第3話 同じところと違うところ

「何を驚かれることがありましょう?」

 青年は自身が驚いたように目を見開いている。うん、やっぱり虹彩は青い。

「城の中で不審死が観察されたので、城内衛警えいけい隊変死課のトップたるマンナイト様に急報するのが筋だと判断したのですが……」

「あ、いや、その点を咎め立てした訳ではない」

 僕は脳内で状況の把握に努めつつ、表面上の応対にも意を割いた。気持ちの上では大忙しである。

「ジェパンシィ嬢が亡くなったと聞いて、不覚にも驚いてしまった。同じ階にいたせいか、何度かすれ違い、挨拶も交わしたんでね」

「そうでありましたか。ではご遺体との対面はあとにして、関係者の話を」

「いや、いい」

 自分でも何でそんな返事をしたのか分からない。だが、不思議と落ち着いている。

 僕がいつの間にか成り代わってしまったと思しきこのロード・マンナイトという男、僕の常識に照らすとどうやら殺人担当の刑事みたいな職に就いているらしい。捜査班を任される程度には偉いっていう認識で大丈夫だろうか。

 城内という表現も気になる。床や壁は西洋の城というよりも、ホテルのイメージだ。ただ、電灯の類が一切ない。部屋にもなかったようだし、電気がまだ活用されていない世界、もしくは電気のない世界に僕は放り込まれたのか。そういえば腕時計、あとで探さなくっちゃな。

「それでは現場をご案内します」

 青年が改めて先導しようとする。が、僕はストップをかけた。

「その前に。寝起きでまだ頭がぼーっとしている。すまないが、君達の名前を教えてくれないか。初対面の者も混じっている気がする」

 山勘で場にいる五名に呼び掛けると、全員がかしこまったように直立不動の姿勢を取った。

「城内衛警隊隊員のガル・フォングです。扉のところで頑張っているのが弟のルーク。また見習いですが、他の者が不在なため自分の判断で就かせました」

 青年ははきはきとそう答えた。

 残りの三名は衛警隊ではなく、城内勤めの使用人だという。のっぽの中年と小太りの若者、そして猫背の老人とそれぞれキャラクターがはっきりしていて分かり易いのはいい。順に、ホセ・ハイトール、マルコ・マルクス、ジジ・ガバインと名前まで連想しやすくてますますありがたいな。普段は城内の修繕や調理全般、草花の手入れといった役割を与えられているが、何らかの緊急事態が起きたときは衛警隊に協力する者が当番で決められており、今夜はこの三人だったとのこと。

「うむ、ありがとう。把握した。他の隊員はどうした?」

 何名いるか知らないが、「他の者が不在」というからには複数人がいて、何らかの理由で緊急事態に駆けつけられないということに違いない。

「それがその」

 やや言い淀んだ青年、ガル・フォングだが、じきに思い切ったように口を開いた。

「自分のせいであります。先日、休暇の折に商店街でくじ引きをしたところ、居酒屋ボーモンの割引券が当たりまして、でも自分はまだ飲酒年齢に達しておらず、期限の関係で田舎の親に送るのも無理があります。そこで諸先輩方に有効活用してもらおうとお譲りしました。十名まで割引が適用されるので、本日夕刻より全員、繰り出されています」

「聞いてないなあ」

 ガルの態度から察しを付けた。

「何名か非番でない者もいるはずだが……まあいい。今はそれどころじゃない」

「あの、呼び戻さなくても?」

「あとだ。とりあえず、なるべく新鮮な内に現場を認識しておきたい」

 時々、思いもしていない台詞が勝手に口をついて出てくる。ロード・マンナイトが指揮を執って捜査するみたいだが、僕にできるのか? 新鮮な内に云々と言ってしまった手前、覚悟を決めて早速始めなければならない。

「医者や鑑識員はまだ着いていない?」

 ガルから渡された手袋などを装着しながら聞き返した。

 城内衛警隊という名称から推して、城に常駐しているはず。班長も部屋を与えられているくらいだから同様だろう。しかし専門知識を要する法医学者や鑑識課員となると、人数の確保が大変だ。ここがたとえ国王の城だとしても、医者や鑑識課全員を常駐させられるとは思えない。

 その読みは当たっていたようで、「通報は行っていますが、あと五分はかかると思います」というガルの返事があった。

「よろしい。では、現段階ではできる限り中を荒らさぬようにしたい。部屋の外、ドアのところから観察して分かる点を列挙していこう」

 普段、ロード・マンナイトの捜査手法がどんなものなのか知る由もないが、状況を見て最善と思える選択肢を採ることにする。

 ガル・フォングに特に怪訝がる様子はなく、戸口に立つ弟に声を掛けた。

「ルーク、ご苦労だったな。もういいぞ」

「うん」

 ルーク少年は横歩きで身体をずらし、場を空けた。

 僕は部屋の真正面に立ってみたが、それだけではまだ犯罪の匂いすら感じられない。椅子などの調度品と長い毛足の茶色の絨毯などが見える程度だ。扉の枠ぎりぎりまで歩を進めてから、首から上だけで覗き込んだ。


 つづく

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