三 告白

「ーーへえ、じゃあ君もこども達から怖がられてるんだ。僕と一緒だね」


「ま、こんな顔だからね。仕方ないわよ。しかも、付けられたあだ名が〝口裂け女〟よ? まんまじゃない。なにそのネーミングセンス! もっとこう隠喩表現とか捻りを利かすとかないわけ?」


 そんな取るに足らないお互いの話を交わしながら、僕らは楽しく散歩を続けた。


 無論、人気ひとけのない閑静な高級住宅街とか、もう誰もいなくなった小さな団地の公園とか、あまり人目につかない所を選んでである。


 僕も同じだからよくわかるが、きっと彼女も人の目に触れるような場所は嫌だろうと思ったからである。


「ーーあの大きな四角がペガサス座で、その斜め上のマッチで作った人っぽいのがアンドロメダ座だね」


 彼女と歩いている内にもうすっかりと日も沈み、濃い紫色をした夜空には明るい星々が瞬き始めている。


 引きこもりで、世間知らずの僕に女性の気を引く話術など備わっているわけもなく、すでに話題に窮してしまっていたので渡りに船である。


「あなた、星座に詳しいのね。じつは意外とインテリだったり?」


 星空を指差し、僕が星座について話をすると、彼女は感心したように僕の方を見つめ、大きく口の開いたその顔に微笑みを湛えてくれる。


「いやあ、知り合いというか、住んでるとこの家主みたいな人が理科の先生でね、それでよく話しているのを聞いたりするんだよ。別に僕はインテリなんかじゃないよお…おっと……」


 僕は照れ笑いを浮かべながら頭を掻いてみせるが、その時、雲間から明るい十五夜に近い月が姿を現し、慌ててフードの端を引っ張ると顔が照らされないようかぶり直した。


「……ねえ、そういえば、ずっとよく顔が見えないんだけど、そのフード取って見せてくれない?」


 すると、そんな僕の動作に目を留めた彼女が、どこか訝しがる様子でそう尋ねてきた。


「え……?」


 その予期せぬ注文に、僕は一瞬、躊躇してしまう。


 僕の顔を見て、彼女は僕を拒絶したりしないだろうか?


 そんな不安と恐怖が、僕の脳裏を過ったのである。


 ……いや、彼女も僕と同じように自身の容姿にコンプレックスを抱いてこの世界を生きている……そうした世間の冷たい目に晒される者の気持ちをよく理解している彼女ならば、けしてそんなひどい反応を示すことなどないはずだ。


 それに、僕のフードは彼女にとってのマスクと同じだ。彼女はマスクをとって素顔を見せてくれたというのに、僕だけフードをかぶったままというのはフェアじゃないし、彼女に対して失礼だろう。


「うん。わかったよ……」


 僕も勇気を振り絞り、彼女に素顔を見せる決心を固めた。


 ちょうどここから数歩先に、街灯が一つ立っている……。


 僕はそこまで歩いてゆくと、まるでスポットライトのように頭上から照らされる黄白色の光の中、くるりと彼女の方を振り返った。


「でも、ぜったいに驚いたりしないって約束してくれる?」


 それでも、やっぱりちょっと心配になって、僕は弱気にも確認をとる。


「当たり前でしょ。わたしを誰だと思ってるの? 口裂け女よ? わたしなんか耳まで口裂けてんのよ? ちっとやそっとのことで驚いたりなんかするわけないじゃない」


 そんな劣等感に縛られたままの僕に、彼女は優しげな笑顔を浮かべると、うれしくも自虐ネタを混じえながらそう言ってくれる。


「ありがとう……それじゃ、とるよ? これが、僕の本当の姿さ……」


 僕はその言葉をとてもうれしく思い、彼女のその真摯な態度に応えるべく、明るい街灯の下でフードを取りさると、続けてロングコートの前も開いて見せた。


 街灯の明かりに照らし出され、前髪パッツンの童顔気味な僕の顔が彼女のつぶらな瞳に映る……。


 だが、人間らしい薄桃色の肌があるのはその顔の半分だけだ。鼻の中心線を境にしてちょっきりもう半分は、皮下の赤い筋肉の筋がすっかり露わになっている。


 また、コートの中に見える裸体もちょうど真半分は皮下組織が露わとなり、さらに胴体部分は肋骨や内臓までもがよく見えるようポッカリと肉に穴が開いている。


「あ、あなたは……」


「ああ、そうさ。僕は人体模型なんだ」


 真実の僕を映す両の瞳を大きく見開き、譫言のように呟く彼女に僕は正体を告白した。


 そう……僕は小学校の理科準備室にある教材の人体模型なのだ。


 ただし、ただの人体模型ではなく、ま、いわゆる〝学校の怪談〟というやつで、日が暮れれば学校内を自由に歩き回ることができたりするのだが……。


 それでも、今まで一度も校舎から足を踏み出したことはなく、今日は生まれて初めて屋外に…しかも、学校を離れてこんな所にまで遠出して来てしまったのだった。


 しかし、今日、自分でも信じられないような、こんな思い切った行動をとってしまったことを僕は後悔するどころか、本当によかったと思っている。


 ずっと想像するだけだった、こんなにも素晴らしい外の世界を知り得たばかりでなく、彼女という運命の女性にも出会うことができたのだから。


 ああ、そうなのだ……僕はこの出会いを運命だと確信している。


 彼女は、こんな他人ひとと異なる容姿の僕を世界で唯一受け入れてくれる、同じ苦悩と悲しみを抱いて生きる運命のひとなのだと……。


 …………しかし。


「きゃ、キャアァァァァーっ! おばけぇぇぇぇ〜っ!」


 さらに大きく目を見開いた彼女は絹をつん裂くような甲高い叫び声を上げ、瞬間、踵を返すとハイヒールながらも猛スピードで走り去ってしまう。


「…………え、えぇ〜?」


 夜の闇に射すそこだけ明るい街灯の光の下、裸にロングコートの前をはだけるという露出狂の変質者のような格好をした僕は、確信していた運命に反してあっけなくハートブレイクした。


              (ハーフボーイ・ミーツ・口裂けガール 了)





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ハーフボーイ・ミーツ・口裂けガール 平中なごん @HiranakaNagon

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