第49話 魔王は最後に必ず笑う

 俺は大事な話があるからと言って、あの丘へと二人を呼び出した。

 ミカエラとクロードはなんとか村を抜け出し、星の見えるこの丘までやってきた。


 村は今、大騒ぎだ。


 ヨダが居なくなったため、村人総出で探している最中だ。

 クロードも内心、父親が心配だろう。


「大事な話って、いったい何だい? お父様がいなくなって大変なんだ」


「ベルくん、いったいどうしたの?」


 クロードとミカエラは不思議そうな顔をして、俺にそう尋ねた。

 そう、この頃の俺たちはまだ十二歳だ。

 何も知らないし、これからどうなるかなんて知る由もなかった。

 本来ならば今日、俺はミカエラに星空を見ながら告白されるはずだった。

 今はその時と同じ、星が流れ落ちるいい夜だ。

 俺は意を決して、ミカエラに対して向き合った。

 めちゃめちゃ可愛いミカエラの顔。瞳がぱちくりと瞬く。


「俺は、ミカエラが好きだ。愛していると思う」


「あうぅ……ベルくん。あの、わたし……も同じ気持ちだよ? 大好き愛してる」


「くっ……そんな、ことを。わざわざ僕の前で?」


 ミカエラは顔を赤くしうつむき、クロードは涙目になりながら恨めしそうに俺を見る。

 しかし、そのまま俺は続ける。


「だけど、俺にミカエラと一緒になる資格があるのかどうかわからない。今、村の皆が探していると思うが、クロードの父親……ヨダおじさんをある意味で殺した。なぜなら、俺は魔王だからだ。理由を説明するのは難しい。この世界の勇者と魔王の話をつくったのは俺だ。信じてもらえないかもしれないけど……ヨダおじさんを葬る必要があった」


「そんな……お父様を、ベルが? 嘘だろう?」


「クロード。真実だ。俺の目を見ればわかるだろう? 俺は君たちよりずっと長い歴史を生きてきた。何百年も前から。内緒にしていたのを謝らせて欲しい。嘘じゃないんだ」


「あぁ……そんな? どうして!? 僕のお父様に拾われて、何不自由なく暮らせていたじゃないか!!」 


 俺の目を見て、真実だと悟るクロード。

 そのぐらいの信頼関係がこの頃には出来上がっていた。

 クロードの反応は仕方ない。

 この頃のヨダはまるで一般人。

 悪意を仕込む段階だから、村人に好かれるいい人を演じていたはず。

 現に俺もそんなヨダに育てられて大きくなったんだからな。

 クロードはぽろぽろと涙を流す。

 ヨダ。お前にも泣いてくれる人がいたのにな。

 ミカエラは驚いてはいるが、落ち着いて俺に尋ねてくる。


「ベルくん。本当なの?」


「ああ。ミカエラ、すまない。俺はヨダおじさんを葬った。魔王なんだ。だから、君とは一緒に行けない」


「……やだ。別にヨダおじさんは葬ってもいい気がする。ベルくんといっしょがいい」


「お、おおぅ。そう来るか。嬉しいけど、ミカエラにも家族はいるし、俺にも実は仲間もいるんだ」


「わたし、ベルくんとキスしたし。もう、かぞく?」


「う、うん……(強い)」


 四天王の皆が待っている。

 俺は彼らと、助けられるはずの人間を助けなければいけないからな。

 ログザにつけこまれる前の荒れた法国周辺ギルドの建て直しや、ダンダリオスでのガリウスの機械龍の開発阻止。ひいてはティアラの兄ミストの救出など、知ってしまったからには動かなければいけないことが沢山生まれたのだ。

 しかしミカエラは全然気にしていないみたいだ。

 マズった。これはいかん。


「やだ! ベルくんといっしょがいい」


「待て。ちょっと予想外だったその反応。もっと俺の行動に引けミカエラ。人をひとり消したんだぞ?」


「わかる。ベルくんが悪いことのために人を殺さないってわかる。だから、ぜんぜんきにしない」


「あれ?」


 ベルくんなんてだいきらい。

 とか言われるかもなーと考えていたのに、なんか予想と大分違った件。

 嫌われたかったわけじゃないけど、俺のしたことはクロードから親を奪い、人をひとり消し去ったことだ。

 それに俺はミカエラやクロードと違って、長い歴史を生きてきた……ヨダに言わせれば『人間あらざるもの』だった。

 今回で命がひとつになったため、やっと彼らと同じになれたわけだが。

 普通、そんなの不気味がるんじゃ?


