二十年後のわたし

月波結

スライドショー

『二十年後のわたし』。


 どうしてそんなことを思いついたのかわからない。冬休みの宿題は、三学期に作るスライドショーのテーマを考えてくることだった。

 ――くだらない。

 スライドショーなんてどうしてやるんだろう。笑顔でピースサインした写真をクラス全員分束ねてひとつのストーリーのようなものを作るんだろう。要するに、パソコンのスライドショーを使ってなにか作ってみようという授業の一環なんだろう。


 部屋にはいると猫のマロンがくつろいでいた。寒いからって勝手にドアを開けて入ってくる。気がつかずに足を踏んじゃった時、足先にふわっと、もじゃっとした感触がした。「マロン、ごめん」と言ったんだけど、マロンは猫なので「ごめん」の意味はわからなかったらしく、不愉快そうに部屋を出て行った。

『二十年後のわたし』かぁ。なんて中途半端。

 だって今年、高校生になったわたしはいま、十六だ。プラス二十したら三十六。ピンと来ない。三十六ってけっこうオバサンだ。アラフォーじゃんと思うと「げっ」と思った。


 それでもこうやって何となく生きていればわたしもそのうちアラフォーになる。アラサーになってアラフォーになる。アラフィフになってアラ還になって……死ぬの?

 思っていたより人生って短い気がしてどきっとする。でもよかった、わたしはまだ十六だ。十六って不思議な年だ。大人のひとはみんな「いいね」って言う。そうかな、と思う。まだまだ寿命までには時間があるけど、それまでにいろんなことがあるのかと思うとげんなりする。


 例えば……まず、高校を卒業したらどうするのか考えなければいけない。ママに早く目標を決めるように言われている。この間、やっと志望校が決まって高校に入ったのに、もう次の目標を決めろって言われてもそれは難しい。

 ふたつ上のお姉ちゃんは子供の頃から絵が上手くて、ずっと絵描きになりたいと言っていて、美大への進学を今年決めた。すごいな、と思うし、お姉ちゃんみたいなのを「才能ある」って言うんだろうなと思う。わたしなんかそれに比べたらクソだ。


 わたしがなりたいのはイラストレーターだ。イラストを描くのは楽しい。なんていうか、自分だけの世界に没頭できる。みんなから見たら下手くそな絵だと思うかもしれない。いや、下手なんだろう。実際、Twitterに上げてもろくにファボがつかない。フォロワーなんて滅多につかない。

 それでも描くのは楽しい。うちのパソコンは性能が悪くて重いらしいので、クリップスタジオが使えない。だからわたしは他のフリーソフトで描いてるんだけど、最近、ペンタブにも慣れてきて、ちょっとは上手くなったなぁなんて自分で自分に満足しちゃうときがある。

 だからもっと上手くなるために専門学校に行きたいし、イマドキ専門くらい出ておかないといけないんじゃないかなぁと思う。

 でもなんだかママはいい顔をしない。「どうせやりたいなら美大に行きなさいよ。イラストって最近は自分で自由に描いてTwitterで話題になればいいんでしょう?」と簡単に言う。そんなに簡単なら悩んだりしない。


 ちょっと前まで、ひとにイラストを見せるのがイヤだった。

 友だちはみんなイラストが上手い。それは中学の時も今も変わらない。比べられるのが本当にイヤだった。だってみんなが褒めるのはわたし以外の友だちで、わたしはあまり褒められない。

 だからこそ、専門に行くのは意味があると思うし、第一、美大なんか受かりっこない。お姉ちゃんは受験のために絵の勉強をするのが本当に大変そうだった。

 口に出しては言わなかったけど、デッサンなんかわたしの描くイタズラ描きとは違って、なんていうか遠近感もあるしとにかく上手かった。

 お姉ちゃんと同じ進路を選んで、比べられたくない。


 うちの高校は資格取得に力を入れていて、この前、わたしもはじめてタイピングの検定に合格した。ビジネス文書を作っていると時々かわいそうになったりする。決まり文句の挨拶文から始まって、決まり文句で終わるのかと思うと『発注ミス』を謝る文書だったりしてビックリする。そんなミスをしたひともビックリしたんじゃないかと思う。


 そういう資格を高校にいる間にたくさん取って、それで就職したらいいっていうのが周りの考え方だ。確かに間違っていない。

 うちのクラスでもみんながその資格を取ったわけじゃなくて、わたしは情報の先生に「受かると思うから受けなさい」と言われた。自分でも嫌いじゃないし、向いているのかもしれないと思う。

 でもなぁ、人生の目標ってそんなふうに決めるものなの? すきなことを選んだらいけないの?


