アダム博士とパラレル・ワンダーランド

長門拓

第1話 命を吹き込まれようとしている巨人

 西暦2XXX。

 薄暗い研究室の内部は、工場と言っても良いほどの規模と設備が整っている。

 温度・湿度は厳密に管理され、工程は寸分の狂いもない。

 白衣を着た男性・アダムは、そろそろ六十路かと思われる風貌を備えている。神経質にあらゆるデータを閲覧し、吟味し、入力し、削除し、制御している。


「もうすぐだ、もうすぐ長年の苦労が報われる……」


 やせこけた頬と血走った目は、すでに正気とは呼びがたく常軌を逸している。

 工程をほぼ終えるとおもむろに立ち上がり、研究室の一角、とある機械の側に歩み寄った。

 棺ほどの長さの物体の内部は、まさに棺そのものだった。

 そこでは、一人の女性が永遠の眠りに就いている……


「イヴ……君をよみがえらせてみせる」


 

 〇



 月明かりも届かないような深い谷底には、滋養をたっぷりと含んだ腐葉土や枯葉が積もっています。

「死」よりもなお暗い闇の中を、手探りで私たちは歩いていました。


「イヴ、足元に気をつけて歩くんだよ」

 暗闇の中でアダムが私に語りかけます。

「うん、アダムも足を滑らせないようにね」


 竹を編んでこしらえた籠に腐葉土と枯葉を詰め、来た道と同じ径路けいろを辿り返しました。

 小脇に抱えるその重みに、ポタポタと汗の滴が垂れます。

 

「イヴ、辛くないかい?」

 歩みが遅れ気味の私をおもんばかり、アダムがそう訊きます。

「大丈夫、よ」

 初めの頃に比べたら、これでも随分マシになったものです。

 次第に闇の濃さは薄れゆき、物の形がおぼろげに浮かび上がりました。

 雲の隙間から、銀色の満月も見えます。

 そして、小高い丘まで歩みを進めると、山のように積み上げられた腐葉土や枯葉が姿を現しました。

 それはまるで、仰向けに寝そべってる巨大な人間のようでもあります。

 

 土くれの巨人の脇腹のあたりに背をもたれさせ、私はアダムに訊ねます。

「ねえ、アダム。私たちはいつからこんな仕事をしてるのかしら」

 私の太ももに頭を横たえたアダムが応えます。

「いつからかなんて、大した問題じゃないさ。それが昨日のことであったとしても、もうじき僕らの仕事は終る。ほらごらん、この土くれで拵えた巨人は、もう人間の形に出来上がり始めた。あとは指や耳をかたちにして、瞳を彫ればいい。そうすれば、この巨人には命が吹き込まれる」

「命を吹き込まれた巨人はどうなるの?」

 アダムが下から私の瞳を見つめ、指先で私の金色の髪を撫でました。

「それは僕にもわからない。けど、これは必要なことなんだ。僕にとっても君にとっても」

 ふと、アダムの瞳に悲しそうな光が宿ったような気がしました。けれど、それは錯覚だったかもしれません。

 アダムのたくましいかいなが私の首筋を抱き寄せ、ふたつのくちびるが触れ合いました。

 

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