第18話 黎明



——桜皇国の花庭には魔女が眠っている——



 壮年そうねんの男は軽やかな足取りで千年樹へ向かった。



——魔女は希望を捨てなかった——



 多様の花が咲き誇っていた花庭は、今では植えられた花は一種類だけ。



——どれだけ人に傷付けられようとも——



 魔女が一等愛したその花は、春を謳歌おうかするように幾重にも花びらを綻ばせている。自分と彼女を巡り合わせてくれた思い出の花を愛でながら、男は千年樹の根元——かつて、師匠と慕った、唯一の理解者の顔を覗き込んだ。



——どれだけ人に利用されようとも——



 十九年という月日が経っても、その美貌はあの日と変わらない。輝く銀糸も滑らかな雪肌も、今はきつく閉ざされているその瞳も。口を開けば、玲瓏れいろうとした声を発するだろう。

 男はその頬を慈しむように撫で、ゆっくりと薄紅に色づく唇に自分のを重ねた。



——魔女は人々を愛し続けた——



 勝手な行動に怒られるかな? と思いながら、銀糸に指を絡ませて魔女の起床をまった。

 しばらくすると、ふるりと長いまつ毛が揺れた。ゆっくりと持ち上げられた薄桃色の瞳は男の姿を写し、微かに動く。


「……ウラハか?」


 聞きたかった声が男——ウラハの名前を呼ぶ。信じられないとでも言いたげに視線を上下に落とす姿を見て、ウラハは相好そうごうを崩すと手を差し伸べた。


「あの時から十九年の月日が経ったから、見間違えるのも仕方ないさ」

「思ったより早かったな」


 差し出された手をとり、体を起こした魔女——サクラは大きくあくびをした。


「四十年はかかると思っていた」

「それじゃあ、僕だけが歳をとってしまうじゃないか」


 ウラハはまろい頬を撫でた。


「おはよう。僕の魔女。君が起きるのを、僕はずっと待っていた」




 ◇◆◇




 桜皇国、七十九代皇王に即位したウラハ王はその類稀な知能と手腕で魔法国家である桜皇国を魔法国家から科学国家へと変えていった。

 幼い頃は「落ちこぼれ皇子」とあだ名されていた彼の側には銀色の髪を持つ皇妃がいつも寄り添っていたという。

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桜の魔女は黎明を告げる 中原なお @iroha07

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