 ねぇ、三十六歳のわたし、どう思う?

 三十六歳のわたしを想像する。


 例えば、専門を卒業してイラストレーターになったわたし。結婚はしてるのかな? してるといいな、と思う。赤ちゃんは天使だ。小さい時から赤ちゃんがだいすきだ。

 イラストレーターやマンガ家でも結婚して子供を産むひとはいる。出会いがあれば、イラストを描きながら結婚して、子供を産む。……仕事をしながらの育児って大変そうだ。子供ってあちこちいじるのがだいすきだから、わたしの仕事道具で遊ぶかもしれない。データが飛んだりしたら台無しだ。

 かと言って、子供を仕事部屋に入れないでひとりで作業するわけにはいかないだろう。そうしたらネグレクトだ。ネグレクトを受ける子供たちは本当にかわいそうだ。ニュースを見てるとそんなことが世の中にはたくさんあって、泣きたくなる。

「子供をかわいいと思うのもひとつの才能なのよ」とママはママの先輩に教わったらしい。それはんじゃないかと思う。わたしは『ある』方だといいなぁと思う。


 イラストレーターにならなかった三十六歳のわたし。どんなふうに暮らしてるの?

 みんなが言うみたいに資格をたくさん取れる専門学校に行った? それとも高卒で働いた?

 むかしと違うって言うけど、『学歴』がないっていうのはなんだか怖い気がする。『学歴』はひとつのお守りだ。

 だからわたしは事務の仕事をするにしても専門には行ったに違いない。もしくは短大に。そこで二年間、勉強して、就職を決める。――ちょっと待った。ここでも二年? わたしは否応なしに高校を卒業してもたった二年で社会に出るんだ……。怖いな。


 じゃあ、いっそ専門なんか行かないで、ママが言うみたいにTwitterで何万もフォロワーがつく絵描きを目指す。

 コンビニでバイトしながらとかって、それっぽいし。サイゼでバイトもいい。バイトって怖くてしたことがないけど、お金がもらえるのはいい。わたしのお小遣いは少ない。不定期にもらう。その点、サイゼってちょっといい。どこがいいかと言うと、サイゼはだいすきだから。サイゼのカルボナーラって最高だし。あー、サイゼ行きたい。

 サイゼで働きながらイラスト描こうかなぁ。

 フォロワーってどうしたら増えるんだろう? 全然わかんない。やっぱり『神』にならないとダメなのかな。わたしのすきな絵師さんはみんな『神』だ。『神』っていうのは普通の人間じゃないから『神』なんでしょう? なれるわけないじゃん、そんなの。


 もう切羽詰ってるよ、三十六の自分。

 三十六にもなって、サイゼでバイトしながらフォロワー増やすために絵をアップし続ける。アホか。

 三十六なんていい大人じゃん。もっと現実的になりなよ。ほら、婚活したりさ。

 高卒でサイゼで働いてて、イラストレーター目指してる女って、婚活で需要があるの? わたしが男ならイヤかもしれない。だって、もっといい人、いそうじゃん。


 ダメかー。

 サイゼでバイト、ダメかー。

 もうなんでもいいから結婚して子供が欲しいよ。小さい子供をかわいがる生活がしたいよ。がんばってよ、三十六の自分。


 ふと、思う。


 三十六の自分を作るのって、今から三十六までの自分になるまでの『二十年間の自分』じゃない? その二十年間の自分、責任重大じゃん!

 がんばるのは三十六の自分じゃなくて、その二十年をどうやってがんばるのかってことじゃん。しかもそれ、いまのわたしがスタートじゃない?

 ……焦る。

 カッコ悪い三十六にはなりたくないなぁ。みんなに『必要』だと思われる自分になりたいなぁ。どうしたらいいんだろう?


「ご飯だよー」


 とお姉ちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえる。

 だからさ、スライドショーだよ。とりあえず『二十年後の自分』には待っててもらおう。とりあえず、高校卒業するまでがんばって、高卒にならないようにがんばって、子供も育てられるようになるように努力するから。でもイラストもあきらめないから安心して。


「ご飯だよー」


 と二回目、呼ばれる。ここで行かないと怒られるから返事をする。「はーい」。


 スライドショーのことは、また明日考えよう。あとで友だちにラインして、何か考えたか聞いてみよう。高校生になって友だちが増えて、毎日がすっごく楽しい。

 友だちについてのスライドもいいかもしれない。

 まぁいいや。ご飯食べて、ラインして、それからぼちぼち。まだ冬休みはたっぷりあるし。

 夕飯、何かなぁ? カレーだといいんだけど。

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