終章1『共に歩みたい人達』
● ● ●
「お疲れさん!」
控え室を出たばかりの廊下で、ツトム=ハルカはその声を聞いた。
振り向けば見慣れた二人がそこにいる。
タクミ=マサカとリン=キミハだ。
二人はニヤニヤしながら、片手を上げてこちらに近付いてくる。
それが何を意味しているかなんて、考えるまでもない。
同じようにツトムも片手を上げて、彼らに近付く。
そして、
「イッ、エーイ!」
まずはタクミとハイタッチ。
「おめでと」
次にリンとハイタッチ。
「やりましたわね」
そして更に続いたもう一人の手と、ハイタッチする。
「――へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げながら、ツトムはすれ違った最後の一人へ振り返る。
そこにいるのは、からかうようにニヤリと笑う一人の少女。
「トールブリッツさん!?」
驚き呼んだ名前に対し、
「あら、私がいてはいけませんの?」
とぼけ顔で応える彼女――エレナ=トールブリッツがそこにいた。
思わぬ人物からの言葉に、ツトムは、いやいや、と戸惑いながらも咄嗟に否定を返す。
すると彼女は、
「それは何よりですわ」
そう言いながら、してやったりとばかりに笑って見せた。
「あはは……」
まさにしてやられたツトムは、そんな彼女にただただ苦笑を返すしかない。
そうしてこちらが引き攣った笑みを浮かべる正面で、リンとタクミが喜びのハイタッチをかましている。
……まったく、あの二人は。
そんな彼らに呆れた吐息を零しつつ、ツトムは苦笑しながら二人を見やった。
こちらの視線に、返ってくるのはドヤッと自慢げなニヤリ顔。
そして、
「どう? 驚いたでしょ?」
笑い混じりにそう告げながら、目の前でリンが移動していく。
彼女はエレナの隣にピタッと並び立つと、
「この人ね――」
言いながら、その肩をグイッと抱き寄せては軽く頬と頬をくっつけ、ニヤッと笑う。
あら、と寄せられた側も、大して嫌がった様子もなくリンに身体を預けて微笑むばかり。
そうして随分と仲良さげな二人の触れ合いを前に、ツトムが思わず驚いていると、
「わざわざ私達のところに来てまで一緒に見たがったんだよ」
意外でしょ?、と続いたリンの言葉には、更に驚かされた。
よもやエレナが二人とまで仲良くしたがるとは、まさに意外そのものだ。
リンからの予想外の話に、ツトムはつい呆けた顔でエレナを見つめてしまう。
「――――」
そんな間抜け面を晒す先、彼女はジーッとこちらを眇め見て、だけどすぐにムスッと怒ったように口を引き結ぶ。
はぁ、と溜息を一つ零すと、
「貴方までそういう反応をするんですのね……」
彼女は不満げにそう口にした。
どういう意味だろう、とツトムが彼女の言葉に首を傾げていると、
「はは」
エレナの真横で、リンが声を出して笑う。
「だから普通こういう反応になるって」
そうして続いたリンの言葉に、エレナが更にムッとした。
まったく、と彼女は続けて、
「皆さん一体私をどういう人間だと思ってますの?」
少し苛立ちながら、そんな言葉を吐いていた。
そこでようやく、ツトムは彼女の不満を理解する。
そして、
「――――」
その事実に、ついつい笑ってしまっていた。
だって――
……そういうことを気にするタイプだとは思っていなかったからなぁ。
まだまだ彼女のことを知らないのだと、そう思うと余計に可笑しさが込み上げてくる。
そうして笑うこちらの前、エレナからは再び眇み目が向けられている。
何を笑っているんだと、言いたげなそんな辟易の顔を浮かべながら、
「……私、そんなにおかしなこと言いました?」
ムゥッと不満の声を、彼女は上げた。
だからツトムは、
「いやごめん。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかったから、つい、ね?」
