第3話 真っ赤に熟した禁断の果実

 西暦2XXX。

 薄暗い研究室の内部は、工場と言っても良いほどの規模と設備が整っている。

 温度・湿度は厳密に管理され、工程は寸分の狂いもない。

 棺ほどの大きさの冷凍保存容器が稼動する前に、イヴはこう語った。


「あなた。私がいなくなっても神様を恨まないでね」

「大丈夫だ。既に君と僕の意識情報は新鮮な状態でアップロードを済ませている。今の研究が進めば、クローンへの移植も夢じゃないんだ」

「ねえ、その私は本当にこの『私』なのかしら?」

「何を言ってるんだ」

「……あなたが私のことを想ってくれるのはとても嬉しいの。でも、この世の『ことわり』を超えることを人間がしてはいけない気がする」

「『理』なんて『力』でいくらでも書き換えられる」


 すでにアダムの説得は不可能だと悟ったイヴは、彼の目を盗み、棺に持ち込んだ遠隔操作のスイッチを入力した。

 その時、誰の目にも留まらないほどの微細なバグがプログラムに侵入したのを、彼女だけが知っていた。



 〇



 銀色の月の光を浴びながら、巨人の影でアダムはうたた寝をしています。

 イヴはアダムを起こさないように、あらためて土くれでこしらえた巨人を眺めました。


「俺が来ると、アダムの意識が眠りに就くように仕組まれているから、心配はいらない」


 肩に垂れ下がる形で、蛇がイヴにこう言います。

「この巨人の正体は、言ってみれば一種のメタファーだ」

「メタファー……?」

「ああ。まあざっくばらんに定義するならば、この世界全体がメタファーそのものだとも言える」

「それは、本当の現実がどこかにあるという意味?」

「なかなか物分りがいいな。その通りだ。もちろん、今の君には完全な理解は難しいだろう。君自身がメタファーの一部だとも言えるからだ」

 確かにイヴにはほとんど理解できないようです。

 アダムは静かに身を横たえています。


 蛇が目的の行動を取るようイヴをけしかけますが、

「待って。まず、アダムと二人きりで話したいの。いいでしょう?」

「……」

「この巨人を作るのに、アダムは本当に苦労したの。だから、せめて話だけでもさせて、お願い……」

「……まあいいだろう。結果はわかりきってるが、それで君の気が済むのなら、な。そういえば、向こうの世界でも君は同じ行動を取ったみたいだ」

 向こうの世界?


「では、俺はしばらくここを離れるから、話がついたらこの果実をかじってくれ。それだけで、この巨人は跡形も無く消滅するだろう」

「果実ってどこに?」

「君の手のなかにあるじゃないか。ほら」

 イヴの手の平にはいつの間にか、真っ赤に熟した香りのする果実が握られていました。

 丘の上から蛇が姿をくらますのと、まどろんでいたアダムの眠りが破られたのは、ほとんど同時だったようです。

 イヴは果実を後ろ手で隠しながら、そっとアダムの側に歩み寄りました。

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