終章2『打ち上げと、ここに繋がった絆』
● ● ●
「「乾杯ァーい!!!!」」
五人の少年少女がソファに固まり座って、その言葉を上げていた。
それぞれの手に握られているのは近場の自販機で買った缶ジュース。
それを一箇所に寄せ掲げ、カーン、と甲高く打ち鳴らす。
「つーわけで今日はマジお疲れさんだな、お二人さん」
「ん、ありがとう」
「ああ、ありがとう」
「しかしやっぱお前凄ぇな。途中からもう訳分かんなかったわ」
「展開早すぎ。一般人の私達にはキツいっての」
「あらあら、あんな程度で追えなくなるとはまだまだですわねぇ」
「……いや、あれで文句言われるのはさすがにハードル高過ぎだろ」
「そうだそうだー。一般人舐めるなー」
「まあまあ二人とも、トールブリッツさんは速さ重視の人だから真に受けてたら保たないよ?」
「うん。私も途中見えてない時あったから、安心して」
「あら、見えてなかったんですの?」
「ん。強化は切ってたから」
「え? ちょっと待って。つまり手加減してたの? あれで?」
「うん、大分。……あ、いや、……ほとんど?」
「うへェー」
「まあ、でしょうね」
「……おいおいコレ聞いてどう思うよ大将。せっかく勝ったのに台無しじゃね?」
「ああ、うん、まあ、最初の時点で気付いてたから、別に」
「……アンタも大概ねぇ」
「ちなみに私も昨日の試合は全力ではありませんでしたのよ?」
「え? そうなのっ!?」
「ええ。奥の手はまだまだ隠してありますわ」
「実はただの負け惜しみだったりして」
「……違いますわよ」
「えー、でもー」
「言っておきますけど、あの試合は確かに本気で勝ちに行きましたけど、それでも自分が絞りカスになるほどメッタメタの本気ではありませんのよ? というか私が全力だったらハルカさんは今頃病院送りですわよ?」
「捲し立てられると逆に言い訳がましいな」
「言えてるー」
「ムカッ」
「ちょ、ちょっと、二人とも――」
「私も次は全力で行こうかな?」
「え? ごめん、それは勘弁して。まだ全然修行足りてないから」
「ん、分かってる。言ってみただけ」
そうして五人は、時に笑い、時に怒って、時に驚きながら、ただそれぞれとの会話を楽しむ。
今日のこと、昨日のこと、出会いのこと、それぞれのこと。
改めての自己紹介やら、他愛ない世間話やらを交わしながら、彼らはますます仲良くなる。
だから必然、
「――そんじゃあ今度、皆でどっか遊び行こーぜ!」
そういう提案が出てくるのも、自然なことだった。
● ● ●
「あら、いいんじゃありません?」
「賛成ぇー」
「ん、いいよ」
そう口々に賛同する様を、ツトム=ハルカは笑って聞いていた。
ここにいる皆で遊びに行こう、なんて提案に、答える言葉はもちろん一つだ。
「ああ。もちろんいいとも」
肯定以外の返事が、あるはずもない。
そうして全員からの答えを聞けば、
「うし、決まりだなっ!」
タクミがそう言ってニッと笑う。
そうして、
「んじゃいつにする? 今度の休日?」
「それだと来週でしょ? さすがに時間空きすぎて萎えない?」
「でしたら私は明日でも構いませんわよ?」
「いやいや私らはそれでもいいけど、こっちの二人はさすがに少し休みたいでしょ」
ねぇ?、と遊びの日程について話し合っている中で、そんな問い掛けがふと出て来た。
今日まさに試合を終えた、こちらとアンヌに対する質問だ。
それに対し、
「私は全然平気」
まず先に、アンヌが答える。
何てことないように、疲れなんて微塵もなさげに、彼女は答えてみせる。
さすがだな、とそんな風に思いながら、
「俺も全然平気だよ」
当然のようにツトムもまたそれに続いた。
何てことないように、疲れなんて問題にならないと、答えてみせる。
そんなこちらからの答えに対し、
「――――」
何故か皆が驚き顔を向けてきていた。
エレナとアンヌまでもが、こちらの言葉に驚いたように呆けている。
「え? 何?」
何か変なことを言っただろうかと、そんな疑問を投げ掛ければ、
「いやお前、本当に大丈夫なん?」
「無理してない?」
「きちんと休むことも大事ですわよ?」
「あの、そういう所まで頑張らなくて大丈夫だよ?」
それぞれから、やたらめったらと心配の声が返ってくる。
そのことに、えぇ、と今度はこちらが驚いてしまう。
確かに昨日今日とで大分疲れてはいるが、
「別にこれぐらいなら一晩グッスリ寝れれば何の問題もないよ?」
それは紛れもない事実だった。
そもそもそれぐらいの体力がなければ、こうして気楽に打ち上げになど参加していない。
……やり過ぎでぶっ倒れるなんて、そんなの今は昔の話だ。
だから別に、大したことはないとそう皆に示してみせれば、
「……お前、メンタルお化けかと思ってたけど、体力お化けでもあったんだなぁ」
「アンタさ、私らを何回驚かせれば気が済む訳?」
「貴方だからこそ、説得力だけはピカ一ですわねぇ」
「ふふ」
思い思いの言葉が再び告げられる。
「あはは」
そんな彼らに苦笑しつつ、
「まあ何はともあれ、俺は別に明日でも全然構わないよ」
ツトムは皆にそう応えてみせるのだった。
こちらの言葉を聞いて、
「オーケー。んじゃまぁ、本人達もこう言ってることだし、良しって事にしますか」
タクミは告げる。
「ま、一応明後日にはしとくけどな」
そんな言葉を付け加えながら。
だから皆は、
「了解」
「休日真っ盛りで少し混みそうではありますけどねぇ」
「それでもきっと、楽しいよ?」
「ああ、そうだね」
承諾の言葉を送りながら、再び話し合いを進めていった。
そうして場所決めやら集合時間やら諸々決めて、皆での遊びの約束はどんどん固まっていく。
誰も彼も笑いながら、この新たな友たちとの楽しい未来について、あれやこれやと話し合う。
だって、この時間もまた、楽しみの一部なのだから。
● ● ●
五人の少年少女は、清々しいほど無邪気に笑う。
仲を紡いで、絆を育んで、この関係の心地よさと、彼らとのこれからに笑い合う。
ただどこまでも“友達”として、共に過ごす時間が楽しくて仕方ないから。
「――――」
そんな彼らを繋げてみせたのは、たった一人の少年。
笑って、困って、驚いて、だけど不意にからかってみたりと、どこまでもそれぞれとの関係を大事に想う彼こそが、なによりこの絆の始まりだった。
彼がいたから、皆は今こうして笑い合える。
挑み続けると約束された彼女も。
共に挑もうと手を取られた彼女も。
その凄さに、一緒にいたくなった彼彼女らも。
彼が――自らを諦めない男がいたから、ここにいるそれぞれとも確かに繋がり合えたのだ。
だから、
「ほらツトム、最後の締めはお前が決めろ」
「そうね。笑える言葉、お願いね?」
「真面目でも、全然構いませんのよ?」
「ん、聞かせて」
皆は彼へと笑い掛ける。
自分達を繋げた一人の男に、言葉を求める。
お前がこの繋がりの中心なのだから、と。
「えぇ……?」
そんな周囲に、彼は困ったように苦笑して、だけど、
「そうだね――」
目を閉じ、この今をじっくりと噛み締めてから、ゆっくりと語り始める。
「思えば、俺はここに来るまで、色んな人に支えられ、たくさんの人達に助けられてきた」
だからこそ、
「俺はその恩返しをしたくて、彼らが誇れる自分でいたくて、こんな所まで来たんだ」
だけど、
「ここに来て思い知ったのは、世界の広さと、自分がまだまだ未熟だって事。それが分かった時は、悔しいと思ったよ? でも――」
それ以上に、
「楽しいと、思ったんだ」
言いながら、彼は一人の少女へ笑いかける。自ら挑み続けると、誓った少女。
彼は続ける。
「だからまだ俺は諦めない。自分を諦めない。そう改めて心に誓っていたら、そんな自分によく似た人に、出会えた」
そうして彼が視線を送るのは、共に高みに挑んでいこうと手を取り合った少女。
「それが嬉しかったし、余計燃えた。まだまだ自分は挑んでいけると、そう思ったらワクワクは止まらなくて、これからが楽しみで仕方なかった」
そんな馬鹿みたいな自分を、
「面白いって言ってくれる人も、すぐ近くにいたんだ。二人はいつだって俺に楽しい時間をくれる。それは挑むだとか、諦めないだとか、そういう真面目なのじゃなくて、もっと気楽に、だけど大切な時間を、俺にくれる。それがありがたいし、そういう付き合い方をしてくれるのが凄く嬉しかった」
彼は見せる。イタズラ好きの子供染みた笑みを、それが得意な男女二人へ。
そして、
「そんな皆は、俺にとって、本当に、本当に――」
ただ真っ直ぐ、聞き入る者達に向けて、
「大切で、かけがえのない人達だよ」
ハッキリと、彼はそう告げて笑うのだった。
清々しく、心晴れやかに、自らの変わらぬ本心を、告げてみせた。
それを正面で受け取った皆は、
「――――」
だけど少し気恥ずかしそうに、頬を赤くしながら苦笑を浮かべるばかりだ。
そんな彼らを見て、
「あ、いや――」
彼の方も改めて自分の言ったことに恥ずかしくなって赤くなる。
だけど、彼はグッと拳を握り、再び続ける。
大きく息を吸って、まだ少し朱混じりの頬のままニッと笑い、
「皆に出会えてよかった。ありがとう」
優しくそう告げるのだった。
だから、
「――――」
皆が彼へと笑いかける。
それはこちらも同じだと、そう言うように。
――この出会いに感謝を。
それこそが、彼らの総意だから。
こうして、一人の男が繋げた絆の始まりは、ようやくここに終わりを迎える。
ツトム=ハルカにとっての、長い長いランキング戦が、終わったのだ。
そして――
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