下
草井先輩が救急搬送されたのを見届けた私達は、この後の試合について大会の運営スタッフも交えて話し合うこととなった。
救急隊員曰く、草井先輩が倒れた原因は全校ピ予選大会から今日に至るまでの過酷なトレーニングによる心身の不調、そしてそれにより引き起こされた強烈な下痢であると考えられるとのことである。
幸い先輩が倒れる直前に残していった置き土産うんこは大会レギュレーション上いちおう問題ないものであり、既に投げ終わった選手を臨時のキャッチャーに立てればルール上は問題ない。そうスタッフから告げられたものの、私達の間に広がる絶望感が軽減することはなかった。
「そうは言っても、こんな状態では……」
弱々しい声でそう言ったのは、振鰤くん。先程マウンドで見せた力強い姿から一転、キャプテンが事故に遭ったあの日のように憔悴してしまっている。
運営スタッフの言う通り、回収した草井先輩のうんこがあれば試合をすることは可能だろう。しかし、それはあくまで『ルール上問題がない』という話に過ぎない。
「ううむ……」
回収したうんこが入ったケースを見ながら、監督が苦い表情を浮かべた。
草井先輩が競技の為に普段出しているうんこは、固さや太さ、色や臭いに至るまで、その全てをうんこピッチングに最適化した美しいバナナうんこ。いわゆるパーフェクトうんこであった。しかし今このケースに入っているのはどうだろうか。ドロドロに液状化してしまった下痢うんこは、もはや殆ど水そのものといった様子である。これではあのビッグ・ベンに勝つどころかマトモに投げることすら困難だ。
「もうダメだ……おしまいだ……」
「おい、そんなこと言うなよ」
「だって実際そうだろ……うぅ……クソッ、クソッ!」
一人が弱音を吐いたのを皮切りに、部員達の間に諦めムードが漂い始める。
『無理だ』
『勝てない』
『もう諦めよう』
そんなネガティブな言葉ばかりが交わされる中、ついには棄権すべきだという意見まで飛び出す始末。そんな仲間達の姿に我慢できず、気が付けば私は叫んでいた。
「なんでっ!……なんで諦めてるんですかっっっ!!!!」
「古村川……」
「みんな言ってたよね……明日、今日よりも好きになれる……溢れる想いが止まらない……そんな奇跡を起こすチームになるって……!!」
予選出場からずっと、自分達より人数にも設備にも恵まれた格上を相手に勝ち続けてきたのだ。優勝という夢を託してくれたキャプテンやライバル達の為にも、ここで諦める訳にはいかない。
「でも、ここからどうやって……」
「私に考えがあります。監督、お願いします。やらせてください」
苦境の中でも唯一思い付いた逆転の策。苦し紛れに見出だしたそれは、本当に成功するかもわからない、賭けのようなものだ。それでも、やる。やってみせる。
「良いだろう。どちらにせよ他に道はないんだ、思いっきり投げてこい」
「……はいっ!」
私達が控え室からグラウンドに戻ると、周囲の視線が一斉にこちらに集中した。しかしそんなことは一切気にせず、ただ真っ直ぐとマウンドに歩を進める。
ケースを開け、溢さないよう両手で慎重にうんこを掬い上げる。草井先輩が最後に残した希望のビチグソ。外の熱気で今まさに気化しつつあるそれは、いっそう強い臭いを放っている。これを使って、私は勝つ。勝たなければならない。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
バレーボールのレシーバーのような動作で腕を思い切り振り上る。私の掌に溜まっていたビチグソは、雫となってグラウンドに降り注ぐ。
……これが私にできる精一杯。果たして、結果は。
『只今の点数』
『10点、10点、9点。合計、29点です』
緊張感で真っ白になりかかっていた意識が客席からの歓声で一気にクリアになる。やった!私、勝ったんだ!
「安達!よくやった!」
「お前がナンバーワンだ!」
「うぅ……良かった、良かったぁぁぁぁ!!」
「馬鹿!泣くのは優勝してからだ!!」
ベンチから続々と仲間たちが駆け寄ってくる。泣いたり笑ったりと反応は様々だが、この勝利を喜んでいるという意味で、私たちは完全に一つになっていた。
これから先の戦いは、きっとこれ以上に厳しいものとなるだろう。全国から集まったより強力な高校生うんこピッチャー達を相手に私たちの力がどれだけ通用するのか、それはまだ分からない。それでも、絶対に優勝を掴んで見せる。
うんこの雨がグラウンドにに生み出した七色の架け橋を前に、私はそう誓ったのであった。
POOPEES アリクイ @black_arikui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
アリクイ、日記を書く/アリクイ
★21 エッセイ・ノンフィクション 連載中 14話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます