エマも、そんなことブリュンヒルドに誓われても。

 エマはそう言うとニッコリ笑って強い酒のボトルを傾けた。

 純潔なのはわかったから、もうグラスに酒を注ぐのをやめて。

 もう飲めない。

 俺、実はあんまり酒飲めないんだ。

 酒は好きだが弱いんだよ。

 すると、反対側からヨランダに俺の腕を引っ張られる。


「ずるいっすよエマっち。私だって誓うっす。知識はあるけど経験はナッシングなタイプなんすから」


「馬鹿、引っ張るなヨランダ。私も剣は得意だが男はてんで知らぬ。教えてもらうなら、やはり気に入った男性がいいな」


 あの、二の腕を取り合わないで。

 あたってるんで、柔らかいのがいろいろと。

 視線がヤバイんで。周囲の男連中からの。

 二人の間で振り子のようなった俺の酔いは加速する。


「私も同感っす。クロっちと一緒にいると永遠に男と付き合えない気がしてくるっす」


「確かに。クロードは顔がいい。クロードと一緒に歩くと全く口説かれないからな」


「これは問題っす」


「これは問題だな」


「……!」


「……。」


 ……


 もう完全に酔った。

 隣でなんやかんや言い合いをしているが、全く話がわからん。

 俺は出来上がってしまい、ふわふわした心地で二人の話を聞いていた。

 さわさわとくすぐったい感触がする。

 ヨランダとエマが俺のふとももに手をかけている?

 絶妙なコンビネーションで畳み掛けられ、俺は借りてきた猫のように大人しく縮んでしまう。


「どうっすかね? 林檎の種亭の隣は宿屋っすよ、ベルヌっち?」


「ベルヌくん。すこし顔が赤いようだ。酔ってしまったのか? 剣士として君を介抱しなければ」


「あらあら、孤児院ではちっちゃい子をいっしょにお風呂に入れてあげてたっす。ベルヌくんなら、ちっちゃくないから簡単っすね……」


「剣士として宿屋にて色々な剣技をご指南を頼みたい。私とヨランダでは不満か?」


「よし。宿屋で飲みなおすっすよ。大丈夫。飲みなおすだけっすから。先っちょだけっすから」


「うむ。これは勲章だと考えてくれベルヌくん。私たちだって恥ずかしいんだ。でも、君が悪い。なぜか私とヨランダは、この前君の姿を見たときから忘れられないのだ」


 女の子二人に顔を近づけられ、耳元で囁かれる。

 いたずらに笑う二人が小悪魔的囁きで俺の腕を取り立ち上がろうとしたとき。


 ――俺はゾクリと背筋に鳥肌が立った。

 しかしそれはヨランダとエマの甘い吐息によるものではないとすぐにわかった。


「なにをしているのかな」


 鈴を鳴らしたような、透き通った声が聞こえた。

 ミカエラの声。

 一瞬、酒場の時間が止まったかのように空気が凍りついた気がした。

 俺の両隣にいるヨランダとエマは、その声がした途端に背筋がピンと伸びた姿勢へと変化する。

 ミカエラは微笑んでいるだろう声で言った。俺の真後ろなので表情はわからない。

 ヨランダとエマは真顔に変化し、冷や汗をかいていた。


「ヨランダ」


「はいっす!!」


「エマ」


「は、はいっ!!」


 ――パシパシッ。


 ヨランダとエマの肩に、ミカエラの細くて白い、しなやかな指が置かれた。

 俺は横目にそれを視界に入れることしかできないでいる。

 振り返ったらミカエラがいるんだけど、なんか怖い。

 俺なんにも悪い事やってないのに、恐い。


「ダメじゃない。ヨランダ、エマ。勝手にベルくんを誘惑したら」


「し、してないっす。冗談っすよぉ」

「そうだぞミカエラ。私たちはすこしからかってただけだ」


 必死に弁明しようとするヨランダとエマ。

 そうすると、ミカエラの両手が淡く光った。


「だったらもっと悪い。【回復魔法(リカバリー)】」


「あひゃひゃ……やめっ、ミカエラっ!? こんなとこでそれやめてくださいっす。くすぐったいっすよぉ。ああっ、や、やめてっ」

「ふっ……剣聖エマがそんなものに下るとおもうゅぅぅううう!? ちょっ、ミカエラ強さ! 公共の場でやる強さじゃないそれぇっ! あはぁっ。ふぅうぅ!?」


 両隣の女の子が悶え苦しむ中、俺はどのタイミングで振り返ったらミカエラは許してくれるんだろうとばかり考えていた。

 でも、俺、悪くないよね?

 悪くないよね?


「ベルくん。回復魔法って、不思議な感覚でかなり気持ちいいよね。【回復魔法(リカバリー)】は序の口なんだ。ヨランダとエマはこれで気絶しちゃうくらいだけど……ベルくんになら、私の【最大回復魔法(リザレクション)】。あげてもいいよ!」


 背後から頬にミカエラのしなやかな指の感触が……。

 涎を垂らしながら机に突っ伏しているヨランダとエマの姿が、その日の俺の最後の記憶になりましたとさ。

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