後編
お互い普段は決して言えないような事を言って、こそばゆい空気が流れる。
どれくらい見つめ合っていただろう。止め時が見つからなくて、背中がくすぐったいような、変な感じになっていたけど、そんな時ふと、遠くから声が……日本語が聞こえてきた。
「あ、いたいた。姉さーん、太陽義兄さーん!」
「あ、八雲!」
途端に、さっきまであったフワフワとした空気が無くなる。
振り返ると、行きかう人達の先で、こっちに向かって手を振っている最愛の弟、八雲の姿が目に入ってきた。
八雲。実はこの子も私達と同じく、このパリの街に来ていたのだ。
新婚旅行なのに、どうして八雲が付いてくるのかって? だって事の発端になった福引、当てたのは八雲なんだもの。
八雲は私達に旅行をプレゼントしたいって言ってくれて、その気持ちはとても……とても嬉しかったんだけど、それでもやっぱり、弟の物を取っちゃうような姉にはなりたくない。八雲だけ日本に置いていくくらいなら、やっぱり行かないと、私がゴネたのだ。
太陽と旅行したい、少しは一緒の時間を作りたいっては思ったけど、こればかりは、ねえ……。
結果、八雲の旅費は自分達で捻出する事にして、三人で新婚旅行に行くことになったのだ。新婚旅行に、妻の弟が付いてくる……うん、別に何も、おかしな所はないよね。
あの時八雲は、太陽に頭を下げながら、「僕が付いて行ってごめんなさい、あんな姉さんでごめんなさい」なんて言っていたけど……まあ細かい事は気にしないでおこう。太陽だって、「三人の方が楽しいよ」って、言ってくれてたし。
そんなわけで、三人でパリまで赴いていたわけだけど、おかしいなあ。今日は八雲、私達とは別行動だったに、どうしてここにいるんだろう?
不思議に思いながらも、とりあえず私達は合流を果たす。
「八雲、いつこっちに来たのよ。エッフェル塔に行ってたんじゃなかったの?」
「行ってたよ。けど義兄さんと電話で話したら、姉さんが迷子になったって聞いて、慌ててこっちに来たんだけど……姉さん、何をやってるの?」
ジトッとした目を向けられてしまった。太陽、何余計な事を言ってくれちゃったの?
つい睨んでしまったけれど。そんな私に、太陽は慌てたよう弁明してくる。
「ごめん、実は探している最中に、皐月さんのケータイが鳴って。ほら、何かあったら心配だから、定期的に連絡をするように、八雲に言ってたじゃない」
……あ、そうだった。
一人で見知らぬ異国の地を歩いて大丈夫かと心配した私は、一時間に一回、連絡を入れるよう八雲に命じていたんだった。けど、生憎そのケータイを不携帯していたから、代わりに太陽が電話に出て、それではぐれた事がバレちゃったみたい。
「まったく。新婚旅行にまで僕を引っ張ってきたと思ったら、今度は迷子? せめて一日くらい二人きりにさせようと思って別行動したっていうのに。姉さん、もうちょっとしっかりしてよね」
「ご、ごめん八雲」
「僕はいいから、義兄さんに謝ってよ」
「うん、そうだね。太陽、ごめんね」
八雲に怒られてしまい、言われるがまま改めて太陽に頭を下げると、再び困ったような笑みを浮かべられる。
「さっきも言ったけど、僕は別に良いって。こうして無事に見つかったんだし。それより、せっかく三人揃ったんだから、何か食べに行かない。昨夜ホテルで調べたんだけど、近くにキッシュの美味しいお店や、スフレの名店があるみたいなんだ」
即座に話題を変えてくる。こんな風に言われて、八雲もこれ以上は怒れなかったけど、最後に一言だけ言ってくる。
「姉さん。失敗しちゃうのは仕方がないけど、せめて弟離れだけは、さっさとしなくちゃ。何時まで経ってもブラコンなんだから」
「……別にブラコンじゃない」
「そう言う無自覚な所を、早く何とかしなくちゃいけないんだよ。義兄さんより僕のことを優先させてたら、可哀想でしょ」
うっ、それは……。
ブラコンと言う自覚は無いけれど、太陽のことより八雲の方を優先させちゃってる気は、しないでもないかも。
八雲はそんな私を見た後、太陽の方に振り返って、「こんな姉ですけど、どうか見捨てないであげてください」なんて言っている。ううっ、耳が痛い。
「まあ、お説教はこれくらいにして。とりあえず、何か食べに行くんですよね。まずは動きましょうか」
「そうだね。ちょっとパリの街を散策してみるのも、いいかもしれない」
そんな話をしながらた八雲を先頭に、太陽、私の順に歩き始める。だけどしばらく歩くと、私は太陽に近づいて、耳元でそっと囁いた。
「太陽、さっき八雲が言っていた事なんだけど……」
「ああ、ブラコンのこと? 別に気にしなくていいよ。弟思いなのは、良い事だと思うよ」
「ううん、そうじゃなくてね。確かに八雲のことは大事だよ。けど、太陽よりも八雲の方が好きってわけじゃないから。そりゃ昔は、あの子が私の世界の中心だったけど、今では……太陽のことも大好きなんだからね」
それはちょっと恥ずかしくて。だけどちゃんと、伝えなくちゃいけない言葉。
するとどうだろう。太陽は驚いたように一瞬固まって、それから今まで見た事もないくらい、幸せそうな顔をしてくる。
「皐月さん……ありがとう、凄く嬉しいよ。その言葉が聞けただけでも、こうして旅行に来た甲斐があったなあ」
「まったく、大袈裟ね」
こんなもので良いならわざわざ旅行に来なくたって、何度だって言ってあげるのに。けど、嬉しいならそれでいいか。
向こう見ずでブラコンで、暴走しがちな私だけど、この人のために良い妻になれるよう、これから頑張っていこう。
そびえ立つ大聖堂を背に、そんな決意を胸にしながら。愛する家族達と一緒に、パリの街へと繰り出して行くのだった。
凸凹ハネムーン 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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