第5話 同じ手法でいいのだろうか
上司・上官たるこちらとしては、何らかの評価を下すべきところなのかもしれない。が、あいにくと判断するための材料を自分は持ち合わせていなかった。ルーク・フォングがいくら子供であってもそれだけで不適任だと言うつもりはさらさらないし、かといって被害者とフォング兄弟との間に何かあった可能性を検討できていない段階で、ルークを現場の戸口に立たせるのは、やや早急ではなかったかとも思える。
「では、鍵に関する話を聞こうかな。ハイトールの話を聞いたところでは、元々モントルー博士に貸し出されていた鍵は、室内から見付かったようだが、その認識で合っているかね?」
「合っています」
返答したのはガル・フォング。ということは、その鍵を見付けたのは彼自身か。その旨を続けて聞くと、肯定の返事があった。
「ルークを帰したあと、私は一人で現場に足を踏み入れました。遺体がどこにあるのかは前もって聞いていたので、ドアから遺体の位置までのルートをスムーズに、しかし床に注意を払いながら進みました」
「念のために聞くが、床に注意を払った理由を教えてもらいたい」
「部屋の様子は普段通りに感じられ、特段気になる点、異常な点がなかったためです。遺体とドアを結ぶ導線は、ほぼ間違いなく犯人が通った経路と考えられます。これ、すなわち、犯人が何らかの痕跡を不用意に残した可能性があるということにつながります」
「結構だね」
このくだり、僕は口がほぼ勝手に動くのを自覚した。
自動筆記ならぬ“自動口述”めいた現象が自分の身に降りかかった訳だが、もしかしてロード・マンナイトなる人物の意思がさせるものなのだろうか。部下が捜査を手順通り、理屈通りにこなせているかどうかのチェックをしている……。もしそうであれば、捜査の指揮そのものも、マンナイトが自動的にやってくれればありがたいのだが、どうやらそこまでの“自動捜査”にはなっていないらしい。その証拠に、早くも“憑依状態”は解除され、僕が次に話すには、中身を自力で考えなければならなかった。
「して、床を注意深く観察することで、何か発見があったのかな?」
「まさしく、鍵を発見しました。いささか自慢めくかもしれませんが、毛足の長い絨毯に深く沈んでおり、非常に見付けにくい状態にあった鍵を早期に見付けることができたのは、ルートに注目した効果だと。ああ、もちろん、先達からの教えがあってこそですが」
ガルは自尊心が強いキャラクターなんだろうか。全然隠そうとしない。そこへ若さが加わって、生意気な雰囲気を醸し出してしまい、いささか自信過剰に映る。弟のルークに絡む話をするときは、そうでもなかったのに。
僕の教職者としてのキャリアはさほど長くはないが、そんな自分でも、ガル・フォングはほめられて伸びるタイプなんだろうなと、容易に想像が付いた。
この場面でほめてみようかなという考えが頭をよぎる。だけれども、彼が弟のルークを現場の見張りに立たせた件で、後ほど何らかの不都合が出てくるかもしれない。そのときにだめを出すとプラマイゼロ、いや、下手をするとマイナスの方が大きくなる。立ち直れないくらいに打ちのめされても困るので、そうなった場合に備えて、取っておくか。
と、ついつい思考が教師めいてしまう。どうもいけない。今、僕はロード・マンナイトであり、この殺人事件を主導的に捜査する役割を与えられている。部下をうまく使うことは必要だが、部下を教え導くことは二の次三の次なんだろうと思う。ここは頭を切り替えて、もっとてきぱきと指示を出したいところである。だが、いかんせん、実際に殺人事件を捜査した経験なんて皆無だし、必要な知識も持ち合わせていない。せいぜい、テレビドラマの事件物を視聴してきた程度だ。かといって、今体感しているこの世界の一般常識や
「鍵は当然、回収したと。指紋は?」
「現在、調べてもらっています」
尋ねた直後に、この世界に指紋というものが存在し、犯罪捜査に役立つと認識されているのだろうかと疑問が浮かんだが、幸い、指紋捜査は常道としてあるようだ。
尤も、こんな細かなことをいちいち気にしていては、捜査は進められまい。ここは一つ、自分がよく知る世界とだいたい同じであろうと決め付けて、躊躇せずに口にしていこうと思う。なに、仮にちぐはぐなやり取りになったとしても、捜査の場では自分が最も地位が高いようだから、どうにかこうにか丸め込むことができるさ……多分。
「ということは、今現在、鍵は手元にはないんだな。ちょっとでいいから、この目で直に見ておきたかった」
「あっ、考えが及びませんでした。申し訳ありません」
ふむ、ガルは生意気一辺倒ではなく、素直さも有している。
「いや、かまわない。ガル・フォング、君のことだから、当然、その鍵が本当にこの部屋の鍵であるかどうかは、確認済みなんだろう?」
「ええ、無論です。当該の鍵を発見・回収したのち、一度、遺体の様子を一目でも見ておこうと奥へ足を運びましたが、すぐに取って返し、ドアの鍵穴で試しました。間違いなく、現場の部屋の鍵であり、似通った偽物ではありません」
自信みなぎる物腰できっぱり、断言したガル。
これはいよいよ、密室殺人である可能性が強まったようだ。
つづく
異世界転生した僕が同じく転生した初恋相手に惚れるのは当然だけど色々厳しい 小石原淳 @koIshiara-Jun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界転生した僕が同じく転生した初恋相手に惚れるのは当然だけど色々厳しいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます