みんなで納税明るい未来

白川津 中々

 豪勢な夕食であるのは今日が結婚記念日だからに他ならないわけでありつまることろが俺と彼女のスペシャルデイなわけなのである。

 

 チーズよし!

 生ハムよし!

 サラダよし!

 スープよし!

 ワインよし!

 奮発した飛騨牛よし!

 金額の桁が違うダイヤのネックレスよし! 


 全部よし!


 この日の為に貯め込んだ金をはたいて拵えた食材の数々。どこから見てもエクセレント。これを目にして食して飲んで喜んでくれれば働いた甲斐があったというもの。亭主冥利につきる。時間は18時過ぎ。東京は夜の7時前である。ジャストなタイムレコード。早く彼女に会いたいものだ。ディナーの後は当然二人の秘め事。飲み過ぎぬようにせなばなぐふふふふふ。



 !

 


 がちゃりと響くドアノブのが回る音。開始される至福の時間。訪れたる女神の顔をいざ拝まん……


「こんばんは。村上さんですね?」


「誰だ!」


 ぬか喜び! 玄関に立つはスーツを着こなした大柄の男! 思い描いていた妻とのギャップに怒りが秒でマックスである!


「失礼。私、市役所から参りました末藤と申します。あ、納税課です」


「納税課……」


 汗が流れる。納税……もしかして……いや……しかし……


「ただい……え、なに? 誰?」



 バッドタイミング! よりにもよって今妻がご登場! お前もうちょっと時間かけて来いよ! いっつもは残業残業で帰りが遅いくせにさぁ!


「おっと奥さんですね? 私、納税課から参りました末藤と申します」


「え? なんで? 払ってるでしょ。税金。何? なんの用? 返納?」


 戸惑うのも当然か。そりゃ、普通に生きていれば納税課の人間なんぞと顔を合わす機会はそうない。個人的には一生見たくもなかったが……


「はい。奥さんは、しっかりと払っていただいております」


 含みのある言い方。そうだろうな。やはり、こいつは……


「え? え? え? なに? 私じゃないってことは……」


「お察しの通りでございます。実は旦那様が3年に渡って住民税を滞納していらっしゃっておりまして……本来であれば口座の差し押さえとなるのですが、旦那さん、銀行口座をお持ちでない。そこで、本日お伺いした次第なので……」


 当たり前だ。口座なんぞ作ったらいつ金が没収されるかわかったものではない。まぁ、作らなくとも今そのピンチがやってきてしまったわけだが。


「あぁそう……ちょっと。早く払って帰ってもらいなさいよ。あるでしょ。幾らか」


「ない」


「……は?」


「金などない。今夜の為に全て使ってしまったからな……」


「はぁ? 馬鹿じゃないの? 何で義務も果たさず平然と生きていけるの? あんたってホント能力がない癖に見栄っ張りだよね。そんなだからいつまでもうだつが上がらないのよ甲斐性なし」


「な……!」


「なに? 文句ある? この部屋借りる時だって敷金礼金私がもったじゃん。生活費も半分以上払ってるんだけど。家事してもらってるから今まで黙ってたけど、納税もできないようなクズとなったら話は別。救い難いカスだよ」


 こいつ! 黙っていれば正論の刃で俺を滅多刺しにしくさる! 確かにこの件に関しては俺が全面的に悪いがそこまで言う事はないだろう! 慈悲が感じられない! まったく冷血非情! 人の心がないのかお前は!


「うるせぇ! 俺は払いたくないものは払いたくないし仕事も極力したくないんだ! 黙っていろ!」


「うっわ開き直りとか! 逆に面白いわ!」


 !


 痛い! こいつ殴りやがった! 一切の戸惑いを見せずに! おのれ! なんという野蛮な女か! くそ! 俺はこんな奴の為に今日なけなしの金をはたいて記念日の準備をしていたというのか! 馬鹿馬鹿しい! やってはおれん!


「おい! 貴様末藤とかいったな!」


「あ、はい」


 こうなったら最終手段だ! 目にもの見せてくれる!


「金はない! 金はないからこの女を抵当として持っていってくれ!」


 どうだ! 亭主としての威厳のこもった一言! 恐れおろがむがいい!


「はぁ? 何言ってんの? そんな事……」


「かしこまりました」


「え?」


「え?」


 え、できるの? 本当に?


「当市は臓器ドナーを推奨しておりまして、納税が難しい方はご本人様かその配偶者様の臓器の提供をもって納税の代わりとする事が認められております」


 ふ~ん。何やら昔の血売りみたいだな。♯人権とは。


「それでは、奥さんはいただきます。書類は追ってご送付いたしますので……」


 おぉ、さすがデカい事はある。あのやや肥満気味な女を軽々と持ち上げるとは。


「ちょっと! 離せ! 誰が臓器なんかやるか! おい!」


「村上さん、次回から気をつけてくださいね」


「は、はい……」


「はいじゃねーよこらてめー! 絶対許さないから! お前! 殺す! 殺す! 殺すからな! 死ねぇ!」


 暴れならもがっちりと掴まれているな。まったく身体が動いていない。いい気味だ。そのまま脳漿まで抜かれてしまえ。



「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉぉぉすぅぅぅぅぅかぁぁぁぁらぁぁぁなぁぁ……」


 …… 


 去ったか。おっかない。まったくとんだ女だ。いや、いなくなってせいせいした。まさかあそこまで話が通じない野蛮人とは思わなかった。どうして「肩代わりいたします」くらいの事が言えないのか。理解に苦しむ。しかし、……どうしたものか……



 リビングに戻り卓に並べられた料理を見る。完全に準備をしたが、すべて無駄になってしまった。


 ……

 

 レタスを一つまみ。うまい。それはそうだ。産地直送の惚レタス。まずいわけがない。しかし……


「寂しいな」


 流れ出す。涙。そうだ。俺は今日、大切な妻を失ってしまったのだ。


「くそ! どうして! なぜこんな事になった! いいじゃないか税金くらい! 一人くらい納めなくともそれほど差異はないだろう! 貧乏人からむしり取りやがって役人どもめ! 貴様らは金に困らぬ生活をして毎日楽しく生きているじゃないか! それなのにどうして俺は生を謳歌してはいけないのだ! 細やかな幸福を享受してはならないのだ! 理不尽! 不公平! こんな事が許されるものか! くそ! くそ! くそ!」


 妻の為に用意したご馳走をひたすら口に入れ酒で流し込む。何を食べてもしょっぱい。せっかく大金をはたいたというのに! せっかくブランド食材ばかりをそろえたというのに! これでは意味がないではないか!


 あぁ妻よ。君のいない部屋は、がらんと静かで、孤独の音がするよ。

 あぁ妻よ。できれば生きていてくれたまへ。そして願わくば、来世で会おう! そしてまた愛し合おう! 命尽きるまで!


 !


 ドアが開く音。なんだろう。今日は客が多いな……



「殺す!」


「ひ!」



 畜生あの女! 戻ってきやがった!

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