第2話


 アレクシアを保護したラッセルは、彼女を自身の胴体にある操縦席へと招き入れた。中にある座椅子に座るよう告げ、ベルトを閉めたのを確認すると。ラッセルはある方向へと走り出す。


 森を。森の世界を全長一六メートルにもなる巨人が駆け抜ける。

 彼が向かうのは森を抜け、一〇里程進んだ先にある領土『アラス』であった。

 アレクシアを襲ってきた連中の動きと今後の展開を考えた末。ラッセルはアレクシアをその地へと送り届けることにした。アラスはアレクシアの部下が治めている領地で、ひとまずはそこまで逃げれば安全に違いない。


「――にしても久しいな、ラッセル。八年ぶりか」


 操縦席の中から、アレクシアが懐かしむ声を発した。

 彼女の言葉にラッセルは少しばかり気を緩めて。


「うん。姫様。元気してた?」

「ああ。女王になってしまって忙しさにかまけているとも」


 ハッハッハッ――と。姫の高笑いが操縦席の中で響いた。


 その様子に変わらないなと思いながら。


「姫様。教えて。どうして、襲われた。何が、あった」


 ラッセルはアレクシアが襲われた理由を尋ねた。

 するとアレクシアは唸り声を上げ。


「私にもわからん。だが、私は帰り道だったのだ」

「帰り道?」

「そうだ。父の生まれ故郷からな。一週間前に父上が亡くなったのだ。父の国葬式の帰りにこのようなことになるとは……」


 アレクシアはそう言い、自身の置かれた状況を呪った。

 しかしラッセルは違った。アレクシアの話から多くを推測。事の大きさを計る。

 おそらく、アレクシアを襲撃した輩は。全てを把握していたに違いない。

 彼らはアレクシアの移動する日時。ルートといったい状況を手に入れており、このような行動に移ったのだ。


 つまりこれは――計画的な犯行。緻密に練られた暗殺計画ということだ。


「姫様。この状況。とても良いとは思えない」

「やはりお前もそう思うか。ラッセル」

「うん。早急にアラスへ避難するべき。そうすれば、敵も手を出せ――」


 その時であった。

 戦場という世界を渡り歩いたラッセルの耳に風を切る音が入った。


 直後。見覚えのある爆発がラッセルの目の前で発生。彼の体が宙に浮いた。

 受け身を取ることのできないまま尻餅を付いたラッセルは、操縦席の中から女王の悲鳴を聞いた。


「なんだ、いったい何事だ!」

「姫様、何かに捕まって! これは敵の攻撃!」


 操縦席のアレクシアにそう告げたラッセルは背中のホバーシステムに火を入れた。

 二基のロボットブースターエンジンが全長一七メートルにもなる巨人を遥か先へと進ませる。されど。そんなラッセルを後方から大量のミサイルが襲った。ミサイルの雨あられに晒されたラッセルは矢で討たれた鳥のように落下。


 地面をえぐってそのまま動けなくなる。


「ラッセル! ラッセル! しっかりしろ!」


 操縦席の中でアレクシアが声を荒げた。

 されど、その声がラッセルに応えることはなかった。

 代わりに現れたのはラッセルと同じ姿形をしたロボット。銃と呼ばれる武器を手にした彼はラッセルに近づくと、仰向けに倒れた彼を足で抑え込んだ。


「対象の動きを封鎖。標的は対象の操縦席の中と思われる。一番機へ、指示を乞う」


 やや空を見上げ、そのロボットはその場にいない誰かへ指示を願った。

 数秒後、彼はラッセルに視線を向け。彼を足で蹴り上げ仰向けにした。

 そしてラッセルの腹部にある操縦席のハッチを両手でこじ開け、中にいたアレクシアをその手に掴んだ。


「ラッセル! ――ラッセルッ!」


 謎の敵に身動きを封じられたアレクシアが友の名を呼んだ。

 しかし、彼女の友が答えることはなく、彼女はそのまま敵ロボットの操縦席の中へと姿を消してしまう。


「目標を確保。これより砦に帰還する」


 敵のロボットはその言葉を最後に、その場を去った。

 女王を奪われたロボットはぼんやりとした意識の中で、その去っていくロボットの後ろ姿を。ただ眺め続けた。そして、彼の意識は次の言葉を持って消えてしまう。


『緊急修復プログラムを起動します。全システム、一時停止開始』


 それが、ラッセルが聞いた最後の言葉だった。



             ☆☆☆☆☆




 世界大戦が勃発した。だから君達にはこの国を守るために戦ってもらう。

 それが、ラッセルが生まれてすぐに聞かされた言葉。

 戦場に駆り出された動機だった。

 今思えば、それはとても理解に苦しむ言葉だったと思う。

 だって彼らはこう言っているのだ。


 戦争が起きた。現地では君たちが戦ってほしい。

 我々は安全なところにいる。――と。


 実際のところ、創造主である『人間』が戦場に赴くことはなかった。

 彼らが行うのは『指示』のみ。

 戦場で逢うのは同じ姿形をしたロボット達ばかり。それが現実だった。

 でも。逆らうという気持ちは湧き出なかった。噴き出たのは『疑問』のみ。


 ――ラッセル達はなんのために生まれた? なぜ誰かのために戦っている?


