第3話変人はどっちだ?
言葉を区切り、息継ぎしてから友春が俺を見据えて口を開いた。
「亮にだってあるだろ? 他のヤツにまったく理解してもらえなくても、好きで好きでたまらないってものが」
「あーそうだな……」
俺は頬を掻きながら頭を働かせる。
好きなこと――ダチとつるむのは楽しいと思うが、すごい好きかと言えばそうじゃない。一人で過ごすことも嫌いじゃないし、誘われたら遊びに行くが、自分から遊びに誘うことはしない。
目の前にある酒や鶏の唐揚げも、家でおふくろが作るカレーも、あれば喜んで食べるが、なくても別に構わない。腹が減った時、胃に入れられる物ならなんでもいい。
カラオケ行ったり、マンガ読んだり、ゲームやネットをやっても、のめり込んだことはなかったな。カラオケは付き合い程度だし、本は立ち読みで済ませるだけで金払ってまで買いたいと思わねぇし、ゲームとかは単なるヒマつぶしだし。
好きな子は今のところいない。かわいいと思う子はいるけれど、付き合いたいとまでは思わない。
考えて、考えて、やっと出てきた答えは――
「……ない」
俺のかすれたつぶやきに、友春が目を見開いた。
「はぁ? 冗談言うなよ。オレがこんだけ熱く語ってんのに、亮は言わないなんて……もったいぶりやがって」
「冗談じゃなくて本当にないんだ、好きで好きでしょうがないってことがな。俺、小さい頃からあんまり執着心なかったから。ちょっと気に入ったオモチャとか壊れても、新しいのを買えばいいって思ってたし」
よくよく思い返してみれば、俺って人だろうが物だろうが、来るもの拒まず、去るもの追わずっていう感じなんだよな。自分から進んで手に入れたがらないっつーか。
自分がこんなに淡白な人間だとは思わなかったが……だからどうした。なにが悪い。
開き直った俺は、腕を組んで胸を張った。
「俺に言わせれば、好きなものに熱上げて浮かれてるヤツってさ、横から見てると怖いんだよ。目が血走ってて周りがなんにも見えなくなっててさ」
ちょっと酔って口が軽くなってるのか、思ったことが次々と出てくる。言い過ぎかな? と思っていてもブレーキがきかない。
「どうしても俺にはそれが狂ってるように見えちまう。そう思ったら引くし、絶対にこうはならねぇって本気で考えちゃうね」
俺の熱弁を聞いて、友春は目を細めて大きく唸った。
「そんなに引くことか? そういうヤツってオレは付き合ってて面白ぇと思うぞ。別にソイツの好きなものにハマるワケじゃねーけど、オレの知らないこととか絶対に思いつかない発想とか、話聞くだけでも楽しいぜ」
「確かに面白い時もある。それは認める。けど、心ん中でスゲーって思いながら、あんまり深入りしたくないから距離取るな」
本音を口に出していくと、今まで疎遠になった友人たちが頭によぎる。そういえば、どいつも自分の趣味や好みを押しつけてくるタイプだったな。で、俺が断り続けて「ノリの悪いヤツ」って思われて、関係が自然消滅していったんだよな。
俺、友春とはどうなるんだ?
そんなことを思っていると、友春がわざとらしく泣き真似をしてきた。
「つまりオレが隙間に夢中になってんの見て、今まさに引いてる最中か? そんでもって友達やめるってか? うわー、マジでヘコむ」
いや、隙間を熱く語られたら、俺じゃなくても引くぞ。
心の中で冷静にツッコんでから、俺は苦笑した。
「好きなものにハマってるだけなら、別に友達やめたりしねーって。お前が俺に隙間好きになれって迫ってきたら話は別だけどな。ソッコーで逃げる」
「つまり亮と友達やめたい時、そういうことすれば縁が切れるってことか。分かった、覚えとく」
口端を上げて友春がニヤリと笑う。心なしか弱点を握られたような気がして面白くない。
俺はヤケになって残りのカシスソーダを一気に飲み干す。さっさと酔っぱらって、今日のやり取りを忘れたかった。
「オレのおごりなんだから、今日だけは隙間を語らせてもらうぞ。引いてもいいから、しっかり聴いておけよ」
そう言って友春は店員に声をかけて、カンパリソーダを注文する。俺も続いて芋焼酎のロックと枝豆などのおつまみ数点を頼む。
店員が注文を受けて立ち去った後、友春が声を弾ませた。
「ふすまの隙間に気づいてからな、ずっと毎日が楽しいんだよ。新しい隙間見つけて触ると、すっげー幸せ。今まで生きてきた中で、こんな気分になったの初めてなんだって。もう、生きてるって感じ?」
友春、本当に隙間が好きなんだな。酒に酔ってわずかに充血した目が、キラキラ輝いてる。さっぱり理解できないが、見るからに幸せそうだとは思う。無防備すぎて世の中の嫌なことを見ずに済むような、そんなおめでたさを感じる。
少し羨ましいとは思うけれど、だからといって隙間好きになる気はまったくないけどな。
俺は次に運ばれる酒と料理のために、空いた皿を積み重ね、コップと共にテーブルの隅へと置いた。
すると友春は積み上げた皿に顔を近づけ、にんまりとしながら眺めて、指を上下に動かしてなぞり始めた。確かに皿と皿との間にあるのも隙間だ。
ここまで徹底してハマってる姿を見せつけられたら、もう俺と同じ人間とは思えない。外国人みたいだなんてまだ甘い。宇宙人とかUMAとか、別次元の動物に見えてくる。
「友春の変人っぷりにはついてけねーよ」
ため息と一緒に出た俺のぼやきを聞いて、友春は頭を上げて俺を見ると、低い声でつぶやいた。
「オレ、好きなもんに夢中になったことがないっていうお前のほうが変人だと思う」
まさかここで反撃されるとは。
俺のほうが変人だって? そんな訳あるか! 人に聞いたら全員が友春のほうが変人だって言うハズだ。
しばらく俺たちが無言で睨み合っていると、
「お待たせしましたー。カンパリソーダのお客様はー?」
間延びした店員の声が、俺たちの間に割り込む。
友春は手を挙げてグラスを受け取ると、店員が離れてからニコニコする。そうして再び隙間について、友春は延々と語り続けた。
俺は適当に相槌を打ちながら、「俺のどこが変人だ」と心の中で何度もつぶやいた。
スキマニア 天岸あおい @amano-aogi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます