第2話違いが分からないんだけれど……

「コレのどこが面白いんだ? 探せばどこにでもある、ありふれた物だろう」


「フッフッ、分かってねーなあ。人間と同じで、隙間にも全く同じ物はねぇんだよ。一体どうやって生まれたのか、どんな過去があるか……考えるだけでワクワクする」


 言い終わってから、友春はグラスに半分ほど残っていたウーロンハイを一気に飲み干す。隙間を熱く語り出したこともあってか、あっという間に友春の顔が赤くなる。不敵に笑いながら俺を見てくる挑発的な目が怖い。


「それにさ、ここの床って丁度よく板と板のつなぎ目が隙間になってんだろ? これを指でなでると、指先に隙間の感触が伝わって気持ちいいんだよなー」


 友春は鼻歌交じりで床の隙間に、何度も人差し指を這わせる。猫の喉をなでるような動きを見ていると、なんだか俺の背中がかゆくなってくる。


 と、急に友春が指をとめ、少し身を乗り出して床を見た。俺も体を傾けて友春の視線の先を追うと、そこには横方向にまっすぐ伸びている床の隙間の途中に、半円の穴があった。


「へえー、たまたま木の節穴が板の継ぎ目に来たんだろうなあ。こんな特別な隙間が手元にあるなんて、今日はツイてるな」


 感慨深そうな声を出し、友春は穴に指の腹をこすりつけた。


「きっとここに座った他の客もこの穴に気づいて、手持ちぶさたな時に指でいじってただろうな。この穴を踏んづけて、靴下が引っかかったヤツもいるだろうな――って考えていくと世界が広がってくだろ。な?」


 同意を求められて、俺は即座に首を横に振る。


「……俺にはわかんねぇよ」


 正直な俺の意見に、友春は「やっぱそう言うよな」と小さくため息をこぼした。


「オレだって、ふすまの隙間に気づかなかったら、こんなコト言うヤツはイカれてると思ったぜ。でも気づいちまったら、隙間が面白くて仕方ねぇんだよ」


 そう言って友春は床にある節穴の隙間をなでたり、指を変えながら差し込んだりして楽しむ。


 コイツ、こんなに想像力が豊かとは思わなかった。っていうか、妄想激しすぎやしないか? どう考えても異常だ。


 わかってたまるか! と叫んでやりたいところだ。でも、ここで俺が否定したら、むしろ隙間のよさを伝えようとして友春の口がとまらなくなりそうな気がする。


 しょうがない。ここは友春の話に乗ってやろうか。そうすれば気が済んで話も終わるだろう。

 唇をすぼめて息をつくと、俺は頬杖をついて食べ終わった枝豆のさやを摘む。中身を食べた時にできた隙間が、ぱっくりと開いていた。


「俺はまったく興味ねぇけど、こういうのも好きなのか?」


「別に好きじゃねーよ。深みがねぇ」


 話に乗ってくると思いきや、友春の反応は冷めていた。

 床の隙間と枝豆の隙間、なにが違うんだ? 答えの見えない疑問が俺の中で回り続けて、イライラしてくる。


「一体どういう基準なんだ! どんな隙間だったらいいんだよ?」


 俺がぶっきらぼうに言うと、ようやく友春は床の隙間をいじるのをやめ、こっちに向き直った。


「そうだな……じゃあ一番近くにあるのは、亮の口ん中」


 口? 俺が目を丸くしていると、友春は「ああ」と楽しげにうなずいて、俺を指さした。


「お前の歯って、見た感じは歯並びいいけどさ、歯と歯の隙間が上下で違うんだよな。整ってるのにそうじゃないものが混じってる、っていうのが面白ぇ。それに近くで見てるから、歯と歯ぐきの隙間も見えて、一度で二度美味しいんだよな」


 つまりコイツは、俺が話したり口を開けて笑ったりしていた時に、俺の口ん中見て喜んでたのかよ! 気色悪いコト聞いたから寒気してきた。


 友春が指さした手を前へ動かす。

 さっき床の穴をいじくりまくった手だ。


 まさか……お前、触る気なのか?


 俺はブルッと体を振るわせると、手で自分の口を隠して友春を睨みつけた。


「いくら友達っつっても、野郎に指ツッコまれて口ん中いじられるのは死んでも嫌だ! そんなことしやがったら問答無用で絶交だからな」


 息巻く俺に友春はきょとんとなってから、顔をしかめて嫌悪感を惜しみなく出してきた。


「ハァ? なに言ってんだよ、そこの焼き鳥取ろうとしただけだぜ。んな汚ねぇマネできるかよ! ……亮、想像力たくましすぎ。オレ、そんな変態じゃねーし」


 信じらんねぇ。今までの話から、よく『変態じゃない』宣言できたな。触ってこなくても十分に変態の域だぞ。

 ムッとなる俺の前で、友春は自分の歯を見せた。


「亮だって、歯の間に食べカスが挟まったら、気になって何度も舌で取ろうとしねぇか? あの取れそうで取れない瞬間がいいんだよ。それをみんながやってると思ったら、たまんねぇな」


 あ、これは少しわかる気がする。俺もたまにやってる。

 でもここでうなずくと、コイツと同類になりそうな気がして「俺はやらねー」と突き放す。


 触られないとわかってホッとしたが、見られるだけでも気分は悪い。

 服の下で鳥肌が立った腕を、俺はゴシゴシとさすった。


「もう絶対にお前といる時に、口は大きく開けねーぞ。これからは他のヤツの口で楽しんでくれ」


 あからさまに不満そうな顔をして、友春は唇を尖らせる。


「別にイタズラする訳でもねぇんだから、見て楽しむぐらいならいいだろ。そんなにケチとは思わなかったぜ、亮」


「こんなこと言われたら誰だって嫌がるし、マジでお前と絶交するヤツも出てくるぞ。今のうちに忠告しとく。友達なくしたくなかったら、他のヤツに隙間の話は絶対にするなよ」


 ぶっちゃけ友春と友達っていう立場の俺も、同じ趣味を持った変人に見られるのはゴメンだ。


 納得していないのか友春は首をかしげる。が、すぐに気を取り直して「隙間見られなくなるのは嫌だから、言わないようにする」と歯を見せて笑った。さっきの話を聞いたせいで友春の歯の隙間に目が行っちまうけど、このまま見てたら隙間ワールドに引きずり込まれそうな気がする。コイツの色に染まるのは絶対に避けたい。


 俺はわずかに目を逸らして、飲みかけのカシスソーダを口にする。氷が溶けて少し薄くなったカシスがやけに酸っぱく感じた。


「はあ……今度お前のアパートに行ったら、部屋中の箱やら鍋とかのフタをずらして、隙間に出迎えられそうな気がする」


 独り言のつもりで俺がつぶやくと、友春は大げさにため息をついて「さっきから分かってないなー」と首を横に振る。


「そんな養殖された隙間、面白くもなんともねぇよ。オレが求めてんのは偶然にできる隙間。ようは天然モノ。分かる?」


「なんなんだよ、そのこだわりは。んなこと分かるワケないだろ」


 納得できずに俺は渋い顔をして見せる。ここで他の話題に切り替えればいいのに、友春は「どう言えば伝わるかなあ」と粘ってきた。


「そりゃあ自分好みの隙間を作れば、それはそれで面白ぇけどさ、達成感はあっても感動は薄いんだよな。驚きがないっつーか……思い通りにならないからこそ、その中にロマンを感じるんだよ。狙ってもできない偶然の産物なんだ。もう隙間ができてるってだけで奇跡だろ」

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