中編
「良かった、見つかって。中々見つからないから、探し回ってたよ」
再会できたのがよほど嬉しいのか、小走りでこちらへとやって来る太陽。その両手には、二人分のバッグが抱えられている。
ああ、そうだ。写真を撮るのに邪魔になるから、私のバッグを預かってもらっていたんだ。
なのに私の不注意ではぐれてしまっって。きっと両手に重たいバッグを抱えたまま、今まで私を探してくれていたに違いない。
その事を考えると、ズキズキと胸が痛む。
だけどそんな私とは対照的に、太陽はその名の通り、お日様のような笑みを浮かべていた。
「ごめん、見つけるのが遅くなって。良い写真、たくさん撮れた?」
「う、うん。おかげさまで……」
最初に聞くのがそれなんだと、少し呆れてしまう。怒られても仕方がないって思っていたのに。太陽は本当に、私に甘い。
だけど、そんな彼に甘えてしまっていることが、とても申し訳なく思えてきて。私は深く頭を下げてた。
「……ごめんなさい」
「え、なに?」
驚いて目を見開く太陽。そんな彼に、私は言葉を続ける。
「本当にごめん。太陽とはぐれて、探している間に考えていたの。私達、今のままじゃいけないって。このまま太陽に甘えきっていたんじゃ私はダメになっちゃいそうな気がするの。だからね……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
慌てたように、言葉を遮ってくる。そして顔面蒼白になりながら、震える声聞いてくる。
「そ、それはもう、僕と一緒にはやっていけないってこと? ハネムーンから帰ったら即別れるっていう、成田離婚が待っているの!?」
「はあ? 何勘違いしてるのよこのバカ。そんなわけ無いでしょ!」
「ご、ごめん」
今度は仔犬のように、シュンとしてしまった。まあ誤解が解けたみたいだけど、なんておかしな勘違いをしてくれちゃって。
……って、あれ? 私が謝ってたはずなのに、どうして立場が逆転してるんだろう?
まあいいや、とにかくちゃんと謝らないと。
「言いたいのは、そう言うことじゃないから。私って、太陽に迷惑かけてばかりだって思って。いつもは仕事ばっかりで、あんまり一緒にいられないし、せっかくこうして旅行に来たのに、ほったらかしにしちゃうしさ」
「皐月さん、どうしたの急に?」
「旅行に来る前にね、八雲に言われたの。私は、太陽のことを蔑ろにしすぎだ、このままじゃ、愛想つかされても仕方がないって。実際、その通りだと思う。太陽のことほったらかしにして、はぐれちゃったし……」
悪かったって、ちゃんと思っている。だから有耶無耶にせずに、しっかり謝りたかった。
「今までも、これからだってきっと、たくさん迷惑をかけると思う。けど、勝手な言い分だけど、見捨てないでほしい。私には、太陽が必要だから……」
普段ならこんな風に、不安に思ったりはしないだろうし、思ったとしても絶対言えないだろう。
だけどいつもいる場所とは違う、遠い異国の地の空気が、私を不安と素直にさせたのかもしれない。
蔑ろにしてるって思われてしまうのは仕方がない。だけど私は、一度だって太陽の事をいらないなんて思った事なんて無い。私にとってこの人は、掛け替えの無い大事な存在なんだから。
だからこうして反省もしたし、真剣な気持ちで、謝りもした。だけど……。
「……ふふ、ハハハっ」
「ちょっ、何笑ってるのよ⁉」
突然笑い始めた太陽に、思わず鋭い目を向ける。コイツめ、人が真剣に謝っていると言うのに、なんて反応をするんだ。
すると太陽は、頑張って笑いを堪えながら私を見る。
「ごめん皐月さん。けどそんな事を気にしてたんだって思うと、何だかおかしくなっちゃって」
「そんな事とは何よ?」
「ごめんね。皐月さんの事だから、たくさん悩んだんだろうなって言うのは分かるよ。けど、あんまり気にしないで。僕は別に、皐月さんのすることが迷惑だなんて思ってないから」
屈託の無い笑顔でそう言ってきたけど、だからって良かったと安心できるほど、私は図太くはない。優しさに甘えっぱなしだなんて、いいはずがないもの。
すると太陽は何を思ったのか。そっと視線を、大聖堂の方へと移した。
「皐月さん、あの大聖堂を見て。アレって前に、火事になった事があったよね」
「えっ? うん。たしか屋根が燃えて、塔が崩れたのよね」
太陽が言っているのは、2019年4月に起きた火災のこと。
世界遺産が燃える姿はテレビで中継されて、当時世界中の人に衝撃を与えたものだ。途中で火が消し止められたのは不幸中の幸いだったけど。だけど、どうして今そんな話を?
「テレビのニュースで火事を見た時は、本当にビックリしたよ。あの時はまさか、その現場にこうやってくるだなんて、思いもしなかったけど。あれは本当に、痛ましい来事だったって思うよ。けどね皐月さん、あんな出来事はあったけど、そのせいでこの大聖堂な価値が下がったって思う?」
「へ? それは……」
私は大聖堂を見て。それから広場にいる観光客に目を向けた。
さすがは世界遺産。ヨーロッパ系の人もいれば、アジア系の観光客もいる。あんな事があっても、未だに世界中から多くの人が訪れるノートルダム大聖堂。火事のせいでその価値が下がったかって言われると……。
「そうとは思わないわ。一部が焼けちゃったのは悲しいけれど、未だにこんなにも多くの人を惹きつけてるのが、何よりの証拠よ」
「うん、僕もそう思うよ。それはきっと、建物が焼けちゃったこと以上に大きな価値が、ここにはあるからなんだと思う。築き上げてきた大きなものの前には、ちょっとやそっとの粗なんて、何でも無くなっちゃうんだよ。もちろん火事が与えた衝撃も大きいけど、時間が経てばそれだって、伝統ある歴史の一ページになる。だから、皐月さんのした事だって同じだよ」
「……どう言うことよ?」
「つまりね。皐月さんはさっきはぐれちゃったことや、普段一緒に過ごせない事を気にしてたけど、そんなのは些細なものだってこと。だってそれ以上のものを、僕はいつも貰っているから。少しくらい何かあったって、へっちゃらだよ」
そう言って、満面の笑みを向けてくる。
まさか、世界遺産を例えに出してくるとは思わなかった。けど、言いたい事はちゃんと伝わった。ずいぶんとスケールの大きいものと比べられたけど、何だかそれがとてもおかしく思えてきて。
私も太陽につられて、思わず笑ってしまった。
「アンタねえ、何なのその話。私なんかと比べたりしたら、大聖堂に失礼でしょうが」
「え、おかしかった?」
「とってもね。おかしすぎて担当している作家さんに、ネタとして提供したいくらいよ」
「ごめん、それだけは止めて。盛大に滑っ出来事がネタになっちゃうだなんて、恥ずかしすぎるよ」
冗談なのに、本気で困ったように眉を下げてきて。その様子が、妙に笑えてくる。
って、いけない。こんな風に意地悪言っちゃうのが、私の良くない所なんだ。けどこれは、太陽だって悪いよ。こんな面白い反応をしてくれるんだから、からかっちゃいたくなるのも、仕方がないよね。
「まあ、太陽が言いたい事はよーく分かったわ。ありがとうね、そんな風に言ってくれて」
「別にいいよ。けど、これだけは覚えておいて。僕が皐月さんに愛想つかすだなんて、絶対に無いから。僕には、皐月さんが必要だから……」
真っ直ぐにこっちを見ながら、恥ずかしい言葉を躊躇いなく言ってくる。
正直、どうして私の事をこんなに好きでいてくれるのかが良く分からないけど、それでもいいんだ。それが太陽なんだって、ちゃんと受け止めたから。
けどまあ、こんな旦那だからこそ、やっぱりちょっとは気を引き締めなくちゃいけないかな。想ってくれているのは嬉しいけれど、やっぱりその行為に甘えっぱなしだなんて嫌だから。好きでいてくれるなら、私もちゃんとその気持ちに応えたいって思う。
だって私もなんだかんだ言いながら、この人の事が好きなんだから……。
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