謝罪しながら告げたその台詞に、
「別に私も本気で聞きたい訳ではありませんのよ?」
エレナはただ呆れながら、そんな風に応えてみせた。
彼女のその言葉に、ツトムはなおも苦笑を滲ませながら、だけど不意に、
「――――」
良いことを思い付いたと、思わずニヤけた笑いが出る。
そうして、
「でも、聞けるなら聞きたいんじゃないかな?」
彼女に向けて、問い掛ける。
こちらがどう思っているか、知りたくはないか?、と。
胡散臭い笑みを浮かべて告げるこちらの台詞に、彼女は一瞬キョトンとして、だけど、
「一体何を聞かせてくれるおつもりで?」
苦笑しながら乗ってきた。
ならば、とツトムは思う。
驚かされた分、驚かしてやろうと、そんな風に。
……そんな君も見てみたい。
まだまだ知らないエレナの素顔を、知ってみたいから。
だから、
「そうだな――」
ツトムは答えを考え込むように、口元を抑えてみせる。
「…………」
そうして考える“振り”をしながら、向かいに立つ二人へと視線を送るのだ。
こちらの不意の目配せに、だけどタクミ達はすぐさまピクリと気が付いて、
「――――」
即座にこちらの意図を察してニヤリと笑う。
そんな彼らのからかい慣れした笑みに、相変わらずだな、と思いながら、
「うん、決まった」
ツトムはエレナへ、そして向かいの二人へ、合図を送る。
視線の先、呆れた笑みを浮かべながら、それでもエレナは素直にこちらの答えを待っている。
少なからず興味はあると、そういうことだろう。
それを可愛らしく思いながら、
「君を一言で表すなら――」
ツトムはその先に続く言葉を、
「「孤高の姫君っ!」」
三人揃って口にした。
「――っ!?」
後ろと横と正面の、三方から同時に響いたその声に、エレナはビクッと身体を震わせる。
そしてすぐさまそれぞれの声の主を赤くなりながら睨み付けると、
「まったく――」
再三の台詞を口にしながら、呆れた吐息を零し、
「どういう表現ですの、それ」
してやられたとばかりに笑って見せた。
それを見届けた三人は、ニッと子供染みた笑みを彼女へとお返しする。
つまりは――
「大成功、ってね」
言いながら、タクミとリンが片手を掲げてこちら側にやって来る。
だったらすることは一つだ。
「「イッ、エーイ!!」」
パンッ、とツトムは二人と盛大にハイタッチを決める。
そうしてグッと親指を突き立てるタクミに、ブイッと二指を立てるリン。
そんな二人に、ツトムもただただニッと笑いかけて応じるばかりだ。
自分も中々手慣れてきたなと、そんな風に思いながら。
「これは先程のお返しと、そういうことですの?」
喜ぶツトム達を眺めながら、不意にエレナがそう告げる。
だからツトムは、ああ、と応えながら、
「やられたらやり返す。そういうものだろ? お互い」
告げた台詞に、
「それだと私たちばかりやり合うことになりません?」
不公平ですわ、と返ってきた彼女の言葉には、さすがのツトムも苦笑しながら、確かに、と頷かざるを得なかった。
そんなエレナとのやり取りに、
「えー」「ぶー」
タクミとリンがわざとらしく不満の声を口にする。
そんなものを見せられたら、からかわれるばかりの側は呆れるしかあるまい。
……どうせ勝てそうにないしなぁ。
彼らのノリの良さを、楽しんでいる自分もいるのは確かだったから――
「「まったく」」
何度目とも知れぬ言葉をエレナと共に告げて、二人はただただ呆れて笑う。
視線の先では、タクミとリンもニヤニヤ笑うばかりだ。
そうして何だかんだ四人で笑っていると、
「それにしても――」
不意にタクミが呟いた。
「よく揃ったよな」
半笑いで続いた台詞に、ツトムとエレナは首を傾げ、だけどリンだけは、ああ、と納得したように応じた。
