第3話
騎士という存在を知ったのは、アレクシアと出会って一か月が経った頃だった。
ラニア王国の男女はまず、騎士のような生き方を刷り込まれるらしい。
何時ぞやか、アレクシアが誇らしげにこう述べた。
『ラニア王国の騎士は悪に恐れを抱かず、また弱き民の友であることが大事だ。国王は言葉によって国を安泰へと導くが、その国王の手足となるのがラニアの騎士だ。ラニアの騎士は国王の夢であり、誰よりも力強く。――そして信頼に足る主君のために戦う戦士だ』
胸を大きく膨らませ、アレクシアは騎士というものをそう語った。
森の世界を。夜の世界を。月明かりで照らされた森の道を進むロボットは思案する。いつからだろう。――そのロボットは森の中で思う。
その騎士になりたいと思ったのは。
「――ッ!」
その時であった。閃光と呼ばれる鋭い輝きが闇夜から生まれ、ラッセルの体に鋭い傷を付けた。しかも閃光は無数と言える程の量だ。
まさにそれは――光の槍と言えるだろう。
「――甘く見るな!」
ラッセルは背負っている大型の槍を前に構えると、背中のホバーシステムを点火。
敵に目掛けて突貫行動を行った。先端が高速回転する特別性の槍を構え、一直線に進む姿はまさに『騎兵』そのもの。風を切り、閃光を跳ね除けた先にあるのは武器を構えた同じ人型巨大ロボット。
ラッセルの突貫は敵ロボットの心臓部を貫いた。
彼の一撃を受けたロボットはそのまま地面に叩きつけられ、高速回転するドリルによって胴体を破壊。小さな誘爆を起こした。
「――まずは、一機ッ!」
先手を打ってきた敵を地獄に突き落としたラッセルは、そう高らかに叫び声を上げた。直後。彼のかたき討ちと言わんばかりに閃光があらゆる方向から飛んできた。
ラッセルは槍を持ちかえ、閃光を放つ敵ロボットに突貫しては一機ずつ破壊する。
しかし、四機目を破壊したところで限界が舞い降りた。左腕が爆発したのだ。
その爆発の衝撃でラッセルは体制を崩し、倒れそうになってしまう。
「――まだだ! まだ終わりはしない!」
されど、槍を地面に突き立ててなんとか堪える。周囲を見回し、彼は敵の数を把握しながら。
「ラッセルは姫様の騎士。平和を実現するお方の剣だ! こんなところで終わるわけには行かない! お前達を倒し――姫様の平和を守る!」
近くにいる一機に向け、ラニアの騎士は突撃を開始する。そして、その騎士は迎える。そう。とてもとても長い夜を。目的を果たすまで倒れることは許されない――夜を。それでも彼は、止まることはなかった。
なぜなら彼は迷い続けたラッセルではないからだ。
そこにいるのは、アレクシア・ラニア・マクネイルの友であり。
「――ラッセルはこのラニア王国の女王。アレクシア・ラニア・マクネイル様の騎士だ!」
後世の者に語り継がれる――伝説の騎士であったのだ。
☆☆☆☆☆
あれから、いくつもの月日が過ぎた。しかし、その言葉では許されない出来事が起きていた。アレクシアがアトリウムによって襲撃、誘拐された事件はラニア王国内で大きな波紋を生み。
この事件を契機に第一王女のベアトリス・ラニア・マクネイルが兵を起こした。王国内では彼女に付き従う領主や民。兵や商人が数多く出現し、国内は混乱を極めた。
しかし、アレクシアもやられっぱなしではなかった。
彼女はすぐに信頼できる有力者達に協力を仰ぎ『国王軍』の名の下、ベアトリス側に付いた領地へと攻め込んだ。その進軍速度は並大抵のものではなかった。
彼らは知らなかったのだ。
平和を愛する王女が、平和を愛するために誰よりも努力を行い。
誰よりも武力や政治に長け。誰よりも仁徳に満ちた女王であったとは。
