第17話 小さな王
目的はただ一つ。ウラハが始祖を害する前に捕まえることだ。抵抗する場合は殺してもよいと言われた。
一同は庭園に足を踏み入れたと同時に目を剥いた。
始祖たる魔女が起きていて、ウラハを庇うようにサビを睨みつけていた。これでは、どちらが悪者なのか分からない。
しかも、魔女が身に
——欠けていたピースが埋まるように、一同の頭の中で点と点が繋がりはじめた。
「……不愉快だ。見せ物ではない」
舌打ちと共に冷たい声が駆け抜ける。
初めて聴く始祖の言葉に驚く者や感動する者、未だ状況を理解できず混乱する者。冷静な者は一人もいない。
これ以上、面倒事はごめんだ。そう判断したサクラは一同を眠らせようと考えた。
今大切なのはウラハの安全であって、こいつらではない。ついでにサビも眠らせて、ウラハを連れて逃げてしまおう。
死ぬまで逃避行はごめん被るが、親友の面影が色濃い少年を見捨てる方が夢見が悪い。呪文を心のなかで唱えながら、ふと思う。
(丁度いい機会だ)
ここにはこの国の王であるキガラを筆頭に、
「ウラハ、サビ、私はお前達の勝った方につかせてもらう」
え!? とウラハが声を荒げた。
サビを含む、その他全員は息を殺して、サクラの言葉の先を待った。
「魔法では不平等だ。純粋に力でケリをつけようじゃないか」
「なにいってるの?! そんなっ!」
「落ち着け、ウラハ。勝てばいいだけだ」
サビは片眉を持ち上げる。
「……私が、ウラハに負けると?」
「なにを不安がる? 戦地へ赴いたのならば、お前の方が有利だろう? よろこべ」
「……なるほど。始祖様は、私の味方をしてくださるのですね」
その言葉には返答せず、サクラは笑った。
◇◆◇
「……嘘だ」
と言ったのは誰だろうか。キガラかアサギか、貴族の誰かか。
しかし、全員がそう思っているのは明らかだ。目の前で繰り返される光景を信じられないのか目が溢れるほど見開き、ぽかんと口を開けていた。
唯一、サクラだけが愉快そうに笑いながら事のいく末を見守っていた。
「さすがにサビ様がウラハ様に負けるなんてことには……」
希望を捨てきれない声が聞こえて、サクラは鼻で笑う。
「よく見ろ。お前達はあれで勝てると思っているのか?」
サクラが指し示す先ではサビとウラハが互いに剣を交えていた。実践経験が豊富なサビは、大人の筋力にものをいわして力を込めた剣を使っているのに対して、まだ成長段階で教科書通りの手しか分からないウラハは、その剣を真正面で受け止めることはせず、斜めにした剣の背で受け流している。
剣同士がぶつかるたびに金属音が鳴り響く。どんな手を使っても簡単にいなすウラハに焦りが出始めたのか、サビは精彩を欠いた動きで剣を振るった。次第にサビの呼吸も早くなり、額には汗が浮かぶ。
対して、最小限の動きで対応するウラハは余裕そうだ。
「サビは限界だな」
残った力を注いだサビの一閃は、やはり簡単にウラハは跳ね除けた。サビの手から離れた剣が地面に突き刺さる。
「——キガラ」
勝負の結果がでた。あえて敬称をつけずにサクラは皇王の名前を呼んだ。本来ならば不敬にあたる行為でも、自分はこの国を創り上げた立役者。これぐらい大目に見てもらいたいものだ、と誰にともなく言い訳する。
「はい、始祖様」
「お前の息子を監獄に繋いでおけ。あとで話がある。死なすな」
「……承知いたしました」
サビが花守に拘束されたのを横目に、サクラは地面に膝をついた。ウラハに向かって深く頭を下げる。
「——小さな王よ。おめでとうございます」
周囲が息を呑む。この国を創った始祖が、ウラハのことを「小さき王」と呼んだ。それも今までの無遠慮な振る舞いとは打って変わって、まるで従順な
「サクラ、顔をあげて。サクラにそんな態度をとってほしくないよ」
ウラハの懇願に、サクラはゆっくりと面を持ち上げる。
「ウラハ皇子、先程の言葉を覚えていますか?」
「この国を魔法ではなく、科学を広めようって話?」
ウラハははっとした。言われずとも分かった。サクラの考えも。
「私はまた眠りにつきましょう。私の魔力が
八十年、その間に国を発展させろとサクラは言いたいのだ。
「……
涙はこぼすまい、とウラハは顔に力を込めた。
「約束しよう。次にそなたが目覚めるその時は、この国はより一層と豊かな国となるだろう」
「それは、次に目覚める時が楽しみだ」
サクラは唇を持ち上げると後ろを振り返る。集う人々の顔を順番に見渡した。
「始祖たる私は、ウラハ皇子を次期皇王に推す。異論はあるか?」
誰が異論など唱えようか。落ちこぼれ皇子の変わる様を近くで見てきたのだから。
誰ともなく膝を地面につき、小さな王に首を下げた。
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