おまけ

第50話 if…一晩だけのシンデレラ

 ※クロードの、ベルとの話。

 苦手な方は飛ばしてください。



 僕は今、椅子に座らされている。

 目の前には女の子が三人。



 ――ミカエラ、ヨランダ、エマ。



 三人とも街を歩けば皆に羨ましがられ、人だかりができるほどの美少女で、僕と魔王を倒すための冒険を共にする。いわゆる勇者パーティだ。


 そして僕はクロード。


 ベルヌという魔王を倒すため、勇者をやっている。

 しかし今は困ったことが起きている。

 だから、僕は椅子に座らされているんだ。


「できたっすよクロっち。にしし、かなり可愛くなったっすね? こりゃビックリ。もしかしたら、この中で一番可愛いかもしんないっすね? っと動かないでくださいっすよ?」


「ん……っ」


「ほいっ。できあがり。見てみるっすよ。かわいっすねえ……エロいっすねぇ」


「……これが、僕?」


 ヨランダは僕の唇に手を延ばし、薄い色の紅を塗りたくった。

 そして手鏡を僕の方へと向けてくる。

 鏡に映ったのは、変わり果てた僕の顔。

 シルクのような白い髪の毛は腰まで伸び、丸みをおびた顔は女性的に変化している。

 はっきりした目鼻立ちはかすかに僕の雰囲気を残しているけど。

 まるで白い世界からやってきた、囚われのプリンセスだ。

 ホントウにこれが僕?


「……チェックしましょう」


「ふえっ!? ちょっ、エマ!? どこ触って……」


 エマは服の隙間から細い手を突っ込んできて、僕の身体を触ってきた。

 そこは……胸だからっ。

 触っちゃいけないところだからっ。

 エマの手つきは容赦がなく。

 さわさわもきゅもきゅと僕の二つの敏感な感覚を刺激し。


「ふうっっ!?」


 いつもと違う感覚に、僕はヘンな声を出してしまった。

 はずかしすぎるよ……。

 どうしてそんな嬉しそうな顔を……エマのやつ。


「ミカエラと、私は……圧倒的敗北です。ヨランダには至らないみたいですね」


「へえ、結構おっきいんすねクロっち。ちょっと触ってみたいっす」


「やめっ……ちょっと、皆、僕は男なんだぞ!?」


「おおーやらかいっす。こりゃもちもちのふわふわっす。クロっち、良かったっすねー」


「やぁ……さ、触るなよっ!! 恥ずかしいだろう!」


 僕は椅子に座ってられなくなりそうになって、思わず内股になる。

 なんだか股の間がすーすーする。安定しない。

 うるうるとする視界でヨランダとエマを睨みつけていると、ミカエラが何かを差し出してきた。 


「はい、クロード。元に戻るまで、この服を着るといいよ」


 天使のような微笑でミカエラが差し出した洋服は、とても女の子らしい白いふりふりスカート。

 これを僕が着るのかい?

 そうだよクロード。

 ホントウかい?

 何か問題でも?

 ミカエラの微笑みは、ヨランダとエマの二人よりもずっと強引に思えた。



 ダンジョンで手に入れた珍しいクスリがあった。



 僕はそれを回復薬のポーションと間違えて、一気に飲み干してしまったのだ。

 そうしたら、身体が女の子に変わっていた。

 幸い、この街は娯楽もあるし宿屋もきちんと整っている。

 一週間ぐらいで元に戻るだろうから、僕は宿屋から出ないようにして、パーティの皆は買い物や飲み屋に行ったりして過ごそうという話になった。


「ほんと今度から気をつけてくださいっすクロっち? ここがでかい街だったから良かったものの……道端で女の子なんかに変化されたら、襲われちゃうっすからね?」


「ごめん……」


「ははは。いーっすよ。たまにはこーいうお休みも欲しいと思ってたっす。私達はこれから飲みに行くっすけど、クロっちどうします?」


「宿にいる……」


 ヨランダは誘ってくれるけど、僕は街の飲み屋には行きたくない。

 だって、こんな姿の僕を街の人に見られたくないし……。


「そのほうがいい。その姿で出たら、街の男に声を掛けられて大変だぞ? 勇者もかたなしだな、クロード」


「エマも、迷惑かけてごめん」


「いい。何かお土産を買ってくるから、ゆっくり休め。行こうか皆?」


「ありがとう」


 エマはミカエラの手を引いて、先に出て行く。

 じーっ……。

 僕はそのとき、背筋の凍るような視線をミカエラから感じたような気がした。


「ミカエラ?」


「…………可愛いよ、クロード」


「あ、ありがとう」


 なんだったんだろう?

 きっと僕の思い過ごしに違いない。


 三人はそうやって街へと消えていった。

 先にミカエラは洋服を見に行くし、エマは修行をするとか言ってたな。

 それから皆で飲みに行くなら、かなり遅くなるか。

 ヨランダが結構飲むから、遅くまで帰ってこないかも。

 たぶん最後に皆でお風呂も行くだろうな。


 僕は部屋にある姿見に自分の姿を映してみる。

 ……女の子だ。

 スタイルの整った、まるで白い雪から生まれたお姫様。

 自分で言っていてちょっと恥ずかしいけど、かなり美少女なんじゃないかな。

 ミカエラと、今の僕。どっちが可愛いかな?

 胸は僕が勝ったみたいだけど……うーん。


 ベルはなんて言うかな。


 いや……何を考えているんだ僕は。

 ベルは僕達を裏切った魔王じゃないか。

 ベルが生まれ変わった僕の姿を見てどう思おうが、全然関係ないじゃないか。

 ふん。

 髪ってどうやってやるのかな……?

 たぶんベルはミカエラのような、スラリとしたロングの髪の毛が好きだけど、僕はあえて束ねていくべきか?

 ミカエラの金髪いいなぁ。でも白いけど、僕の髪だってつやつやして手触りがいいと思う。

 触ってくれたらいいのにな。

 は?

 いやいや、男に触られても嬉しくないね。

 女には触らせないけど、別に男に触られるのだって嬉しくないね。


 靴は服に合うやつをミカエラが用意してくれてた。

 もう、歩きづらいな。

 でも、細いくて白い足だな。

 この姿を見ると、やっぱり今の自分が女なんだと自覚する。



「ふぅ。こんなものかな」



 ドレスアップした自分の姿を見つめていると、まるでそれがホントウの姿のように思えてくるから不思議だ。

 女体化薬を飲んだのって、いつだっけ?

 僕はホントウは知っている。

 この街の近くの山奥に魔王城はある。

 そして、実はポーションとあのクスリとの区別だって……。



 僕は誰にも見つからないようにして、宿から抜け出した。

 街を歩くと男に声を掛けられて大変だったけど、聖剣(ベルからもらったやつ)の力で駆け抜け振り切った。

 そうさ、僕の力を使えばきっと間に合う。

 みんなが戻るまでにはまだ時間がある。

 せっかく可愛い女の子に変化したんだ。

 このチャンスを使って、魔王を油断させて、僕が倒してしまおう。

 そうしよう。 

 

 


 ■


 魔王城――大浴場。

 奴はたった一人で油断していた。

 おめおめと風呂なんかに入っていたのだ。


「全く、俺一人が留守番など……アリス、シャティア、リリィ、フランツ。寂しいぞみんな」


「やあこんばんは」


「うぉおお誰だ!?!?」


 驚いてる驚いてる。

 ベルの奴、身体を隠すようにして風呂に沈めた。

 馬鹿だな、僕と君の仲なんだから隠すこともないだろう。

 小さい頃など、一緒に風呂に何度も入ったじゃないか。

 僕は生まれたままのすがたで、ベルの元へと歩み寄る。


「僕の姿、どうかな?」


「えっ誰? えっ誰!?」


 全くデリカシーにかけるよベル!!

 僕の裸を見てコメントも無しかい?

 僕だって恥ずかしくないわけじゃあないんだよ? っていうかちょっと……恥ずかしくなってきた。

 やばい。

 ベルに僕が女の子になった所を見られているのか?

 タオル忘れちゃったよ。

 前から後ろから丸見えだよ。

 この僕が、このクロードがベルにすべてをさらけ出してしまったというのか?

 うああぁぁぁ。


「近くないですか?」


「離れたら君に裸が見られてしまうだろう?」


「だからといって、初対面の人とお風呂で密着っていうのもおかしい気が」


「初対面じゃないよ。君はホントウにデリカシーにかけるね」


「名前を教えてくれるかい?」


「あ、え、う、く、クロヌだ」


「ん? なんだか俺と似ている名だな。俺はベルヌだ。女一人でよくこの城に入れたな、不思議なこともあるものだ」

 

 ベルの奴、ちょっと困った顔をして頬を掻いている。

 気まずい……。

 突入してからの作戦をあまり考えていなかった。

 油断させてバァーン的な感じでしか考えていかった。

 クロードとあろうものが……どうする。

 考えろ、考えろ。

 そうさ、ベルは目のやり場に困っている。

 僕は今、美少女だ。

 きっとベルは油断している。いつでも自由にやれるはずさ。


「……僕の髪を洗ってくれないか?」


「か、構わないが。いや、いいのか? 俺なんかが君のような美しい女性の髪を触ってもいいのか?」


「はうぅ!?」


「うお、どうした?」


 ベルが僕を美しい女性と言ったのか?

