終章3『これからも続くこの日々こそが――』
● ● ●
「いってきます!」
ツトム=ハルカは、その言葉を告げながら張り切って外へと出た。
視界の中には、雲一つ無いよく晴れた青空が広がっている。
それに思わず笑みを浮かべながら、ツトムは逸る気持ちを抑えてウキウキと歩き出していく。
何故そんなに気分が良いのかだなんて、聞くまでもない。
今日は休日。あの試合の日から二日後の休日だ。
つまりは約束の日。
これから皆と遊びに行くともなれば、心躍らぬ訳がない。
どんなことを話そうか?
どういう風に遊ぼうか?
何はともあれ、楽しくなることだけは絶対だった。
だから、
「――――」
浮かぶ笑みは止むことなく、ツトムは軽い足取りで待ち合わせ場所へと進んでいった。
その歩みは徐々に速くなり、進めば進むほど気持ちはより昂ぶって抑えられない。
そうなってしまえば、
「――!」
ツトムは駆け出さずにいられなかった。
肌を撫でる風が心地良い。
そう感じながら、ツトムはひたすら駆けていく。
別に急ぐ必要なんてない。
時間はまだまだ余裕もいいとこ。
だけどそれでも、こうして走らずにいられないのは――
……早く会いたいな。
その気持ちだけが、強く胸にあるから。
そうしてツトムは待ち合わせ場所へと大分早くに到着したのだった。
「…………」
休日の喧騒の中を進みながら、ツトムは周囲を見渡した。
人はそれなりに多く行き交っているが、その中に見知った顔はない。
……さすがに早く着きすぎたか。
遅れないよう元々それなりに早く出ていたのに、更に走ってきたとなればそうもなろう。
だからツトムは適当な壁へと寄り、人々の邪魔にならぬよう端に立つ。
ふと時計を見れば、約束の時間よりも三十分以上前なことに気が付いた。
そのことに内心呆れながら、さてどうしたものかと考える。
時間潰しにそこらをブラブラしてもいいのだろう。だけど今は、そんな気分じゃない。
むしろ、
……ただ待つっていうのも、楽しいものさ。
これからの事を思えば、そういう風に感じるのも悪くはなかった。
「…………」
だからツトムは、道行く人々を眺めながら皆を待つ。
ただジッと、待ち望んだ。
そうしてしばらくすれば、
「――早いね、ハルカ君」
ものの十分もしない内に、一人の少女がやって来た。
ニッコリと微笑みながら、真っ直ぐこちらへ近付くその少女に向けて、
「それは君もだろ? アウレカムさん」
ツトムは気安くそう返しながら、同じく笑いかける。
そんなこちらに、
「それもそうだね」
はにかみ応じ、少女――アンヌ=アウレカムがツトムの隣にちょこんと並び立つ。
そして、
「待った?」
こちらの顔を覗き込む様にしながら、彼女が聞いた。
どこか嬉しそうに微笑んで、聞いてきたその言葉に、
「いや――」
ツトムは答える。
「今来たところだよ」
そんな、デートみたいな言い回しで。
「ふふ」
彼女が笑う。こちらの台詞に。自分の台詞に。
ツトムも笑う。楽しそうな彼女に。楽しんでいる自分自身に。
そうやって二人して笑い合っていると、
「ねぇ――」
彼女が――アンヌが不意に、少し離れてこちらへと向き直る。
少し頬を赤らめながら、
「どう、かな……?」
目を逸らしつつも、彼女が問い掛ける。
何が、などと聞くなんて野暮だろう。
「――――」
だからツトムは、彼女を真っ直ぐに見た。
こちらの視線に、更に赤くなってモジモジしだす彼女の、その細く小さな全身を、上から下までしっかりと眺め見る。
まず薄いクリーム色の長髪が、緩やかな曲線を描きながらふわりと下まで流れ落ちている。空から刺す光に、透き通ったように輝くその様はどこか幻想的だ。
そんな彼女の全身を包み込むのは、明るいベージュ色した長袖ジャケットと白のワンピース。開いたジャケットの下、胸元には赤く細いリボンが白地の上に蝶々結びで据えられている。
下側のスカート部分はゆったりとしていて、その下からはほんの少しだけ、彼女の細い足が垣間見えていた。
清楚で可憐だと、ツトムはそう思った。
だから、
「うん、可愛いよ」
笑いかけながら、ツトムは素直にその言葉を彼女に贈った。
そしたら彼女は、
「――――」
驚いたようにこちらを見つめ、軽く呆けた。
そして、
「――あ、うん……、ありが、とぅ」
再び顔を真っ赤にしながら、目を逸らして俯く。
「?」
何でだろう、とそんな風に思ってから、
「っ!」
だけどすぐに自分の発言のせいだと気付いて、ツトムは固まる。
「あ、いや、今のは――」
顔がどんどん赤くなっていくのを自覚しながら、どうにか言い訳しようとして、だけど――
「…………っ」
本心だったから、言葉が出ない。
ならば、恥ずかしさなど捨ててしまえ。
そう思ったから、ツトムはグッと拳を握り締め、
「素直な感想だから、何も言わずに受け取って欲しい」
真っ赤になりながらも、確かにそう言って、アンヌに笑いかけた。
それを聞いた彼女は、
「わ、分かった」
まだ顔を赤くしたまま、だけどグッと両の手を握って応えてみせる。
そうして彼女はそそくさと再びこちらの隣に並び直す。
顔を逸らし、モジモジと身体を抱いて、ジッと黙る。
そんな彼女を、直視できないのはツトムも同じ。
だから二人は共に顔を赤くしながらジッと黙り、どこぞを見つめて誰かが来るのを待ち望む。
……早く来てくれ!
気まずさと照れ臭さだけが、互いの胸に強くあるから。
「……………………………………………………」
それから十分、二十分と時は経ち、その間も二人に会話はなかった。
ただ時折、隣を伺おうとしては目と目が合い、お互いバッと勢いよく顔を背けては黙り込む。
そんなのを何度か繰り返していれば、思わず笑みが浮かんでしまうのも無理ないことだろう。
だけどそれでも、二人は互いに口を開かず、黙って他の皆を待ち続けた。
この会話のない時間すらも楽しんで、共に皆を待ったのだ。
そんなこんなで、
「オィース!」
「おまたせ」
二人の下に、ようやくいつものタッグがやって来る。
軽い調子で挨拶してきたのは、タクミとリン。
笑みを浮かべて近付いてくる彼らに向けて、
「やあ」
「ん、待ってた」
ツトムとアンヌは二人して応えながら、共に笑いかけた。
そうして目の前でいつも通りに連れ添い並び立つタクミ達。
ニッと共に笑って、互いにほとんど距離を開けず並ぶその姿に、ツトムはつい一言、
「相変わらず仲が良いな」
そう口にしていた。
毎度毎度コンビで現れては自然とそうしているのだから、もはやわざとなんじゃないかとすら思えてくる。
……これで付き合ってないとは、中々言い難いんじゃないかな?
