スキマニア

天岸あおい

第1話変わっちまった友人


「オレな、この間の午前の講義に行くのダルくてさ、アパートの部屋でコタツ入ってボーッとしてたんだよ。


 テレビでも観てたのかって? いやいや、そんな気分じゃなかったんだって。なんもやりたくなくってさ、コタツに足ツッコんで寝てた。んで寝返り打ったそん時にさ、押し入れのふすまが目に入ったんだよ。


 そうそう、オレの洗ってない服やら、ためにためまくった中古のDVDやらマンガが詰まった押し入れ。だいぶ洗い物たまってんだよなーって見てたらさ……気づいちまったんだ。あのアパートに住んで三年になるけどさ、今の今まで気づかなかったことをさ。


 何がって? ははっ、あのな。

 

 ふすまにさ、隙間が出来てたんだよ。

 

 ……ナニ言ってんだコイツって顔してんな。

 まあ聞けよ。押し入れのふすまをジーっと見てたらさ、上にぶつかってる所と、床にぶつかってる所が、それぞれちょっとずつ隙間の幅が違ったんだよ。


 最初は、ふーん、としか思わなかったんだけどさ、見ている内に『どうして出来たんだろう?』って隙間が気になってなあ。だってオレはこのふすまに物とかぶつけた覚えはないし、もし前に住んでたヤツがなんかやらかしていても、引っ越す時に直してるだろうしな。しかも隙間が出来てるのに、ふすまのすべりは悪くねぇし、柱いっぱいまで開けたら左右は隙間なく引っ付きやがる。でも上下は隙間ができたままなんだよ。


 考えれば考えるほど、ワケ分かんなくなってきたんだけど……こんな近くに不思議ってあるんだなーって思ったらさ、スッゲー感動しちまった。

 そうしたら、どこへ行っても隙間が目についちゃってさ、面白くてたまんねぇんだよな。

 ああ、ちょうどお前の後ろにあるヤツも――」




「お待たせしましたー。鶏の唐揚げと、山盛り大根はりはりサラダですー」


 変に語尾を伸ばした女の店員へ、友春は無愛想に「そこ置いといて」と言って目配せする。しっかり根本まで染めた金髪に、一重まぶたの鋭い目。座敷で膝を立てて座っているもんだから見た目に怖い。友人の俺から見ても、すぐにキレる要注意人物にしか見えない。


 かわいそうに、店員はビクッと身をすくませて、素早く持ってきた物をテーブルに置いて立ち去った。


 友春の話が店員に遮られて、俺の耳に他の客たちの声が入ってきた。和風造りの居酒屋には、酔っぱらいどもの笑い声や、話し声がいたる所から聞こえてくる。なにを言っているのか聞き取れないが、それでも友春の話よりは理解できる気がした。


 テーブルの端に置かれていた割り箸が入った箱を開けて、友春が何本か箸を指でスリスリしながら「これはイマイチ」「こっちはいい感じ」とつぶやく。そして二本の割り箸を取ると、自慢げな顔をして俺の分の箸を差し出す。


「亮、一番いい隙間の割り箸やるよ。ありがたく使えよ」


 いい隙間ってなんだ? 箸を受け取りはしたものの、俺は友春の奇妙な発言にあ然となって、金縛りにあったように固まった。


 割り箸を割って、友春は来たばかりの料理を皿に取る。唐揚げを半分ほど口にしてから、俺の顔を見て首をかしげた。


「どうしたんだよ亮? さっきからずーっと変な顔してんな。風邪でも引いてんのか?」


「風邪じゃねぇけど、マジで頭痛くなってきた。珍しくお前が『おごるから飲みに行こうぜ』って言うから、なんか企んでやがるとは思ってたけどな……まさかこんなワケ分からんこと聞かされるとは思わなかった」


 俺はテーブルに両腕を置いてうなだれると、盛大にため息をついた。


 友春のヤツと知り合ったのは三年前。大学のサークルに入ったばかりの頃、新歓コンパでたまたま席が隣になって仲よくなった。俺は黒髪で周りから「真面目そう」と思われてるせいか、友春と友達だと言うと例外なく驚かれる。


 見た目は怖いが、話してみると意外に人懐っこい性格だし、俺が思いつかないようなことばっかり言うから、次の行動が読めないコイツと一緒にいて飽きることがない。


 飽きはこないが、今回ばかりは頭が混乱する。

 なんだよ、隙間って!

 そう叫びたい気持ちをグッとこらえて、俺は振り返って後ろに目をやる。


 そこには席を仕切る木の衝立があった。

 均等に板を張り付けて作られている衝立には、中央から右よりの板に一か所だけ縦に亀裂が走っている。ただ、照明が暗いからあまり目立たなくなっているせいで、意識しなければ店を出るまで気づかないような隙間だ。


 ったく、なんて物にハマってんだよ。あーさっきから眉間に皺が寄って痛ぇ。

 衝立の隙間を指さしながら、俺は友春に向き直った。

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