鉄血凍て果つことなく Ⅰ

 栄光個体スラヴァは、この氷海において常に恐怖の象徴であった。

 過去――つまり、一八七六年以前に討伐された氷惨であっても、その一柱一柱を打倒するのに、人類は多大な労力と犠牲を要している。

 無敵むてきスティーヴンソン。さばきのイワン。白熱びゃくねつのエルロイ。

 誰もがその名を、恐怖と共に記憶していた。


 だが――そのような栄光個体の中にあって、なおも異端な例外がある。


 ――不破凍土スヴェントヴィトという。

 

 闘士型氷惨との戦いの最前線であったロシアに、

 『永久凍土』の防壁を一月で打ち建てた個体。

 人類の殺戮、生存圏への侵攻、

 そのいずれにも目を呉れず――彼の騎士は予兆なく現れた。


 それが引き連れていたのは、紅色の氷惨の群れだ。

 漂白されたような霜甲を纏う通常の氷山とは色彩を異にする彼の行軍は、クロノツカヤ山を北上し、レスナヤの梺を回って、最終的には半島の東に面するカラギンスキー湾までを横断した。

 そして道中スヴェントヴィトが“作った”とされるのが、

『永久凍土』と呼ばれる長大な遺構だ。


『永久凍土』とは――一八六五年にカムチャツカ半島-アジアロシア間を塞ぐように突如出現した、未知の城壁構造である。

 高度最長およそ二十七メートル。

 総距離およそ七十キロメートル。

 瞬く間に築かれた不破の幕壁は、人類にとっての福音となった。


 その最たる要因の一つとして、『永久凍土』の構成材質があげられる。

 前提として、『永久凍土』が物理的に損壊することはない。

 つまり、闘士型の殴打や駆導型の衝角を受けたところで、凍土は一切の損傷を負わないということだ。それどころか、コルト・インダストリアル社の試算によると――コーカサス地方の七つの集落を文字通り“更地”にした、審きのイワンですら、『永久凍土』には疵一つ付けること能わない。

 そして恐らくは、地球上の如何なる物質も――。


                  +


 それは武骨な氷の甲冑を纏う、茫漠たる一柱だった。

 この凍れる世界でただ一人、なおも『凍土』の名を冠する騎士。

 目視するだけで理解できる。

 その体躯の中に、幾千もの死と暴力が凍っている。

 ロシア戦線がなぜ凍血城塞と呼称されることになったか――その因果の元が、今まさにネモの眼前にっていた。


「栄光、個体だ。こいつは……」


 コンセイユ・ドナテッロの唇は――あるいは縋るように、その名を導く。

 彼ら『冬の騎士』と佇まいを同じくする、騎士たるその個体のを。


「不破凍土スヴェントヴィト――」


 その言葉が途切れるよりも早く、

「コンセイユ、マゼンテ!」

 ネモが手刀を硬化させ、二人を庇うように前に歩み出ている。

「逃げなよ! エカチェリーナさんの所に、辿り着かなきゃなんだろ!?」


 ネモ=ピルグリムの判断は正しい。

 その行跡に比し、不破凍土スヴェントヴィトの情報は異様なまでに乏しいからだ。

 その理由の一つこそが、『紅い氷惨』の排出する紅吹雪である。

 局所的にもたらされる吹雪は、煙幕のように調査隊を阻み、次に視界が晴れた時には既にスヴェントヴィトはまるで魔法のように消え失せている――そうした事例が、過去幾度も確認されたのだという。

 それ故に、スヴェントヴィトは未だその存在自体が神話の中にある。

 の騎士が味方であるのか、あるいは敵であるのかも未知のままだ。

 そして、栄光個体が……人類を滅ぼしうる災厄であることに変わりはない。

 ならば『鸚鵡貝ノーチラス』は、災厄に抗うための剣である。


 ネモは凍土を駆けた。

 ほとんど地を疾駆する獣のように、前傾姿勢をジャッキで加速。

 腕部を剃刀じみて硬化させ、橇のようにスヴェントヴィトに肉薄する。

 スヴェントヴィトは半歩右に下がり、逆手に持った剣でネモの攻撃をいなした。

 明確に技術と知性が伴った動作。

 ネモの手刀はあえなく弾かれ、硬質化させた皮膚組織が欠落した。


「こいつ――剣技を!」


 弾かれた勢いのまま、ネモは軍靴に仕込まれた刃橇スケートで旋回する。

 動き続けなければならない。

 足を止めれば、『永久凍土』に封じ込められる恐れがあった。

 地球上の如何なる物質でも破壊し得ぬ、それは久遠の氷牢である。


(氷惨が剣技を使うなんて、考えられないぞ。なら、やっぱりオーメスの話は……人間が栄光個体になるって言うのは、本当なのか――いや)


