第4話 世界の終りまで愛を誓うイヴ

 西暦2XXX。

 薄暗い研究室の内部は、工場と言っても良いほどの規模と設備が整っている。

 温度・湿度は厳密に管理され、工程は寸分の狂いもない。

 ……つい先ほどまでは。


「くそっ!一体何が起こってるというのだ!」


 突如としてコンピューターのあらゆる箇所が齟齬そごをきたした。指示系統は寸断され、あらゆる命令が無視される。強制的なシャットダウンもできない。

 温度や気圧の数値が異常なブレを起こしていた。これでは化学物質の安定性が保てない。何もかもが滅茶苦茶だ。

 目の前が真っ暗になり、アダムは頭を抱え込んだ。エラー音の鳴り止まない研究室の片隅で、ただ呆然と座り込む。

 それから何分が経過しただろうか。

 ふらふらと立ち上がり、アダムは棺の形をした冷凍保存容器の側に歩み寄った。そして、こう問いかけた。


「イヴ……まさか、きみの仕業か……?」


 しかし、眠れる美女は口をとざしたまま答えなかった。



 〇



「どうしてそんなわからないことを言うんだ、イヴ」


 呆れたような表情のアダムが言いました。

「この巨人を作るのに、あなたがどれだけ苦労したかは知っている。でも、こんなものを作り出すのが本当に私たちの幸せなの?」

「幸せ?僕らがなぜそんなことを考える必要があるんだ。そんなことは巨人が出来上がってからいくらでも考えればいい」


 こんな風にアダムと言い争ったことは初めてだと、イヴはふと思いました。


「私にはよくわからないことばかりだけど、でも何となくわかったの。アダム、私たちは何者かによって利用されてるだけなんだと」

 自分で言いながら、そのことの意味に驚きました。

「アダム、あなたは自分の意思でこの巨人を作り出しているわけではない。私もそう。それに、この巨人が出来上がってしまったら、多分

 月明かりがざわついたような気がします。アダムがわずかに目をそらしながら、

「……それのどこがいけない。新しい世界で君はまた生きることが出来るんだ」


「でもそうしたら、


 ああ、そうか。これこそがこの巨人の持つ意味だったのだ。だからこそ、巨人を作り続けているあいだ、アダムの顔はあんなに寂しそうだったのだ。

 アダムが何か言おうとしましたが、言葉にならないようです。

「アダム、私はあなたを愛してる。でも、イヴは二人もいらない。同じ時を共有した私たちだからこそ、私はたった一人のイヴでありたい。なによりアダム、あなた自身のために」


 私は心を決めました。真っ赤に熟した香りのする果実を、背後から取り出したのです。

 アダムの目が大きく見開かれました。

「イヴ……そんな果実をどこで手に入れたんだ!?」

 口元に果実を運びます。

「イヴ、止せ。僕らがどこにも行けなくなってもいいのか!?」

 口元で手を止めました。アダムがほっとした表情を見せます。

「いい子だ。さあ、その果実を捨てよう」

 私は首を振り、否定の意思を示します。


「アダム、世界の終りまであなたを愛してるわ」


 思いのほか果実は柔らかく、まるで世界の終りのような味がしました。

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