「気にしないもん」


 ミカエラはぜんぜん気にしないらしい。

 クロードはしかしショックが大きかったようだ。

 だから、俺はクロードにこう告げることにした。


「俺が魔王なら、勇者はお前だよクロード。俺を倒せるのはお前しか考えられない。だから、待っている。いつまでも待っているから強くなれ。強くなって、復讐しにくるといい。お前にしか倒されてやらないから、お前も絶対に誰にも負けるな。絶対に死ぬな」


「ううぅ。なんだそれ。勝手に父親を殺しておいて、なんでそんなことを言うんだベル。ずるいぞ? そんなことを言われたら、僕は君を一生追いかけなければいけなくなるじゃないか」


「一生待つ。だから、勇者として清く正しく俺にかかってこい」


「くっ……勝手なことばかり。ベル。嫌いだっ!! 絶対に倒してやるからな!」


 涙をぬぐい、親の敵である俺を睨みつけるクロード。

 なぜか若干にやけているのが不気味であるが、これで背負うべき十字架は俺の肩に担がれた。

 そして俺は不安そうな顔をしているミカエラに耳打ちしておく。


「……クロードをお願いしてもいい?」


「絶対にいや!! いっしょにいく」


「たまに会いにくるから。クロードひとりだと勇者、多分バランス取れないと思う」


「嫌。ベルくんといっしょがいい」


「ミカエラと一緒に住む家を用意しておくから。あと指輪も」


「わかった!! おかあさんみたいにクロードを育てる!」


「ちょっと待てベル!! それにミカエラも僕を育てるって……おい!」


「今日から俺は、【魔王ベルヌ】だ。さあ、勇者候補クロード。三年後の託宣に向け身体でも鍛えておくんだな。魔法の練習もいいだろう。夜空を見てみたまえ。あんなに暗いのに輝きを失わないあれらは、希望だよ。では、さらばだ」


 ということで、クロードはミカエラお母さんが面倒をみることになった。

 名残惜しいがミカエラと抱擁を交わし、泣いているクロードの頭を撫でる。

 すぐに会えるさ。

 

 俺は両親の墓に手を合わせ、ココ村を飛び出すように出発した。

 空に手を掲げ、取り決めていた信号を星空へと打ち出す。



 ――【ワールドマジック】。



 この力は失っていないようだ。

 人々から、俺から希望が失われない限りワールドマジックは不滅だということなのかもしれない。

 星空に描き出された、自分ではちょっと恥ずかしい魔王の印によって、今すぐに四天王をこの場に集める旗印とする。

 今からにやにやが止まらない。

 生きてあの四人に会えるなんてどんな希望なんだろう。

 あったことを包み隠さず彼らに話そう。

 そうしたらきっと驚いて腰を抜かすだろうな。

 アリス、シャティア、リリィ、フランツ。

 早く来てくれ。


 俺は、やっぱり魔王をしなければいけないらしい。

 

