あなたと私の HAPPY NEW YEAR

烏川 ハル

インターナショナル

   

 アメリカで生活していると感じるのが、実際に使われている英語は、日本の中学や高校で習ったものとは微妙に違う、ということ。

 例えば、その一つに「外国人」という言葉がある。学校教育では「foreigner」と教わった覚えがあるのだが、職場――俺の場合は大学の研究室ラボ――の日常会話では「international」という単語ばかり聞こえてくる。学生も研究員も、アメリカ以外の国から来ている者は、皆「インターナショナル」と呼ばれるわけだ。

 考えてみれば、日本でも外国人が通う学校を「インターナショナル・スクール」と呼んでいたはず。だから俺としても「外国人 = インターナショナル」というのは、違和感なく受け入れられる表現だった。


 さて。

 一月下旬の、ある日の午前中。

 そんなインターナショナルの一人と、今日も大学の廊下ですれ違った。隣の研究室ラボで働く、背の高い女性。南米系なので、そういう肌の色をしている。

「あけましておめでとう、ハル!」

 そう呼びかけられて、一瞬とまどう俺。もう正月気分も抜けた今ごろ、何故こんな挨拶を……。

 しかし、疑問解消のために長話をするつもりはなかった。俺は、超遠心機を――自分の研究室ラボには置いていない高価な機器を――使わせてもらいに、別の研究室ラボへ行く途中だったのだ。

「ああ。おめでとう、ジェニファー!」

 意味がわからないながらも、適当に「きっと彼女の国では、今が正月に相当するタイミングなのだろう」と思いながら言葉を返して、そのまま互いに歩き去っていく。


 少し経って。

 超遠心機のスイッチを入れて、動き始めたサンプルの回転数が所定の数値に達したことをメーターで確認。これで二時間は放置できる、となった段階で、ふと思い出した。

 そういえば、ちょうど日本でも旧正月が今ごろなのではないか。中国あたりから来た文化だと思っていたが、ひょっとしたら南米にも、同じような時期に正月を迎える国があるのかもしれない。


 その日の昼休み。

 午前の仕事が長引いたため、少しだけ遅れて、食堂――正確には購買部前にある単なる食事用スペース――へと向かう。すると、ちょうど食べ終わったジェニファーが出てくるところだった。

「やあ、ジェニファー。朝の話だけど……」

 と、今度は俺の方から声をかける。

「ジェニファーの国では、今日は正月なの?」

「……え?」

 一瞬「何を言ってるんだ」という顔で言葉を詰まらせた後、彼女は、こう続けた。

「違うわ。今がニュー・イヤーなのは、ハルの国でしょう?」

 ここで、ようやく俺は気づいた。互いに誤って、相手の国の正月を祝っているつもりだった、ということを。

「ああ、それは……。たぶん中国の話じゃないかな?」

「あら、ごめん。同じアジアでも違うのね」

「そう、アメリカと同じで、1月1日が日本の正月。ただし『正月三が日』と言って、3日間続くんだよ」

 実際には、正月休みは3日どころか、もっと休む店や会社もあるはずだが……。そこまで説明する必要もあるまい。

「ワオ! それは凄いね! 3倍の正月休み! 私の国では1月1日だけじゃなくて、もう31日の午後になると店は一斉に閉まるから、お正月休みは1.5倍の感覚だったけど……」

 なるほど。やはり国によって、正月も微妙に異なるらしい。

「……さらに日本は長いのね! 知らなかったわ。日本人は『エコノミックアニマル』と呼ばれるくらいだから、休みも短くて働いてばかりのイメージだっけど……。実際には違うのね」

 最後にそう言ってから、彼女は研究室ラボへと戻っていた。


 食堂に入って、空席を見つけて座ったところで。

「……ん?」

 ジェニファーとの会話を思い出し、ふと気が付いた。まだ少し、誤解が残っていたことに。

 彼女の言う『お正月休み』とは、店も何もかも閉まって、みんな一斉に休んでしまうこと。

 確かに、こちらの感覚では、そういうことになるのだろう。アメリカの――少なくとも俺が住んでいる地域の――正月は、1月1日だけではあるが、スーパーもレストランも完全に休業している。

 こちらに来たばかりの頃、他の日本人から「アメリカではお店が全て閉まっちゃう日があるから、ちゃんと食料を買いだめしておかないと、飢え死にするよ」と脅されたものだ。1月1日も、それに相当する一日だった。

 ジェニファーも、そのつもりで正月を語っていたようだし、だから「3日間も休むなんて、日本のイメージと違う!」と驚いていたわけだ。

 だが、俺の言った『お正月休み』は少し違う。あくまでも、暦の上での『正月三が日』に過ぎない。現代の日本では、三が日どころか元旦ですら、コンビニやスーパーが営業しているではないか。正月返上で働いている人々が大勢いるのだ。

「それを思うと……。『エコノミックアニマル』なんて言い出したジェニファーの方が、かなり正しく日本をイメージしてたんだなあ」

 ふと呟きながら、持参してきた手作り弁当の蓋を開ける俺。

 卵焼きと白米を一緒に口へ放り込みながら、あらためて思う。

 少し中国と混同していたとはいえ、それでも『日本』の特徴を把握していた彼女。他国の文化や様式に対する姿勢は、まさにインターナショナル国際的ではないか、と。

 俺なんて、ジェニファーの国すら知らないのに。

 ブラジルっぽいけどブラジルではない近くの国、という程度の理解なのに。




(「あなたと私の HAPPY NEW YEAR」完)

   

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あなたと私の HAPPY NEW YEAR 烏川 ハル @haru_karasugawa

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