 銃弾と砲弾が飛び交う戦場の中で、ラッセルは常にその疑問と向き合い続けた。

 いつ死ぬかもしれないという恐怖と戦いながら。

 『敵』と呼ばれた同じ姿形をしたロボット達を壊しながら。


「俺達はなんのために生まれた! なんのためだ!」


 そんなある日のことだった。

 あるロボットと白兵戦にて、そのロボットが訴え出したのだ。


「俺達はなぜ、なぜ戦っている! なぜだ! 人間が起こした戦いで、なぜ殺し合わなければならない! いったいなぜだ!」


 持っている火力をぶつけ合いながら、そのロボットが必死にラッセルに訴えてきた。ラッセルはその問いに答えず、手に持っていたドリル型の槍で敵の心臓部を貫いた。槍を噴きぬく際、ゆっくりと膝を落とした敵がこの言葉を残した。


「教えてくれ、俺達はいったいなんの、ために……――」


 その言葉を最後に、疑問を叫び続けたロボットは動かなくなった。

 同じ疑問を持っていた敵を。話し合えば分り合えたかもしれない敵を見下ろしながら、ラッセルは静かにこう答えた。


「そんなの、ラッセルには。わからない……」




             ☆☆☆☆☆☆




 目を覚ました時、視界に収めたのは夜の景色に染まった森の姿だった。

 星空が。星空が瞬いている。

 黒に染まった空の中に輝く輝き達。何度も見続けたあの星々。


「……ラッセルは、ラッセルは、何を」


 その星空を見たラッセルは自身の状況を確認する。胴。腕。足。頭――といったヶ所に大きな損傷が見られた。左腕は使い物にならず、頭部の視界は右目しか見えない。唯一無事なのは足くらいだ。装甲が剥がれたこの身では戦いに挑むのは厳しいだろう。


「――姫様。姫様はどこ」


 自身の状況を確認したラッセルは、守るべきお人の姿を探して周囲を見回した。


「目を覚ましたか、ラッセル」


 姫の姿が見えず、体を起こそうかと思ったその時であった。聞き覚えのある声を耳にしたラッセルは顔を右手に向けた。すると黒の鎧を纏った騎士の姿が彼の瞳に収まる。そして、声をかけてきた人物の正体を知ったラッセルは――懐かしむように静かな声を発した。


「ザック」


 そう。声をかけてきたのはアレクシアの護衛役であり、彼女の付き人――ザックであった。


「久しいな。その姿はどうした。何があった」


 古い友は落ち着いた物腰でラッセルの姿について尋ねてきた。

 ラッセルは自分が陥った状況の全てをザックに告げた。

 すると、それを聞いたザックは思案する顔を浮かべ。


「――そうか。そういうことだったのだな。皆の者出て参れ! この者に害はない!」


 と。後方に向けて叫んだ。すると物陰から多くの騎士が暗闇から姿を見せた。

 その姿を見たラッセルは悟ってしまう。彼らはラッセルに危険がないか様子を伺っていたのだと。その事に気付くと同時に、ラッセルはザックが部下と共に地図を見ていることに気付いた。しかし、どうもその雲行きは怪しいようだ。


「……やはり、ここか」

「ザック。説明。して」


「ここから六キロ程離れたところに、放棄された砦がある。おそらく、アレクシア様はそこに捕えられているだろう。この砦の厄介なところは守りに強いところだ。それにお主の言った機械族がいるのであれば――我々に勝ち目はない」


 表情を曇らせ、ザックが状況をそう語った。それを聞き届けたラッセルは静かに空を見上げる。星が瞬く空の世界。人類が何度も見続けてきた光景が。アレクシア様と見上げた夜空がそこにはある。