 また、一緒にやってくれるといいのだが。









 ――――●三年後。 





 メメントの宿屋に併設された、【林檎の種】亭。

 冒険者をしながらアルバイトをしている給仕嬢は、今日ほどこの店がざわついた日はないと感じていた。

 なんと、宣託で選ばれた勇者パーティ一行がここで食事するという話だからだ。

 15歳で成人した者ばかりなので、流石に酒はそんなに飲まないだろうけど。

 料理とかはどうなんだろう。好みはどんなかしら。

 給仕嬢見習い(冒険者見習い)は、興味深深眼光爛々なのであった。

 特に勇者であるクロードはかなりのイケメンという噂で、帝国、法国、共和国のどこにいっても彼以上の美男子はいないとの話である。

 噂だと、眼光だけで女をとろけさせるほどの女たらしらしい。

 しかもほかパーティ三人は全員女で、皆がクロードの手篭めにされているとの話。

 うらやましくて涙が出る。私もクロード様に手篭めにされたい。

 給仕嬢は一目でいいから、クロードの顔をその目に焼き付けておこうとやや強引に同僚にシフトを代わってもらいこのホールに立つのだ。


 それに、今日は【ホワイトプラム】の皆さんもいる。

 彼らは新進気鋭のメメントギルド新人パーティで、アバンスさんはなかなかのイケメンだ。

 テーナさんも初々しい感じが男の人にもてそうで、ちょっと妬いちゃうな。


 んで。

 いっつも端っこに陣取ってる謎のパーティ。

 【リベイク】さん。

 いや、イケメンなのね。

 顔は結構好みなんだけど。

 全体的に黒い。服装黒い。

 ベルヌさんは優しくていい人なんだけど、黒に対するこだわりが強い。強すぎ。

 ここ飲み屋だから。黒魔術の召還場所じゃないから。

 でも、あの人たちはなんか雰囲気がほかのパーティと違うんだよね。

 女の人たちもかなり可愛いし美人だけど、どこか不思議な気配があるっていうか。

 あ、フランツさんはいつもセクハラしてくるので、銀のお盆で頭を叩くんですけど。

 すごくいい音します。フランツさんの頭。


 そうこうしているうちに、勇者パーティがやってきたみたい。

 まじか。

 化粧直す時間もなしか。


「おーけっこうでかいところっすねー。クロっち。ここが今日の飯処っすね?」


「ふん、ヨランダ。僕たちはゆっくりしている暇などないんだがな」


「まあ、すこしぐらい羽を伸ばしてもいいじゃないかクロード。ミカエラ、こっちに座るといい」


「ありがとう、エマ」


 やっべ。

 クロっち様かっこいい……。

 つーか、女性陣レベル高すぎ!?

 もはや女性神でしょ。

 いや、ちょっとわけわからんことを口走ってしまった。

 あれが剣聖エマ様と、盾騎士ヨランダ様か。

 ほっそりしなやかな肉体美と、豊満完璧なわがままぼでぃですな。

 そしてあの神秘的な後光が差すお方こそ……聖女ミカエラ様。

 美しすぎて手をあわせてしまいそうです。

 マジであの方たちがクロード様の手篭め?

 ありゃ敵いません。

 私では奴隷でも敵う気がしませんです。ハイ。


 勇者パーティの登場にざわついた店内も、次第に彼らを歓迎するムードに早代わり。

 やっぱり、クロード様の人気はすさまじく、女性冒険者は皆が握手を求めに行くみたい。

 私もしれっと並ぼうかな。


「あれは、うっ!? やばっ」


 なんだか、リベイクのテーブルがざわついたようです。

 こそこそと移動しようとしているみたいですが。

 勘定は済ませてから出てくださいよベルヌさん。

 つけにすると料理長また怒りますよ?

 すると、ベルヌさんの姿を見つけたクロード様はいきなり顔を真っ赤にされて叫びました。


「ふえっ……ベル。まおっっとこれは言ってはいけない。……ベルヌじゃないか!!」


「く、クロード。ふえっとか言うなよ気持ちわるいなぁ。ここで会っちゃ駄目だろ俺ら……な?」


「どこで会っても僕と君に障害などひとつもないだろう。さあ、決着をつけよう」


「いや、最終決戦が酒場とか駄目だろ……また後でな」


「なに……後とは、隣の宿屋ということか? 最終決戦は宿屋ということか!?」


「いや、お前マジでどういう思考しているんだクロード? 落ち着け? 近くに来るなよ!?」


 どういう関係なんでしょう。

 ベルヌさんに叫んでいるクロード様はまるで、恋する乙女のような顔をしてらっしゃる気が。

 でも、それもまた凛々しくてかっこいい……。

 きっと、幼いころからのライバルなのですね?

 意外な一面です。ベルヌさんは勇者パーティの皆さんとお知り合いだったのですね。

 こんどフランツさんに優しくしておこうかな。

 しかし、わいわいがやがや盛り上がってまいりました。

 喧嘩は冒険者の華ですが、どうもクロード様がベルヌさんを追い掛け回しているようで。


「たすけてミカエラぁー!」


「クロード。おすわりして?」


「ひぃっ!? 何故だ。ミカエラに言われた途端、僕の背中に悪寒が……」


 まるで聖母様のようなミカエラ様が一言発すると、大人しくクロード様も席に戻ってお食事を続けるみたいですね。

 その後、リベイクの皆さんはお帰りになりました。

 よし、店内落ち着いてきた。


「クロード様! サインください!」



 ……。




 アジトへと帰る道。

 アリスは可愛らしい小動物のように頬を膨らませている。

 【林檎の種】亭の料理を食べ損ねたのだ。


「もう。タイミングが悪いです。あの勇者」


「アジトで続きを、お料理もつくりますぅ。アリス、怒らないでぇ」


 シャティアは、優しく笑ってアリスをなだめた。

 俺は、再び仲間と共に【魔王】をやらせてもらっている。

 【リベイク】は隠れみのにする冒険者の身分だ。

 滑稽だろうか?