 スヴェントヴィトが、騎士甲冑然とした霜甲に包んだ右手を伸ばしている。

 すると、その周囲の赤吹雪が停滞し――次の瞬間、スヴェントヴィトの手甲を中心として消失した。まるで、空間そのものが圧壊したように。


(まずい。何だか判らないけど)


 鉤錘を飛ばし、ネモは反射的に後退する。

 その次の瞬間のことだった。

 ネモの瞳に、

 流れる青白い霧のような蟠りが映り、


   が 

        ちン、と――

 

 彼女が直前まで存在していた空間に、

 ごく小さな氷柱が展開されている。

 ネモが反応するよりも早く、氷はその体積を爆発的に増し彼女の右脚部に纏わりついた。たたらを踏んだもう片方の足も、瞬く間に氷に呑まれる。

 ネモは青ざめ、弾かれるようにスヴェントヴィトを見た。


「畜生」


 呻きながら、“船長”は硬化させた手刀を己の太腿に添える。

 そのまま白い隊装ごと、凍てついた脚部を引き裂こうとしたところで――


「ネモ!」

 マゼンテの決然とした声が響いた。

「スヴェントヴィトは、空気そのものを液化させているの! だから......!」

「ああもうっ」

 ネモは焦りと共に叫んだ。

 またマゼンテの悪い癖が出た!

「講釈は良いから逃げなって! それとも今からマゼンテ大先生の物理学講義を受ければ、あたしはあの騎士もどきをどうにか出来るって!?」

 ネモの両脚は、依然としてスヴェントヴィトの放った『永久凍土』に覆われている。硬化した拳で槌のように打ちつけても、氷片一つ零れ落ちることはない。

 だが、

「逆だろ」

 ようやく雪から足を引き抜いたコンセイユが、腕組みをして呟いた。

 「そいつは、アタシ達をいつでも氷漬けに出来る。何せ空気そのものを媒質にした冷却なんて離れ業をやってのけるんだぞ。口から流入する大気の温度をあと15℃下げれば、人体は容易に昏倒する」

「何なのさ、それ。じゃあ……」

「ええ」

 マゼンテはブルネットをはためかせて、スヴェントヴィトに向き直った。


「スヴェントヴィト。貴方には――私達と接触した目的がある。そうでしょう」


 紅い吹雪が吹き荒ぶ中で、凍土の騎士は彫像のように佇んでいる。

 だが、その兜が――マゼンテの問いかけに応えるように、微かに傾いだ。


           +


 ラルビーク=スカーイェン海峡付近、月穿ちカンパネルラ撃滅作戦海域。


 ヴェルヌが目を覚ましたのは、バルト海戦線所属戦艦『帰鳥』リントゥーコト内部の医務室だった。周囲には香炉やブリキ製の点滴、水差しなどが無機質に設えられている。頭と足、右腕がずきずきと痛んでいた。


(そっか。おれ、ムラマサさんに助けられて……)


 貧血による微睡の中で、しばし清潔なシーツに頬を擦り付けていたが、じくじくと刺すような足の痛みに、やがて記憶が雪崩のごとく蘇ってくる。


 宙に蠢く銀線。

 胡椒粒じみた散弾。

 樹皮のように剥がれた足の皮。

 死の神殿の如き、聳える砲台。

 その全てが――


(――そうだ。カンパネルラは?)

(あいつを倒すために……伝えないと)


 熱に浮かされたように身を起こし、甲板へ向かおうとする。

 だが、包帯に包まれた足が前に進むのを、

「待たれよ」

 と引き止める声が響いた。

「ムラマサさん?」

「お主をこうして引き留めるのも何度目かな」

 センシ=ムラマサは、常と変わらぬ飄々とした笑みを浮かべる。

 ヴェルヌは彼の両手でベッドに押し留められた。

「心配は要らぬ。カンパネルラの沙汰については、オーメスとネッド殿が追っている。ヴェルヌ殿は今は憩め。貴殿は、あまりにも傷を負い過ぎだ」

「……そうですか。それじゃあ、まだ皆無事なんですね。良かった」

「お主のお陰だ。カンパネルラと交戦し、時を稼ぎ、砲撃までをも封じた」

 ムラマサは薬用の煙管に火を落としながら、笑ってヴェルヌをみた。

「最早、貴殿が英雄であることを疑う者は居るまい……ヴェルヌ殿が、己の分を弁える好漢であることに関係なくな」

「……それは」

 その言葉の意味が解らないほど、ヴェルヌは政治に無頓着ではなかった。

 好むと好まざるとに関わらず、今度はヴェルヌが――エカチェリーナと同様に、偶像の英雄として扱われる可能性がある。

 少なくとも、周囲はヴェルヌを“雷帝”の再来として見るだろう。

 事実は全て異なる。そうヴェルヌは認識している。

 ――運が良かっただけだ。

 自分はムラマサや仲間に助けられ、常に紙一重で生き残ってきた。

 英雄の条件が、『秀でた資質を有している』ことであるならば――彼の“資質”はまさに、その手に握りしめた襤褸布のような運命だけだった。

 それでも、ヴェルヌ自身に僅かでもその片鱗があるのなら。


「良いんです。それで、エカチェリーナさんの負担は少しでも減るでしょ」

 ヴェルヌの言葉に、ムラマサは目を細めて煙管から口を離した。

 吐き出された煙が滞留し、当て処なく彷徨っては消える。

「そこに、貴殿の意思は無くともか」

「それでもいい。はりぼての英雄だって、氷の剣で演じてみせる」

 

 ヴェルヌは枕元に置かれた、父の形見の短凍刃を片手で撫でる。

 ロシアに建つ『永久凍土』で形作られたというこの短刀は、カロリーヌのサンゴと並んで、ヴェルヌが護符代わりにいつも持ち歩いているものだった。

「これ、父さんの形見で。『冬の騎士』の一員だっていつも言ってたんです。小さい頃に居なくなっちゃったから、ほとんど顔も覚えてないけど……」

 それでもヴェルヌの父は――アリステッドは、ヴェルヌにとって英雄だった。

 彼が枕に語る極点の冒険は、煌めくような騎士の物語に聞こえたのだ。

 世界の果てを見たいと、いつも願っている。

 そこに誰かを連れて行く者を、英雄と呼ぶのだと思う。


「これでも、信じてますよ。マゼンテとか、ネモとか、コンセイユさんとか……『鸚鵡貝』の皆が、エカチェリーナさんを助けてくれるって。だから、おれはおれにしかできないことをしなきゃ」

「……ヴェルヌ殿」

 ムラマサの声は重々しく、掣肘するかのようだった。

 ジュール・ヴェルヌは……常と変わらない、わずかに弱ったような貌で微笑む。

「オーメスさんに会わせて下さい。おれたちで、カンパネルラに勝ちましょう」


          +


 氷爆主砲≪高軌の橋≫ハイペリオン付近、ブリッジ。

 オーメス=リーデンブロックの前には、手足を包帯で固めたまま車椅子に座るヴェルヌの姿があった。カンパネルラとの戦いで右腕は砕け、足の生皮は剥がれ落ちているからだ。


「それで君は――病み上がり早々、私の作戦にケチを付けに来たわけだね」

「はい」

 ヴェルヌは憮然と答える。

「ふむ」

 オーメスは口許に手を遣り、鴉の散歩のようにヴェルヌの周囲を優美に歩く。 

 そしてぐるりと首を回し、

「上意下達とは何たるかを理解せずに直接上官に進言とは如何にも軍隊の指揮系統を軽んじる一兵卒のような短絡的かつ近視眼的な意見だねきみの階級は氷尉だったかな失敬では中隊規模の指揮権はあるわけだおや何とも何とも実に素晴らしい慧眼をお持ちだジュール氷尉――」

「オイ! どうでも良いけどよォ、氷将捕殿。ガキ相手にはしゃぐのはやめろ」


 『ジュール氷尉second lieutenant』の『nant』の部分が発音されるのと、ネッド=スナイデルが見かねたように会話に割って入ってくるのはほとんど同時だった。

「そもそもアンタは階級に拘るタマじゃねェだろ。じゃれ方が七面倒なんだよ」

 その言葉に、オーメスはぎょっとした顔でネッドの方を向く。

「君は……そうか。成程ね」

「はあ?」

「男女の機微というものが理解できないんだね? 死んだ方が良いな」

「テメエ……さっきからずっと何を……」

「オーメスさん! 本題に入りましょう! 入……入りますよ!」


 ヴェルヌはネッドとオーメスの会話を遮るように車椅子を割り込ませた。

「間違ってたら言ってください。オーメスさんの狙いは、≪銀の女≫アルテミスの金属噴流を旋条腔ライフリングのある『帰鳥』の主砲で撃って、即席のカッターに仕立て上げることですよね」

「何だ。そこまで解っているなら、私に聞かなくても良かったじゃあないか」

 オーメスはそう言いながらも、大仰に腕を組んで言葉を引き取る。

「マゼンテ=ネーヴェから≪銀の女≫の基本構造は聞いているからね。カンパネルラが流体金属によって己の雪花鉱アラバスタを被帽し、我々に衝角戦術ラムアタックを仕掛けようとしているなら、その防御をこじ開ける方法が必要になる。だが……」

「はい。ちょっと失礼しますね……あ、すみません。ありがとうございます」

 ヴェルヌは車椅子を転がし、ブリッジの机上に据え付けられた黒板に白墨で≪銀の女≫弾頭の断面図を書き付ける。

 擂鉢が横倒しになったような弾体に対し、銅製の金属板ライナーが円錐状に蓋をしている形状だ。マゼンテの設計の美点はこの明快な構造にあった。


 近接信管により、擂鉢状の弾頭の底――つまり、円錐の頂点に仕掛けられた炸薬氷爆石が作動することで、反対側の前方(弾頭の先端)部分に、極めて強い穿孔力が発生する。

 このエネルギーを、内張された銅板が丸ごと受け止めることにより、超高密度の動体となった金属噴流メタルジェットが装甲に対して爆発的な炸裂威力をもたらすのだ。

 つまり超音速で飛行する固体金属をスタンプのように『押し付ける』のである。

 無論、マゼンテがこの構造全てを自ら考案したわけではない。

 詩いのダンテ――かつてマゼンテの故郷であるヴェネツイアを滅ぼした、熱と金属灰による破壊をもたらす栄光個体――その攻撃機構を解析し、弾頭単位で技術転用したのがこの≪銀の女≫ということになる。


「通常、HEAT弾アルテミスはこの金属噴流を拡散させないために、旋条腔を有さない滑腔砲で撃ち出す。だが、今回の作戦は別だ」

 オーメスはヴェルヌの書いた弾頭の断面図を囲むように、白い矢印を何周も書き連ねる。それは蛇のようにのたくりながら螺旋状を描く白線だ。

「弾頭を恣意的に旋条砲ライフルによって回転させんだ。そんで、飛散した金属噴流でカンパネルラの装甲を“切削”する。貫通力なんてモンは無くても良い。螺旋状の切断半径を何個か重ねて、奴の土手ッ腹にデカい穴を切り開くんだよ」

 ネッドはその言葉を継ぐように、平手と拳を打ち重ねた。

「赤吹雪の影響も考慮すりゃ、恐らく噴流の軌跡は正円にはならないだろうからな。どの道何発もブチ込む必要がある――それに、内部の雪花鉱を狙うなら窓が大きい方が好都合だ」

 ヴェルヌはネッドの見解に頷いた。

 カンパネルラの能力規模はあまりにも強大だ。

 凍弩や凍槍による破壊など、まるで意にも介さないだろう。

 この場の全員が理解している。洋上という、物資と人員が限られた状態で栄光個体カンパネルラを撃破するには、艦砲射撃での破壊しか道は残されていない。

「でも、一つ気がかりなことがあります。多分、おれも戦ってないと解らなかったんですけど……」

 そう声を潜めて、ヴェルヌは弾頭の先――オーメスが書き加えた渦巻の先に、さらに曲線を何本か添えた。白線は、噴流の飛散軌道に真っ向から逆らうような軌跡で引かれている。

「これは……まさか」

 オーメスの声がわずかに固さを帯びる。

「ヴェルヌ君は、カンパネルラが――逆位相の波形を再現して、金属噴流を相殺する可能性があると言いたいのかな?」

 ヴェルヌは頷き、緊張した面持ちで続ける。

「……栄光個体が、元が人間だったとして――その異能を引き継いだとして」


 ――僕はきみのそう言うところが好きなんだ。

 ――きみは物語のなかの英雄みたいだから。


「人間だった頃の経験や記憶は、どこに行ったんでしょう?」


 散華のガリア。

 アラスカにおいて英雄エカチェリーナを地に臥せしめた栄光の個体は、明確に人間の武器である凍弩の扱いや絶縁体の概念を理解していた。

 それが氷惨の本能に基づく攻撃行動などではなく、

 “単なる人間の記憶”による思考だったとするならば?


 ……彼らはヴェルヌたちと同じように、

 感じ、考え、何かを成し遂げるために戦っていたのだろうか?


「カンパネルラの砲撃能力は異常です。超長距離大陸間砲撃と、個人への偏差射撃、艦隊への制圧射撃……その全てが、凄まじい精度で行われている」

 

 ヴェルヌを礫じみて打ち据えた、拡散する質量砲弾。

 宙に撃ち出された金属塊を、砲撃によって砕いて降り注がせる。

 今となっては容易に想像できる――あれは、

 カンパネルラにとっての『散弾』だったのだ。


「つまり……カンパネルラの“生前”は、射手だったのかも知れない、と?」

「はい。恐らく、弾種の概念があるのはそのためだと思います。そして」

 かつ、と、ヴェルヌは白墨で黒板を叩いた。

「事実として、あいつには特定の『波』のようなものを受信・操作する能力がある……アラスカを射撃した時のGPSにしてもそうですし、多分流体金属も『波』を使って動かしてるんじゃないでしょうか。マックスウェルの論文で呼んだことがあるんです、電磁場と電磁波には密接な関係が――」

「マゼンテ大先生じゃあるまいし、科学の講義は止せよ。要はカンパネルラにはHEAT弾の構造が看破・対策されるかもって話だろ?」

「ネモに会えたら言っときますからね、それ」

 ヴェルヌは不服そうに唇を尖らせる。

「マゼンテ大先生っつってたのはネモの野郎だぞ! ……まァ、不可能な話じゃねェな。俺くらいになると弾速と射線でその弾頭の種類と用途は大体見分けられる」

「……見栄張ってませんか?」

「……五割方は見分けられる」

「全然あてにならないじゃないか! コインの表と裏でしょそれ!」

「何だとコラ! アラスカを救った英雄様に逆らうのかよ、ヴェルヌ!」

「ネッドさん! 恥はないんですか!? アンタに!」

 ヴェルヌは思わず弾かれたように叫んだが、

「ともかく装甲を捩じって金属噴流に対抗されるなら打つ手がねェぞ。何か策はあンのか」

 ネッドが忌々し気に吐き捨てると、ヴェルヌは息を吐き……

 そうして、にやりと笑った。

 ジュール・ヴェルヌを知る者が見れば、百人が百人『らしくない』と答えるような――ある種のふてぶてしい笑みだ。

「……君がそんな顔するなんて珍しいね。何か良いことでもあったのかい?」

 オーメスがくつくつと笑って訊く。

 その応えに、ヴェルヌも片手を上げ、おどけたように唇を曲げた。

「ありますよ。カンパネルラを倒す手段――それに」

 その手は、首に提げた短凍刃にそっと添えられる。

 

「これからカンパネルラを倒すんだから、こういう顔でいい」


 虚構はりぼての英雄は、不敵に笑う。

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氷海のヴェルヌ カムリ @KOUKING

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