 なんということだ、これが圧倒的絶望。

 絶望的すぎて声が漏れ出てしまったぞ。びっくりした。

 もう、どうなってもいいかも。


 ――シャコシャコシャコ……。


 ベルの指は細い。

 けどやっぱり男だから、荒々しい。

 女に変化した僕の髪は、ベルの指の荒々しい動きをしっとりと受け入れていく。

 僕の髪がベルの指に絡みついている。

 ふふ、こんなのは子供の頃以来だね。

 君は僕を剣術で負かすと、たまにこうやって頭を洗ってくれたりしたよね。

 負けたことに怒っていたんじゃないんだ。

 ベルに届きもしない自分が大嫌いだったんだ。

 君の隣にはきっと、僕じゃない人が立つだろう。

 せめて力で君に役立ちたいけど、それも難しいかも。

 ベルの手にこうして包まれる。

 今が一番嬉しいと感じてしまう、この心が苦しいよ、ベル。


「とても綺麗な白い髪だ。……洗い終わったぞ」


「うん」


 僕とベルは身体を流し、お風呂を上がった。

 僕の裸に顔を真っ赤にして、可愛い奴だな。

 そういえばベルの奴も身体がかなり変わっていた。

 筋肉の量とかも増えて、すこしがっしりした感じ。

 全体的には細いんだけど、強そうになった。

 それ以上強くなってどうすんだ。ベルの奴。


「僕がお酌をする。君はたくさん飲むといい」


「こんないい酒……クロヌ、君は一体何を目的にここにやってきたんだ?」


「いいから。君はただ黙って僕のお酒を飲んでくれればいい」


「お、おう。ありがとう」


 僕は寝巻きに着替えたベルの隣に控え、彼のグラスに持ってきたとびきりのお酒をついでいく。

 幸いなことに、お城には調理場があったのでそこで彼が好きなものをおつまみとして調理して出してあげる。

 彼の好みは全部知っている。

 塩辛い味付けが好みなんだよね、ベル。

 僕の家で一緒に育ってきたんだ。それぐらい知ってるさ。


「不思議な娘だ。どこかで会ったような気もする」


「そうかい? 僕の顔に見覚えはあるかい?」


「……どうかな。ううん、どうやら飲みすぎたらしい。ちょっと眠い」


「いいよ。僕を気にせず眠るといい」


 ベルは酒に弱い。

 ほんと面白いぐらいに、睡魔に負けて僕の肩に頭を預けてきた。

 いけないよ、ベル。

 僕が君を倒しにきたなんて、考えもしないというのかい?

 僕は細くなってしまった腕で、ひいこら言いながらベルをベッドまで運んでいった。


「にゃむにゃむ……」


「ふふ、完璧な作戦さ」


 後ろでにゃむにゃむと言っているのはベル。

 前でほくそ笑んでいるのは僕。

 つまり、僕とベルは同じベッドに入っているのさ。

 なんか、寝るだけが目的のような小さなベッドなのがすこし僕としては雰囲気にかけるところだけれど。

 それがベルらしいというか、飾らないところが彼だから。

 ベルの腕を取って、後ろから抱き締められるような形で覆ってもらう。

 ちょっと酒くさいベルの寝息が首筋の後ろから聞こえる。

 ベルが身を捩ったから、僕の服の中に彼の腕が入っちゃったじゃないか。

 どうだい、結構柔らかくてエッチないいからだをしているだろう。

 胸はミカエラより大きいのさ。

 あのクスリのありかを調べるの、結構大変だったんだよ?

 いいんだよ、僕をめちゃくちゃにしてくれ。

 君になら何をされたっていいんだ。

 僕はだって君のことが――――。


「いいよ、ベル。君の好きにしてくれていい……」


「クロード。すまなかった……にゃむ」


 ベルのやつ。

 そこでその寝言はホントウに空気読めないってか、まだ君の夢には僕が登場させてもらえてるっていうか、ずるいよベル。

 姿を偽って君の元へやってきた僕がホントウに馬鹿みたいじゃないか。

 僕はベルの方へと向き直ると、彼はやっぱり変わらない僕のベルのままの寝顔で。

 


 ――思わず口づけをした。

  

 

 酒臭いよ、ベル。

 嘘でもいいから。

 一晩だけでいいから、僕を受け入れてくれないかい?

 嘘つきの僕だけど、君のためなら嘘でもいいんだ。

 ホントウの僕じゃなくて、嘘の僕でいいから。

 だからお願いだよ、ベル。

 僕と……。




 …。




 ……。




 …。




 ……。





 ………………。




 クスリの効果は切れ、僕は元に戻った。

 僕達はまた冒険の旅へと繰り出し、そして新しい街へ。

 あの夜のできごとは一夜かぎりの秘密の思い出。


 僕だけが知っている、大切な大切な思い出として心に残っている。

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