第51話 短編①

 ■【約束守れません】



 ――やべえ女がいる。

 疾風よりも速いとは。


 フランツはめずらしく一人で、メメントの街で大繁盛している【林檎の種】亭へと入り浸っていた。

 彼の目的はとある女。

 この店で給仕嬢のアルバイトをしている、新米冒険者の女の子に用事があるのだ。

 フランツはあわあわが入ったジョッキを豪快に飲み干し、おかわりを注文した。


「すまねえ。お嬢ちゃん。もう一杯頼むぜ」


「はい。フランツさん。あわあわが一杯ですね。うけたまわりました!」


 あの子。

 この前フランツがアジトの上納金を用意するため、カヌの森シーラ村付近でポーション草の採集をしたとき、一緒になり軽く会話を交わしたのだ。

 料理長の趣味でこの店の女性従業員は短いスカートタイプのメイド服で接客する。

 グッジョブすぎんだろ料理長。愛してるぜ。

 綺麗な茶色の髪の毛はバッチリ盛ってサイドテール。店での決まりらしい。ちょっと化粧が濃いところがあるが、中身は素朴な田舎娘でおっぱいはCかD。魅力的な尻を振りながらホールで接客するその少女をフランツは気になっていた。

 フランツ。生まれて数百年。

 初めて女という生き物に興味を持った。

 ごめん嘘ついた。

 勿論、アリス、シャティア、リリィといった面々は美しいし綺麗だし可愛い。

 だが、彼女たちはベルヌ様のもの。

 いや、ベルヌ様が彼女たちのものか?

 フランツはわきまえている。それとミカエラという女の子がマジで怖い。

 聖女に選ばれた、すこし回復魔法の才能がある女の子という話だが……。

 フランツはブルリと身震いした。

 忘れろ。今日は自分の目的でやってきたのだ。


 目当ての給仕嬢が近くに来た!

 そーっと、そーっと。

 下から掬い上げるように手を差し伸べ……。


 ――スコーン!


「もう! ダメですよフランツさん。お尻触ろうとしないでください」


「がはっ」


 ――99。


 銀のお盆により、フランツの残機が1、減少した。

 くそっ。ベルヌ様と約束した命が散っていく。

 フランツは焦っていた。

 この女、【疾風】と自称する俺よりも速いとでもいうのか?

 ありえねえ。

 俺は、美しいサイドテールの髪を揺らしながら振り向き空のジョッキを持って帰ろうとする女の尻を目掛け、命を燃やした一撃をその手に宿す。

 

 ――スコーン!


「……見えてますから」


「馬鹿な!?」


 ――98。


 今のはおかしい。

 完全に気配を殺した、背後からの一撃だった。

 これほどまでの回避能力を持つ娘だとは。

 まさかベルヌ様を狙う刺客なんだろうか?

 よし。

 このフランツ。ここでこの娘を食い止める決心をつけました。

 ベルヌ様、嬉しかったですぜ。

 俺、生まれてきてよかった。


 ――スコーン!


「小銭落としたふりして顔ごと突っ込もうとしました!? フランツさん、怒りますよ?」


「はは、やっぱ?」


「ほかのお客様もいるんですからっ!! あまり恥ずかしいことはさせないでくださいっ!!」


「いやぁすまねえ」


 ――97。


 ……ちょっとやりすぎだったか。

 いや。

 このフランツ。ここで止まるわけにはいかねえ。

 今まで耐えて、耐えて耐え抜いてきたんだよ(尻を触ることに)。もうやめてくれよ。

 もうやめてやってくれ。あんなに苦しそうじゃねえか(むちむちしたお尻に触れない俺が)。

 すんません。ベルヌ様。全部使います。

 最高加速――――。


 ――バチバチーン!!


「むぅ。怒りましたっ!」


「銀のお盆で二枚サンドとは……俺っちまいりました」


「お仕事中ですから、あまりお尻ばかり触ろうとしないでくださいね?」


「はいです」

 

 ――0。


 ちーん。

 撃沈だったか。

 フランツはあわあわを飲み干した。

 仕方ない。俺っち、顔も体もごついし女にモテたことがない。

 お世辞にも見た目が整ってるとはいえないから、せめてもの情けであの優しい子の尻でも触りたかった。

 俺っちってクズだな、はは。

 だからいつもリリィちゃんに怒られて目潰しされる。

 でも、俺っちなんかがまともに女の子と絡んだらそれこそキャラじゃないってか恐怖でしょ?

 沈んでたら、店内が落ち着いたのかあの子がテーブルにやってきた。


「フランツさん、この前、薬草の取り方教えてくれましたよね? ありがとうございました。実は私、冒険者諦めようかと考えてたんですけど……フランツさんに教えてもらって、そういうやり方もあるなって! 別にモンスターと戦うだけが冒険者じゃないと思ったんです」


「おう。簡単なやつな。草はいいぞ。取っただけ金になるから。俺っちはそういうの得意」


「また、一緒に行きましょうよ」


「……いいの?」


「お尻を触らなければ」


「絶対さわりますん」


 フランツは喜び、給仕嬢も笑った。

 尻に伸びた手は、銀のお盆によって行き場を失った。

 フランツはそれから給仕嬢とたまに薬草をとりに出かける依頼をこなすようになった。

 やけににやにやするので、無条件でリリィによって目潰しされる場合がある。

 それと、森の中に――スコーン! という子気味いい音が響く場合もあるという。








 ■【殺すと産まれるものなーんだ】



 リシュオン山岳地帯。

 冒険者としては特に目立った獲物はいないが、珍しい食材の宝庫として知られる空白の山岳地帯だ。

 そこそこ強い魔物が出没する割には、得るものが大したことがないので誰もこの地域には足を踏み入れない。

 ――そう。人間は。


「ありましたぁ」


 シャティア。

 ふわりと肩から背中にかかる青い長髪。

 やわらかい眼差しの瞳はまつげが長く、丸みを帯びた顔の輪郭は母性あふれる美貌を形作る。

 身長は大男であるフランツよりも高く、その巨乳はたびたびリシュオンの山脈地帯にも例えられるほどだ。

 黒灰のローブをカスタムした、ヘソ出し腰布巻きスタイルの動きやすい服装でシャティアは走る。

 ……シャティアの山と谷間が揺れる。

 いつもはローブで完全に隠されているのが残念である。

 メメントギルドではアリスやリリィと並んで、男性冒険者によく口説かれる。

 巨神族(ゴーラム)最後の生き残りである彼女は、類稀なる身体能力をフルに発揮してある食材を採集しにきたのだ。

 アタマンタイト・リザードの卵。

 超高度の山岳地帯に生息する亜竜種の卵は、卵焼きにすると絶品なのだ。

 親であるリザードがいないうちに、卵をいくつか拝借しよう。

 パックリ開く崖に躊躇いなく飛び込んだシャティア。

 ガケの中腹にカラドボルグを突き刺し、ぶら下がりながら大きめの卵を取ろうとした。


 ――ピィ。ピィ。


 卵から雛が孵っていた。

 親であるリザードは凶悪な空飛ぶ竜そのものなのだが、その子供である雛の見た目は。


「かあいいぃ……」


 赤ちゃん。

 毛がモフモフで、口をあけ必死に親を呼ぶ。

 ぱたぱた小さな羽を動かし、頭が大きく目がくりくり。

 シャティアは思わず持ち帰ろうかと逡巡したくらいだ。

 どうやら、鳴き声を聞きつけた親が遠方より飛んできている。

 今回は仕方ない。獲物はあきらめましょう。

 崖からカラドボルグを引き抜いたシャティアは、そのまま崖下へと落下していった。


 魔法学校ダンダリオス。


 シャティアは悩んでいた。

 リシュオンからの帰り道、若干の遠回りをした上でこの学校に立ち寄ったのには理由がある。

 とある人物に会って、確かめるためだ。

 守衛が控える門前までやってきた。

 シャティアは開口一番、こう問いかけた。


「ガルさんお久しぶりですぅ。子供の殺しかた、しってますぅ?」


「シャティアといったか。久しぶりだな。は? どういう意味だ?」


「あ、殺すってそういう意味ではなく、えっとぉ。二人で殺しあって赤ちゃんを殺す方法です」


「え!?」


 シャティアには独特の理論があった。

 殺す=愛。殺す=約束。殺す=性交渉(みたいけん)。

 おじいちゃんは教えてくれなかったですぅ。

 ベルヌに付き従っているのも、殺すプロセスなのだ。

 だから子供のつくりかた=殺し方という全く物騒な言い方で守衛ガルに問うたのだ。

 ガルは困り果てる。

 シャティアという娘はガリウス学長代理の恩人だと聞いているが。

 子供を殺すような極悪人なのだろうか?

 ガルが首を捻っていると、黒いローブに白髪白髭、学長代理ガリウスが門から顔を出す。散歩でもしていたのだろうか?


「これはこれは漆黒の魔法使いベルヌ様の配下、シャティア様ではありませんか。このガリウス、すっかり心を入れ替えて魔法の道に精進しております。先はまことにお世話になりました。この通りでございます」


「ええっ!?」


「よかったですぅ。ベルヌ様も喜びますぅ」


「ありがたきお言葉。このガリウス。ダンダリオス生徒のために誠心誠意尽くす所存」


 ガルはまたまた驚いた。

 この学校で一二を争うぐらい偉い人が、シャティアに対し土下座している。

 一体、何者なんだこの娘?