本当に阿吽の呼吸だな、とそんな風に二人の関係を思いながら、
「孤高の姫君、って奴?」
続いたリンの言葉に、ようやくツトムも得心した。
そうそう、とタクミが彼女に肯定の頷きを送りながら、
「中々出ねぇべ、そんな表現」
言った台詞に、そうよねぇ、と呻るリンには、ツトムも同意するばかりだ。
そんな三人の会話に対し、
「というか、本当どういう意味なんですの、それ」
エレナが呆れながら問い掛ける。
そもそも意味なんかあるのかと、そういう問い掛け。
彼女のそんな疑問に、んー、とタクミが少し考え、
「一応褒め言葉、だよな?」
隣に問い掛ける先、リンが、じゃない?、と首を傾げながらも頷いた。
だから、
「だと思うよ?」
ツトムの方もまた、曖昧に返事をして見せる。
すると、
「……ちょっと」
そんな三人に向けて、抗議の声がエレナから上がった。
もしかして悪口だったのかと、そう言いたげな視線が三人に突き立てられる。
そんな彼女に、
「「いやいやいやいや」」
三人は何度も首を振りながら、それだけは強く否定する。
そして、
「孤高の姫君ってのはつまり――」
タクミが声を上げる。
バッと勢いよく天を差しながら、
「強く、美しく、誇り高い!」
言った彼の台詞に、
「決して馴れ合わず、一人優雅に挑んでいく!――ってね?」
すぐさまリンが続いて告げる。
だからツトムは最後に、
「要するに、一人でも進み続ける格好いい人、って意味だと思うよ」
そんな総括をエレナへと述べてみせるのだった。
決してそこに彼女を貶す意味などない。むしろ逆に、凄いと思っているからこその言葉。
……まぁ、若干雰囲気重視なところはあるけれど。
それだけ高貴さが溢れ出ていると感じるのは、そこまで悪いことでもないだろう。
こちら側の台詞を聞くと、彼女は少し呆けてから、
「何ですの、それ」
ただ可笑しそうに、はにかむばかりだ。
三人もそんな彼女にニッと笑みを返す。
そうしてエレナは楽しそうに優しく微笑み続け、だけど不意に、
「――――」
ニヤリと、何か良いことを思いついたとばかりに不敵に口の端を歪めてみせる。
……あ、やばい。
ドキッとしたのも束の間、
「しかしそういう意味ですと、ハルカさんにも送ってあげねばなりませんわね? その言葉」
出て来たエレナの台詞に、ぐっ、と思わずツトムは呻いた。
……そりゃあトールブリッツさんなら更にやり返すよねっ?!
彼女からの不意の反撃に、ツトムがどうしたものかと考えあぐねていると、はっはーん、と他二人が彼女に倣ってニヤリと笑う。
……本当にすぐ飛びつくなぁ! 君達は。
そうこうしている内に、
「コイツの場合、姫じゃなくて馬鹿だけどな」
「馬鹿っていうより大馬鹿?」
「一人でいるどころか、滅茶苦茶周りをたらし込んでますけどねぇ~」
「つまりは人間たらしの馬鹿真面目ってとこか?」
「そうねぇ~」「そうですわねぇ~」
ニヤニヤニヤニヤと次々出てくる彼らの言葉に、ぐぬぬっ、とツトムは歯噛みせずにはいられなかった。
まったく――
……本当によく楽しませてくれる。
この他愛なくも楽しい時間を幸せに思いながら、ツトムはただただ笑ってしまう。
からかわれて、からかって、またからかわれて、そういう関係が心地良くて仕方ない。
だから、再びツトムが何か言おうと口を開きかけると、
「ちょい待ち!」
それを咄嗟にタクミが制した。
「「?」」
エレナ達共々、突然のタクミの静止に、ツトムは疑問符を浮かべて固まった。
何だ?、とそういう風なそれぞれの疑問の顔に対し、タクミは、
「さすがにそろそろ移動しようぜ?」
苦笑しながらそう応えてみせた。
彼の言葉に、だけど確かに納得した。
皆と話し始めてから、意外とそれなりに経っている。
だけどきっと、まだまだ会話は止まらないだろう。
ならこれ以上ここで立ち話をするのは、周りに迷惑だし、何より疲れる。