そう思って告げたこちらの台詞に対し、
「だからただの腐れ縁だっての」
「ていうかそれ、アンタらにも言えることだからね?」
返ってきた抗議の声に、ツトムはただただ苦笑した。
それを真正面で見た二人は呆れ、だけどすぐに笑みを返して見せる。
そして、
「しかしまぁ、そう言われると傍から見たらダブルデートにでも見えんのかね? 俺ら」
タクミが冗談交じりにこちらの言葉に乗っかった。
ハッ、と鼻で笑いつつも告げられたその台詞に、
「――ちょっ、縁起でもないこと言わないでよ!」
隣のリンが即座に文句を入れていく。
ふざけんじゃない、と言いたげな彼女の怒り顔に、いつもの事と柳に風と受け流し、タクミは半笑いを浮かべて、
「だって今、男二の女二だぜ? それで仲良しこよしやってりゃあ、そうも見えるだろうよ」
「そっちの二人はともかく、私とアンタがカップルとかあり得ないっつの」
「微塵も?」
「全く」
「未来永劫?」
「当然でしょ?」
まぁそりゃそうか、とそんなやり取りを、慣れた様子で二人はお互い交わしていく。
彼らのその様に、
……そういう所が恋人どころか夫婦みたいなんだよなぁ。
なんてそんな風にツトムが思い笑っていると、
「というかそんなこと言ってると――」
リンが続けて口にしたその言葉に、
「私をハブにしたいと、そういうことでよろしいんですの? お二方」
新たな声が、いきなり被さってきた。
バッと振り向くリンとタクミ。
そこにいる人物を見て、即座に、
「いやいや私はそうは言ってないからね!」
「冗談、冗談ですぜ! お嬢!」
やたらめったら手を振り乱しながら、二人は必死に目の前の相手へ言い訳してみせた。
それに対し、
「分かってますわよ」
苦笑しながら応えるのは一人の少女。
エレナ=トールブリッツが、煌びやかな金の髪を振りまいてそこにいる。
「こんにちは、トールブリッツさん」
「ええ、こんにちは。ハルカさん、皆さん」
彼女は皆に軽い挨拶を交わしてから、スッとタクミ達に向き直る。
そして、
「ご安心なさい。私は決して仲睦まじい貴方達の間には入りませんから」
ニッコリと、彼らに向けてわざとらしくそんな事を告げて笑う。
彼女の言葉に、ぐっ、と呻くリン達は、しかしすぐさまこちらを指し示し、
「じゃあアッチに混ざるってことでよろしいんですよね? お嬢様」
矛先をズラすべく、そう言い放つ。
それに対し、あら、と呟きながら、エレナがこちらを見つめてきた。
ふふ、と彼女は微笑むと、
「覚悟はおありで?」
リンの言葉にあえて乗っかるように告げられたその台詞に、
「いやいやいやいや――」
ツトムは即座に反応していた。
「一体何の話をしてるんだよ、君達は」
「さぁ? 何でしょうねぇ?」
「元はと言えば人の事を仲良いとか言い出したアンタが悪い」
そんなっ、とツトムの抗議に、からかうように聞き返すエレナと、仕返しだと言わんばかりにイーッと怒るリン。
なおも彼女らは続けていく。
「ちなみに二股を掛けたいのでしたら、それなりの甲斐性を見せていただかないと納得できませんわよ?」
「まぁ体力には自信あるみたいだから夜には困らないんじゃない?」
「それですと次は経済力――は、私の方で何とかなりますわね。けれどだからといって相手がヒモというのはちょっと……」
「この男に限って働かないって選択肢はないでしょ」
「となると残るは――」
「ずばり愛!、ってね」
何やら意味の分からないことをツラツラツラツラと並び立てていく二人に、
「いや、あの……、ちょっと……?」
ツトムはどう返していいか分からず、しどろもどろに狼狽える。
そんなこちらを余所に、
「ちなみに貴方はどう思いますの?」
不意にエレナとリンが、イタズラめいてニッと聞いた先は、
「――――」
こちらの隣に立つ、アンヌだった。
彼女は急に話題を振られたことに一瞬固まってから、だけど徐々に赤くなり、俯いてしまう。
そして何か言おうとして、だけど少し考え込んだ彼女に、
「……二人の冗談だから、真面目に答えなくていいからね?」
これは冗談なんだとわざとらしく告げながら、ツトムは静かにアンヌを諭した。
ここでもし彼女までリン達に加わってしまったならば、フルボッコ待ったなしだったから。
そうして告げたこちらの台詞に、
「…………」
何故か彼女はジッとこちらを見つめるだけで、そのまま黙り込んでしまう。
そして、
「――――」
また顔を逸らして俯いた。
頬を赤く染めながら、ただそっとこちらの裾を掴んで。
「え? あの……、アウレカムさん?」
こちらの呼び掛けに、彼女は応えず、だけど裾を握る力が強くなったのだけはよく分かった。
予想外すぎる彼女の反応に、別の意味でツトムは再び狼狽える。
……これはどういう反応なんだ!?
