第4話 同じ事件なら簡単な方がいい

 ベッドのある右側に首を振ると、それはすぐ視界に飛び込んできた。

 パーマの掛かった金髪の女性が、仰向けに倒れている。頭はドアの方を向いており、その額から頭頂部にかけて、赤色が滲む。出血して滴が流れたようだ。それが致命傷かどうかはまだ分からない。豊かな胸の谷間辺りに、黒い木の棒みたいな物が生えている。端物の柄と想像された。

「第一発見者は誰?」

「部屋を使っていた博士と、ここにいるホセ・ハイトール、そしてメイドのイリー・フィネガンの三名です」

「そうだったのか。発見時の状況を教えてくれるかな、ハイトール」

「私は廊下を歩いていると、モントルー博士から、いつの間にか部屋に鍵が掛かっていて入れなくなった、どうにかしてもらいたいと言われたので、合鍵を管理しているメイド長のところに行きました。そのままフィネガンに任せてもかまわなかったんだけど、いつの間にか鍵が掛かるなんてのはまったくもっておかしな話です。中に誰かいるのかもしれんなと思い直し、念のために着いて行きました。男手があった方がいいだろうって」

 ハイトールは行動だけでなく、その理由も付して説明してくれるので分かり易かった。当番を務めるだけあって、ある程度は慣れているとみえる。

「まあ、現実にはフィネガンは勇ましくて、部屋のドアを激しく叩いて応答がうんともすんともないとみるや、『誰もいないのね? いるのなら素直に出て来なさいっ。これから鍵を開けます』と警告を発したんです。それからまだ三十秒ぐらい待ったかと思うと、彼女、おもむろに解錠しました。ここで自分も役目を思い出しまして、彼女より先に室内に踏み込んだんですよ。で、右側の方を見て驚いて絶句してしまったんでさあ」

 当番とは言え、死体には慣れていないようだ。他殺体を見るのは初めてだったのかもしれない。

 って、僕だって死体に慣れてる訳じゃないぞ。むしろ不慣れだ。まだ誰の葬式にも出たことがない。殺人事件なんてものに遭遇するのだって当然初めてだし、ましてや現場に足を踏み入れるなんて、映画やドラマの世界という認識だった。

 なのに、今現在の僕はひどく落ち着いている。神経がどうにかなったんじゃないかと思いたくなるくらいに冷静だ。変なことに、血を見てかえって落ち着けたような気さえするのだ。……もしかして、ロード・マンナイトなる人物の性質がそういうタイプなのかもしれないなと、捜査には役立ちそうにない、愚にも付かない想像を巡らせた。

「本来の部屋の鍵は、室内にあったのかな」

 とりあえず、一番気になっていることを聞いてみる。ここまでの話の流れから推すに、やはり現場はいわゆる密室――いや、憶測はやめておこう。素直な気持ちを吐露すると、殺人事件の捜査を任されるだけでも気が重いのに、さらに密室の謎まで盛り込まれては、厄介なことこの上ない。

「あー、いや、そのときはそこまで気が回りませんで。私が見付けたのではなく、人から聞いた話でよろしければお話しますが」

「あ、そうなのか。では……ひとまず、又聞きの話は横に置くとしようか。遺体を目にしたあと、どうしたね?」

「手順通りです。自分自身も含めて部屋から全員出ました。そのあと、扉を閉めてフィネガンが鍵を掛け、それから……私とモントルー博士がこの場に残り、フィネガンが衛警隊への通報に走ってくれました。ああ、その際、鍵は自分が預かりました」

「ふむ、なるほどね。それで衛警隊として駆け付けたのが、ガル・フォング、君か」

「はい」

 規律正しい敬礼の動作とともに答えるガル。だが、その表情はいささか暗い。

「どうした、何かあるのなら、すぐに話してもらいたいな」

「は、実は、先ほども述べました通り、隊員のほとんどが出ておりましたので、彼らを呼び戻すための努力を試みたのです。そのため、私が現場に向かうのはもう少しあとになります。代わりに弟のルークをやらせました」

 そういう経緯か。あの小柄な少年に殺人現場の見張り番をさせるという、普通ならまずなさそうな状況にも得心が行った。

「ルークにも直接話を聞きたかったんだが、帰してしまったのなら仕方がない。朝を迎えて以降のこととしよう」

「申し訳ありません。まだ年端もいかぬ弟を見ていると、やはりふさわしくなかったんじゃないかという後悔の念が起きまして、つい」

 頭を下げるガルには、それはもういいよと手を振り、ハイトールに顔を向ける。

「ルークが来たあと、どうしたのかな」

「最初は、え、これでいいのか?って思いましたが、ガル・フォング衛警隊員直筆のメモを持っていましたし、ルークがガルの弟であることもよく知っていましたので、鍵を開け、室内の確認をしてもらいました。ルークは一人で部屋に入り、ぐるっと見回して、すぐに出て来ましたね。そうして『殺人の現場になったとはいえ、客室に臭いがこもるのはよくない。だから開けておこうと思う』と言い、実質、私に意見を求めてきたんですね、あれは。私は賛成しました」

 自分の判断に自信ありげにハイトールは言った。


 つづく

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