 ガルは思い返す。

 ベルヌという少年がやってきたと思ったら、急に学内の雰囲気が変わった。

 なんていうか、暖かい感じになったな。

 清掃員だとかほざいていたが、あの少年。

 おもしろい奴だったなと、ガルはあの真っ黒なローブを脳裏に浮かべた。

 シャティアはガリウスにも尋ねるらしい。


「それで、子供を殺す方法なんですぅ」


「……なるほど。子作り、ですな?」


「そうですぅ」


「ほほう。シャティア様。さすがです」


 いや、今のでわかったのかよ!?

 ガルは答えたガリウスに対し目を見張った。

 ガリウスは白く長い髭を撫でながら、ふむ。とうなずいている。

 逆に怖いわ。

 あと何がさすがなんだ?

 マジでわからんのだけど!?

 ガルはシャティアとガリウスの間に出来上がった異空間に対し自分の中だけで突っ込む。

 一応ガリウスはかなり上の上司なので、はっきりは言わないでおいた方が身のためだ。

 シャティアはまた二人に対し問う。


「子供って、どういう行為で殺せるんでしょうかぁ……」


「ふむ」


「(これって、性行為のことを言ってるのか? 言いずれえ……)」


 ガルが困り果てる中。

 ガリウスがポンと手を叩く。


「おそらく、フェニックスが運んできてくれるんですぞ」


「(はぁ!?)」


「母が言っておりました。お前はフェニックスから産まれたのよ。と」


「あの……ガリウス学長代理。奥様はいらっしゃいます?」


「はは。私はずっと独身です。なにせ漆黒の魔法使い様にこの身を捧げた身分でございますので」


「(お前童貞なのかよ!?)」


 ガリウスの答えを聞き、シャティアは目を輝かせる。


「フェニックスを殺せばいいんですかぁ……」


「いや、あんた。フェニックスは不死鳥でしょうよ。死なないからフェニックス。しかも違うし」


「フェニックスは処女を千人捧げれば召還できますぞ。……処女はいい。神秘性が高まる」


「おい学長代理。そいつはマジでやめてくれ。その発言聞かなかったことにするから」


「冗談ですぞガル隊長。シャティア様、それか子供とはキャベーツの畑でも収穫可能という話も耳にしたことがあります」


「すごいですぅ。子供って、キャベーツの畑で殺せるんですねぇ」


「(ああ、もうマジわけわかんねえ)」


 ガルは頭を抱える。

 話が進まないので、ここは俺が仕切るしかねえな。

 ガルはシャティアに尋ねてみる。


「俺のところに寄ったってことは、なんか俺に聞きたかったんだろ?」


「そうですぅ。ガルさんは結婚されてるって聞きました、子供もいるって。だから、子供の殺しかたを教えてもらおうと思って」


「そうなのか……(知ってるよ!! どう教えりゃいいんだよ!!)」


「ははは。簡単ですぞ。男女が一緒の家で寝るとできるのですぞ。おそらくですが、キャベーツの召喚魔法を利用したキャベーツ召喚によって家の中にキャベーツ畑を作り出し、二人の共同作業によって子供とやらを収穫できるのでは?」


「もう喋るな、ガリウス学長代理。(すいませんちょっと静かにしていてください)」


 もはや心と言葉が逆になってしまったガルであったが、そうだ! と思い立つ。

 なんで俺がこんなに悩まなければいけない?

 至極簡単な方法があるじゃないか。

 

「あの少年のところに帰って、夜になったらな……多少強引でもいい。一緒のベッドに入り込め。そしてその時、衣服は何も身につけるな。台詞はこう「あっためて」。あんたのような美人でダメだったら、あいつのあいつはもうダメだ」


「そうすると殺せますかねぇ?」


「殺せる殺せる。もうイチコロ。きっとあんたなら何回戦でも殺せるぜ。そうしたらすぐに子供も殺せるさ。いい報告を待ってるぜ」


「ありがとうございましたぁ。なんだか、できる気がしますぅ」


「ははっ。シャティア様と漆黒ベルヌ様ならできますぞ。もしよろしければ、私のキャベーツ召喚用魔道具を一式お貸ししますぞ?」

 

「ガリウス。黙ろ?」


 ガルはその日、ちょっと上司に対して強気になれたのだった。


 後日、ガルの元へすごい剣幕でとある少年がやってきた。

 なんでも、炎を纏いながら全裸でベッドへと飛び込んできた女がいたらしい。

 あったかい方がいいだろうという思いやりだったらしい。

 巨神族は身体が丈夫である。炎くらいは何ともないらしい。

 燃えるような一夜だったという。

 ガルは涙目である。

 俺のせいじゃない。

 ガルは遠い目をしながら、その少年に隠していたいい酒を飲まれる。

 殺されなくてよかったなと笑いあいながら。

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