分かるような分かってはいけないようなこの突然の事態に、右往左往するこちらの横で、
「……何か冗談では済まない雰囲気になり始めましたわねぇ」
「……自分で振っといて何だけど、これ収拾付くの?」
女二人が、やれやれ、と呆れたように肩を竦めて首を振っていた。
……いや助けてくれよ!
彼女らに思わず叫んでしまいたくなるものの、アンヌの手前、声には出せない。
ますますもってどう対応すればいいのか分からずオロオロとするそんなこちらに、
「ハイハイお前ら――」
不意に助け船を出したのは、意外にもタクミだった。
パンパンッ、とタクミが軽く手を叩いて、皆の注目を集めてみせると、
「揃ってんだからそろそろ行こうぜ?」
そう言って、この冗談なのか本気なのか分からない謎の話題を、無理矢理打ち切った。
「そ、そうだね」
それに対し、真っ先にツトムが賛同する。
「それもそうですわね」
「はいはい茶番は終わり!」
さすがに許してくれたのか、次いでエレナとリンも同意した。
そして、
「ほら、アウレカムさんももうよろしいでしょう?」
赤くなって俯いていた最後の一人は、ふふ、と不意に笑うと、
「うん、分かった」
先程までの表情が嘘のように、清々しいくらいニッコリとした笑みを浮かべて、応えていた。
「えぇ……」
そんな彼女の反応にツトムは思わず呻かずにはいられなかった。
あの反応は嘘か真か、まるで分からず、頭の中は混乱しっぱなしだ。
そんなこちらの肩をポンッと叩いて、
「モテる男はつらいねぇ……」
タクミから不意に言われた一言に、
「ははっ……」
ツトムはただただ乾いた笑いを零すばかりだった。
そうして、
「んじゃ出っ発ぁーつ!」
そんな号令の下、五人はタクミを先頭に、リンとエレナ、ツトムとアンヌの巡に並んで歩き出した。
進んで行きながらも、五人はまた他愛ない会話をしては、皆で笑い合う。
やれ二人の事だの、家の事だの、近所の事だの、その他いろいろ。
冗談交じりに、からかい交じりに、話して笑って怒って呆れて。
そんな軽口だらけの道中すらも楽しみながら、五人はこうして遊びへと向かっていった。
――その中で、
「ねぇ、ハルカ君」
不意に、ツトムは隣から掛かる声を聞いた。
こっそりと、こちらにだけ聞こえる大きさで、アンヌが呼び掛けてくる。
前の三人は、それに気付いていない。
だから、
「なんだい? アウレカムさん」
同じく小声で、隣の彼女にそっと問い掛ける。
そしたら彼女は、
「楽しいね」
満面の笑みで、真っ直ぐそんな言葉を告げていた。
それが嬉しくて、堪らなく幸せだったから、
「ああ、楽しいね」
ツトムもまた、満面の笑みを返しながら、彼女に頷くのだった。
● ● ●
そうして彼らは行く。
皆で、五人で、笑い合いながら進み行く。
共に並んで、歩んで、この日々を謳歌していく。
「――――」
彼らの学園生活はまだ始まったばかり。
これから先、誰も彼もが色んな物を見て、聞いて、体験していく。
そこには辛い時も、苦しい時も、泣きたくなる時もあるだろう。
だけど同時に、楽しい時も、嬉しい時も、満たされる時も確かにある筈だ。
こうして出会えた日々のように。
だから彼らはこれからも、多くと出会い、多くと語り、多くとぶつかっていく。
だけどそんな日々こそが、彼らにとってのかけがえのない“宝物”になる筈だから。
これは、そんな彼らの日常の“記録”。
同じ学び舎に集った者達の、“青春白書”。
挑み続ける彼や、信じ続ける彼女の、人生の“物語”だ。
そうして彼らは、今も一歩を進み続ける。
願い求め、手を伸ばし続けた“未来”に向かって。
まだまだ物語は終わらない。終わることはない。
『自分を諦めない』
胸に誓ったその言葉が、示すとおりに。
少年少女は、今日も前へと突き進んでいった。
――完――
魔法学園×青春白書 Qキョクチ @Qkyokuchi
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