そうしてアレクシアとベアトリスの戦争は一年に渡って続き、最終的にベアトリスが降伏。
ベアトリスとアトリウムは処刑。
ベアトリス側に付いていた有力者達には罰が与えられた。
そうして、ラニア王国の内乱は決着した。しかし、問題はそこからであった。
王族同士の戦争によって国内は荒れ果ててしまったのだ。
しかし、そんな状況下で国家に大きな光を示したのも――アレクシアだった。
彼女は数多くの問題点に関して友好的な解決案を生み出し続けた。
いや、正確には彼女の側にいた側近達がアイデアを出していたのだが、アレクシアは有力的な案は片っ端から採用。王国が安泰するのであればどんな案であれ利用した。その結果、王国は内乱から復興を果たした。
「……ここに来るのに、ここまでかかるとはな」
そして、ラニア女王は六年ぶりにその地に足を踏み入れることになった。
緑豊かな静かな森。王都の近くにあるラッセルの森と呼ばれる地。
その森の片隅では、この時代ではありえない材質でできた超文明の遺物達が散乱している。
真不思議なのはその遺物達は巨大で、人間の四肢と似た姿形をしていることだ。
四肢が千切れた者。胴だけ損傷のある者。頭部のない者。仰向け。うつ伏せ。
様々な状態で死した、過去の遺物達が永遠の眠りに付いている。
ロボットと呼ばれる――人類が生み出した存在達。
その中で、たった一体だけ綺麗な状態を残したロボットがいた。とは言え。
他のロボットに比べれば綺麗と言えるだけだ。
左腕と右足が欠け、崖に背中を預けて尻餅を付いたまま動かないこのロボットこそ――ラニア女王が探していた騎士であった。
「…………ラッセル」
探し続けていた友を見つけた女王は、ゆっくりと友の亡骸へと近づいた。
すると、彼女の護衛をしている騎士が女王の前に立つ。
「陛下。機械族は危険です。いつ動き出すか」
「良い。この者は我が友だ。そう警戒するな。……それに、もう起きることはない」
護衛の騎士を、女王はそう諌めた。
悲しげな瞳を浮かべる女王は亡き友の体に触れる。
「……酷いではないか。私を勝手に閉じ込め、しまいにはそのような姿でいるとは」
目に涙を貯め、女王は六年ぶりに再会した友の姿をしっかりと見据えた。
体をぐったりとしたまま動かぬ友の肉体の側には、彼が愛した小鳥達の姿がある。
その様子はまさに、戦いを終えた者だけが得られる静かな時間そのものだ。
「友よ。貴様のおかげで私は憂いなく姉上と戦うことができた。貴様のおかげだ。貴様のおかげで、この世界にいた機械族は皆消え去った。貴様の、貴様のおかげだ。貴様のおかげで――私達は自分の道を歩めているのだ」
ラニア女王は訴えるように、亡き友の功績を語った。
そう。この騎士が全ての敵を。全ての脅威を薙ぎ払ったのだ。
もはや前時代の遺物に恐れることはない。
過去の超文明というパワーブレイカ―はないのだ。
「……友よ。愛しい我が騎士よ。お前に伝えておきたいことがあるのだ」
ラニア女王は涙に崩れた顔を、亡き友の体に押し当てた。
「……ありがとう。我が騎士よ。世界で一番優しい、騎士。お前は、私の誇りだ」
ラニア女王は友に感謝の言葉を送り、静かに涙を流した。
それが、ラニア女王が唯一見せた涙であった。そこから先の五〇年間、ラニア王国の女王。アレクシア・ラニア・マクネイルは他者の前で涙を見せなかったという。
穏やかな風がラッセルの森で静かに吹いた。ラニア女王の騎士の亡骸は、どこか笑っているような綺麗な笑みをしたまま、世界を見つめていた。
私の優しい騎士の名は 神崎裕一 @kanzaki85
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