 でも、俺はこのやり方が気に入っている。

 たまには反逆者のそしりを受け、いわれのない罪を背負ったりするが。

 それでも知っている人は正体を知っていてくれる。

 それだけで、割と報われるものなのだ。

 フランツはリリィを肩車しながら、口を尖らせる。


「俺ちゃん、勇者パーティの子たちもっと見たかったぜ」


「うっさいのじゃ腐れち●ぽ」


「め、めがー!?!?」


「報いを受けよなのじゃ。若者を視姦するでない」


「言い方ひどっ!? リリィちゃん。俺っちそんなつもりは……ただ、妄想裸ビジョンで裸体をこうちく。め、めがー!?!?」


「吸血エルフの指技を思い知るのじゃ」


 けっこうえぐい感じでリリィに目をやられているフランツ。

 あれで大分仲はいい。最古参と古参だから。そう言うとリリィに半殺しまで血を抜かれるけど。

 生きている四人を見たときは感動した。

 もう、その場で泣いてしまった。

 四人は訳がわからなかっただろう。

 いきなり呼び出され、俺が泣き出したんだから。

 でも、事情を話すと、疑うこともせずに信じてくれた。

 そんなことってあるかよ?

 ちょっとは疑え。

 いや、嬉しいけど。


「それじゃ、私たちは先にいっていますぅ。お料理の準備をしておきますねぇ」

「のじゃ」

「ゆっくり来てもいいですぜベルヌ様!」


 シャティア、リリィ、フランツは俺とアリスだけを残してさっさとアジトへと戻ってしまった。

 俺はフランツに言われたように、ゆっくりとアリスと共にメメントの街中を歩くとする。

 夕暮れ時だから、なんだか幻想的な色合いに壁が染められていて綺麗だった。

 ふと、アリスの横顔が眼に入る。

 お気に入りの白いローブから覗く頬が燃えるような赤に染められ、美しい。

 俺はふと、アリスに尋ねる。


「学校はどうだい?」


「ドリ……いえ、ティアラとマリーという友達が出来ました。悪友です」


 何も覚えていないんだな。

 あのときのアリスは、別のアリス。

 そう思うとちょっと寂しい。

 あの情熱的だった小屋の夜での彼女を思い出すと、今でも胸がドキドキする。

 今は出来るだけ、この子を守っていきたい。

 自分の力が続く限り。

 アリスは呟くように言った。


「ベルヌ様、夕日、綺麗です」


「そうだね」


「――俺も、お前が好きだ。愛している」

 

「んん!?」


「――上も下も、すべて見ておきたい……」


「わーっ!? わーっ!? お、覚えているのか!?」


 アリスはふふと微笑むと、首をすこしだけ傾け。


「内緒です」


 そう言って、胸に飛び込んできた。

 俺はアリスの小さな身体を抱き締めると、しっかりとその体温を感じることが出来ていた。



 アリスと手を繋いでアジトへと帰ると、皆が待っていてくれていた。

 なんか、真っ黒いケーキを用意して……。




――魔王記念日おめでとうございます!!!




 なんと、魔王になって三周年らしい。

 なんだその記念日は、とても不謹慎な記念日だな。

 そしてミカエラ。君がここにいるのおかしくない?

 君、どうやってこの場所を突き止めたのかな?

 来るの早くないか?林檎の種亭から、転移(ワープ)してきてない!?

 ミカエラは天使の微笑みでアリスを見つめている。


「アリスさん。ベルくんの手を離して? 外から帰ってきたら洗わなきゃ」


「ミカエラさん。大丈夫です。私の手は魔素で出来ているので、汚くありません」


「そういう問題じゃないの。離して?」


「いえ。結構です」


 微笑み合う二人の間に、なんか凄い火花が散る。気がする。

 なんか胃が痛くなってきたような気が。

 ミカエラとアリスは微笑みを浮かべながら、一緒に俺の手を取り合いアジトの中へと案内してくれた。

 シャティアのごちそうがテーブルに並べてあり、普通に我慢できなかったフランツがつまみぐいしている。

 リリィは部屋の中を飾りつけしてくれているが、そこはかとなく吸血鬼感が出ていてなんか違うイベントのような気がしないでもない。

 みんなは席につき、魔王である俺を祝福してくれた。


 

 笑顔溢れる皆の前で、俺は結局泣き出してしまった。

 嬉しすぎる。

 なんだこれ、ほんとになんだこれ。

 みんなで笑うのがこんなに幸せなのかよ。

 これが、俺の欲しかったものなのかもな。

 人間の顔は、笑った幸せな顔が一番素敵だと感じる。





 やっぱり俺は、魔王にんげんで良かったと感じている。


 さあ、皆とこの世界を歩んで行こう。

 俺たちは笑顔になるために生まれてきたのだから。







 了

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