……まして試合を終えたばかりだからな。
今更ながらにそのことを思い出しながら、ツトムはタクミに肯定代わりの笑みを向けた。
他二人も、同じように笑顔を見せたから、よし、とタクミは一声掛けて、
「そんじゃま、打ち上げ、行こうか!」
そんな号令を合図に、
「「おう!」」
四人は一斉に、動き出した。
そして、
「そういえば場所、どうしますの?」
「ん? 修練場のラウンジでよくね?」
「うわ。もう少し金掛けなさいよ、アンタ」
「お前無茶言うなよ。そんな小遣いあるわけねーだろ」
「でしたら私が全て手配致しましょうか?」
「「……それは遠慮しときます」」
「あら残念」
互いに軽口を叩きながら先へ先へと進んでいく。
「…………」
そんな中で、不意にツトムは立ち止まっていた。
何とはなしに? いいや違う。
心に生まれた物足りなさが、満ち足りなさが、ツトムの足を止めていた。
目の前、タクミ達はこちらに気付かず、そのまま進んで行ってしまう。
その並ぶ“三つ”の背を目にして、
「――――」
ツトムはつと振り返る。
そこには“誰も”いない。
“無人”の廊下が、真っ直ぐ広がっているだけ。
「…………」
そのことに、少し落ち込む自分がいた。
どうして心が物足りないのか、そんなの考えるまでもなく分かっている。
……“彼女”がいない。
心地良いと思う彼らとの関係の中に、“彼女”はいない。
笑い合う“友達”という輪の中に、“彼女”はまだいないのだ。
だからもしかしたらを考えて、そうなれるかもを考えて、だけどそうなっていない現実が、どうしようもなく嘆かわしい。
巡り合わせが悪かったと、そう思うべきなのか?
いいや違う、とツトムは思う。
……きっと“彼女”だって、あの隣に並ぶことができる筈だ。
必要なのは、そのための機会だけ。
あのエレナ=トールブリッツとて、タクミ達と仲良くやれている。
ならば“彼女”だって、仲良くやっていける筈だから。
……挑むとか挑まないとか、そういうのじゃなくて――
皆と共に笑い合う楽しさも、“彼女”に教えてあげられたらいいのに。
自分だけでは無理だからこそ、余計に強く、そう思う。
だから、
「ちょっと待ってくれ!」
先に進む三人へと、ツトムは確かに声を掛けた。
「「?」」
こちらの呼び掛けに、ん?、と振り返る三人。
彼らは何故か離れているこちらに、首を傾げながら、
「何やってんだよ、早く行こうぜ」
投げ掛けられた言葉に、だけどツトムは首を振る。
ただ言うべきは、
「打ち上げに、もう一人、誘いたい人がいるんだ」
ここで待つべき“彼女”のこと。
そうして、
「アウレカムさんを――」
皆に話そうとしたその瞬間、不意にツトムはある音を聞いた。
背後で扉が開く、そんな音を。
だからツトムはすぐさま振り返る。
そこに現れるのは、
「? あれ? ハルカ君、何してるの?」
挑み続けると、心に決めた一人の少女。
共に笑い合いたいと、強く思える少女がそこにいる。
だから、
「彼女も誘っていいかな?」
並ぶ向こう側へ告げてみせれば、三人は当たり前だと言わんばかりに笑って頷いてくれる。
……本当に、いい人達だ。
そんな彼らだからこそ、彼女にも仲良くなって欲しい。
手を取り合って、からかい合って、笑い合えるようになって欲しいから――
「行こうか、アウレカムさん」
ただ、“彼女”へと手を差し伸べる。
繋ぐこの手を、差し伸べる。
それを、
「え? ……あ、うん……???」
訳も分からないまま、だけど彼女は確かに取ってくれた。
それが嬉しくて、ツトムは彼女に満面の笑みを向けながら、その手を引き寄せ共に走り出す。
そうして、少年少女達はここに合流していった。
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