おばちゃん達の鎮魂歌

白川津 中々

 起床後テレビをつけるとどこの放送局も砂嵐だった。

 電波的な障害だろうかと思い電源off。8万もした液晶が壊れているという可能性については触れないでおく。


 トーストにバターを塗ったものとトマトジュースだけという簡素で粗末な朝食を終えて外出。年々食事に対する感情が貧相になっているのは歳のせいか、はまたま忙殺の作用なのか。いずれにせよろくなものではない。そういえば昔、ババアが「ご飯だけは美味しいもん食べぇ」と酒を飲みなが言っていたな。当時は酔っ払いの戯言だと思い聞き流していたが、どうにもその辺りの、日常生活における細やかな楽しみといったような事柄は退屈で、追われるような人生において重要なような気がしなくもない。そうだな。今日は久々にすき焼きでも作ろう。御馳走といえばすき焼きか焼肉だ。日本とはそういう国だ。何がアクアパッツァだ。ボルシチだ。ビーフストロガノフだ。へそで茶を沸かす。庶民は肉を簡単かつ腹一杯に食べられるだけで幸福なのだ。何かとこねくり回してみょうちきりんな横文字を使った料理など愚の骨頂。食す価値なし。


 ところですきやきといえば関西風と関東風があると聞く。世間はこの両者いずれかに与するかで殺し合いにまで発展するというがまったくくだらないの一言に尽きる。庶民のくせに一々食にうるさく拘りなど持つ必要なし。冗談にしても薄ら寒い主張はどぶに捨てるべきだ。そういえば母も「飴ちゃんは絶対パイ〇アメ」と言って鞄に忍ばせていたな。おかげ俺は飴=パイ〇アメという認識が小学校まであり他の飴の存在を知らず赤っ恥をかいた。庶民の拘りとはそういう悲劇を生むのだ。後の世代には俺の受けた辱めを受けてほしくないものである。


 ところで気になっていたが街が妙に静かだ。人通りもなく車も走っていない。いったいどうしたのだろうか。もしや今日は休日かと思いスマートフォンを見るも無常に表示されるカレンダーに落胆の念を禁じ得ない。くそう。仕事を辞めたい。

 だがそうなるとなぜ人が一人もいないのだ、いつもならばアウグストゥス(犬の名前)を散歩させている溝呂木こおろぎの婆様が不気味に「おはよう」と挨拶をしてくる道なのだが……うぅん不可思議。しかしそういう日もあるやもしれん。とりあえず出勤だ。遅刻などしようものなら課長がうるさい。今日も言われた通りの仕事を行い定時に帰宅する退屈な社会人生活を送るのだ。それが俺の人生だなのだ。さぁ。出勤出勤出勤勤……


 なんだあれは。


 俺は見た。通り道にあるジャス〇にできる、無数の人だかりを。


 見ればすべてがヒョウ柄にパンチパーマという大阪おばちゃんスタイル。なんだこれは仮装大会か? 見れば見るほど奇妙な集団。しかも何故にジャス〇。開店前だぞ。何をする気だ。


 無遅刻無欠席を誇る俺はその異様な光景に目を引かれ、つい立ち止まって凝視してしまった。就業ギリギリの到着する時間配分故、そのような時間はないのだが、妙な気迫と熱気にあてられ魅了されてしまったのだ。するとどうだ。早くに出勤してきた店員とおぼしきアルバイトの若い娘(実にいい巨乳であった)が、おばちゃん共に取り囲まれてしまったのだ!


「飴ちゃんいるか? 飴ちゃんいるか?」


 巨乳は瞬く間におばあちゃんに囲まれてしまった! そして……


「飴ちゃん……」


 何という事でしょうか! 巨乳は瞬く間にヒョウ柄パンチパーマとなって、垂れ切った乳を恥じらいもなく弛ませる見苦しいおばちゃんになってしまったのだ!


 これはまずい!


 そう思った矢先、おばちゃんどもが俺を一斉に見据えた! しまった! 気付かれたのだ!


「飴ちゃん! 飴ちゃん!」


 尋常ならざるスピードで迫ってくるおばちゃんの大群! その速度はウサイン〇ルトを上回る脚力! 逃げ切るは至難!


 なってたまるか……恥知らずに……!


 俺は母御用達のパインアメを鞄から取り出しおばちゃん連中の方に投げ捨てた。


「掴み撮り大サービス! パインアメ今なら無料!」


 おばちゃんの心に刺さるワードてんこ盛りの最強呪文である! その効果は絶大! おばちゃん達は投げられたパイン飴に夢中で追ってこない!


 ともかく出社だ! 俺は仕事をし、安い給料を得てすき焼きをするのだ! 


 決意を新たに駅までひた走る。サラリーを得なければすき焼きもクソもない。俺はなんとしても出勤し、適当な味付けのすき焼きを食べるのだ!


 遁走俺はもはや米国産牛肉と特売卵の事しか頭になかった。

 

 おばちゃんの真の恐ろしさは、駅の改札での図々しさだという事を忘れて、ただ割下と卵と牛肉のハーモニーを夢見ていたのである。

 

 ネギの魔力に魅せられるのは、もう少し後の話……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おばちゃん達の鎮魂歌 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