第四章11『決着は優しく静かに』


 ● ● ●


 少女はただ、固まった。

 少年に抱き留められ、固まっていた。

 温もりが全身を伝わって、硬く雄々しい身体が優しく自らを抱き締めている。

 その事実を前に、頬が赤くなるのを自覚して、だけど、

「――――」

 どうして彼がこんなことをしたのか、少女は不意に理解した。

「…………」

 呆れて浮かぶ微笑みが、ついつい止められない。

 思わず抱き返してあげたい衝動に駆られるのに、それがどうあっても叶えられないのだと、分かってしまう。

「……っ」

 腕が動かない。脚が動かせない。

 どちらも彼の腕が、脚が、抑えて止める。

 もう、自分にはどうすることも出来ないのだ。

 どうすることもしたくないと、少女は思った。

 だから、これで終わり。

 今日はもう、これで終わり。

「――楽しかったよ」

 温もりに身を任せていきながら、少女は告げる。

「本当に、楽しかった」

 その言葉は紛う事なき真実で、人生で初めて感じる嬉しさだ。

 挑まれて、挑んで、本気で誰かに向き合うことがこんなに幸せなんだと、ようやく気付けた。

 だから、少女はハッキリとそう告げられる。

 そんな少女に向けて、

「ああ」

 真横からの声が返る。

 少年の声を、身体を震わせ響くその音を、直に耳にしながら、

「俺も、楽しかったよ」

 そんな言葉を、少女は確かに聞いたのだ。

 ふふ、と声を抑えず少女は笑う。

 互いの声があまりに近くて、互いの熱があまりに近くて、微笑まずにはいられない。

 そんな少女を、少年が再びギュッと抱き締めた。

 それは動きを止めるためではない、本当の意味での“抱擁”。

「――――」

 抱き返す手が、少年の背へと優しく回る。

「……………………」

 そうして少年と少女は、互いどちらも満足感に身を浸す。

 ゆったりと、周りの一切を無視して、二人だけで浸っていく。

 こんな瞬間を、これから何度だって感じられるのだとしたら、それはなんて幸福なのだろう。

 その未来を、不安なく信じられることが幸せでならない。

 だから、

「また、しようね」

 約束を重ねよう。

「もちろん。またやろう」

 今日だけじゃない“これから”に、約束を続けていこう。

 諦めない。挑み続ける。

 共に誓うその言葉は、確かな真実なのだから。

 もう絶対に、離さない。


 ● ● ●


 アンヌ=アウレカムは離れていくツトムの温もりを少し惜しく思いながらも、満面の笑みを彼へと向けた。

 そうしてただ見つめていれば、彼もまた満面の笑みで見つめ返してくれる。

 想う心は共に一つだ。

 今日という大事な一日を、しっかりと終わらせよう。

 彼の挑みを、自分の挑みを、半端にはしないために。

「――――」

 互い頷き合いながら、一人の“女性”へ視線を向ける。

 この戦いに、本当の意味で決着を付けられる人の方へと、振り向いた。

「やれやれ」

 視線の先、彼女は呟きながら、ゆっくりとこちらへやって来る。

 可笑しそうに笑いながら、

「今日はもういいのかな?」

 彼女――アマネ=ムトウが聞き返す。

 だから、

「「はい」」

 一緒に返した言葉に、迷いはない。

 オーケー、とアマネは頷き、そうしてこちらに視線を流す。

 そして、

「結果はどうしたい?」

 言われた言葉に、アンヌはただ首を横に振る。

 そんなもの決まっているし、考えるまでもないこと。

 確認なんて、するだけ無駄。

 だって、

「私の、負けです」

 そう告げることを、躊躇う筈がないのだから。

 心は晴れて、穏やかだ。

 負けた。“今日の私”は、負けたのだ。

 彼が挑み、乗り越え、変わらぬ自分自身を示してくれたから――

 ……負けでいい。

 そう思う心を、喜んで受け入れたい。

「いいのかい?」

 不意に、隣から言葉が来る。

 彼が、ツトムが、苦笑しながらこちらに視線を向けて、そして、

「俺の負けでも、構わないんだよ?」

 実際もう限界もいいとこだしね、と続いた彼の言葉に、だけどアンヌは首を振る。

「いいの」

 そう、これでいい。

 この結果がいい。

 だって、

「次は負けないよって――」

 そう言いたいから。

 笑顔を向ける先、彼もまたニッコリと微笑む。

 こちらの言葉に、はは、と嬉しそうに声を上げながら、

「だったら――」

 彼は口にする。

「次も俺が勝つよ」

 告げられたそんな言葉に、アンヌは子供染みた笑みを返さずにいられなかった。

 ああ、きっと、私はこんな彼だからこそ――

 その先を胸に秘めながら、

「この試合、ツトム=ハルカの勝利とする!」

 確かな決着を、耳にした。

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