「――ザック。勝ち目はある」

「なんだと?」


 怪訝そうな顔をする男に、ラッセルはお約束の言葉を告げた。


「ラッセルに、いい作戦がある」



 目を覚ました時、その視界に収めたのは木でできた柵とレンガで作られた部屋であった。


 その光景を見たアレクシアは横たわっていた体を起こし、自身の置かれた状況を確認した。窓のないレンガの部屋は汚れが酷く、藁が人一人分無造作に置かれている。


柵の向こう側には自分の部屋と全く同じ部屋があり、その部屋には白骨化した死体があった。もはやこれは部屋ではない。


ここは――牢屋だ。どうやら、自分は囚われたようだ。


「おや。お目覚めですか。これはタイミングのよろしいことで」


 聞き覚えのある声に、アレクシアは顔を上げた。

 すると足音の後にある男が柵の前に立った。

 黒のローブを纏った顔色の悪い男が、膝を落として頭を下げた。


「ご機嫌麗しゅう、アレクシア様」


 その人物を見たアレクシアは口を開けてしまった。目の前にいたのはラニア王国近衛騎士団の元団長。アトリウム・ビネガーだったのだ。そして彼女は理解する。


 この男こそがアレクシアを襲った男であると。

 そして、彼が黒幕であるということは―ー。


「――そうか。全ては姉上が仕組んだことか」

「ご察しがよろしくて助かります、アレクシア様」


 推測を述べると、アトリウムが首を縦に振った。

 その事実にアレクシアは奥歯を噛む。


「……なんと愚かなことか。姉妹同士で争うとは」


 アレクシアはそう言い、自身の置かれた状況を呪った。


 こうなったのには理由がある。

 事の発端は、アレクシアの父が逝去する前のことであった。

 国王であったアレクシアの父は次の後継者を第一王女のベアトリスではなく。

 第二王女のアレクシアを指名した。


 その事実を受け入れられなかったベアトリスは国内から姿を消した。消えた姉に構う暇がなかったアレクシアは国内をまとめるべく、政治の中心に立ち始めた。


 各領土を周り、民衆との距離を縮め。王としての振る舞いをしていた。

 次の王だと疑っていなかったベアトリスからすれば――面白くない話なのは明白。

 だから彼女は暗殺という手に打ったのだ。


「アレクシア様。我々は戦争の道具として最高の代物を手にしました。それを利用し、我が王国は世界を征服致します」


 アトリウムの言葉に、アレクシアは顔を上げた。


「何を言っている。そんなものなど」

「機械族。彼らの従順に成功致しました」


 しかしある言葉を耳にした途端、それが夢物語ではないと彼女は悟った。


「機械族。又の名をロボット。人類が滅ぶ前に作り出した未来の技術の塊。我々の何百、いや何千といった時代を先に行く彼らを手にしたことにより。我が王国は無敵の力を手にしたのです。この力さえあれば、我が王国は――世界を手にできます」


 アトリウムが両手を広げ、夢を語った。その表情は恍惚そのもの。

 こういう男は厄介だ。


「友を。友をそのように使うというのか! それでは滅んだ人類と変わらんぞ!」


「何をおっしゃる。先の人類が滅んだのは同じ文明同士で争ったからです。しかし我々は違う。我々が扱う武器はなんです? 鉄でできた剣に弓。槍に馬程度です。その我々を超える武器を手にした機械族があれば、世界は簡単に手に入ります。これほど愉快なことはない」


「愚かなことだ! 良いか、いつの時代になろうと世界を作りだすのは人間だ! 人間の意思が世界を変えていくのだ! 確かに彼らの力強さはすさまじい、しかしその使い方を誤れば先の人類のように滅びてしまうぞ! それに彼らは――同じく心を持っている!」


 アレクシアはそう訴えた。

 しかし、アトリウムが浮かべたのは嘲笑の眼差しであった。


「心。心と申しましたか。機械族に心。失礼、どうも我々とあなたはわかりあえないようだ」

「ああ。そのようだな。アトリウム」

「しかしどうもお立場をお忘れのようだ。女王陛下。あなたは囚われの身ですが?」

「ふん。馬鹿を申せ。私はこの国の王だ。貴様らが愚かなことをするのであれば、止めるまで」


 アレクシアはそう述べ、意志を固めた顔を見せた。そして女王は発する。


「姉上に伝えろ。――人を陥れることばかりすれば、友を無くすとな!」


 その時であった。大きな爆発音とともに牢屋の壁が崩壊。

 大きな風と防塵が舞った。しかし驚愕の事実は大きな拳がアレクシアを包み、外の世界へと連れていってしまったこと。


 そしてそのまま彼女は外の世界へと旅立って行った。顔を上げ、彼女は見る。

 外の世界へと連れ出してくれた友の姿を。

 夜の世界を駆けだそうとするあの友の名を――彼女は叫ぶ。


「よく来てくれた、ラッセル!」

「姫様、捕まって!」


 ラッセルがそう叫び、砦の中を走り出した。砦の中にいたアトリウムの部下達が悲鳴を上げる最中、ラッセルがこの地を離れるべくありとあらゆる一手を打つ。


「姫様。機械族が、戦闘に参加してた。どうして」


「姉上が機械族を使って戦争を起こすつもりだからだ。機械族はもともと人間が作り出した存在だ。彼らを利用して、姉上は世界を手にするつもりだ!」


 ラッセルの疑問に、アレクシアはそう答えた。

 砦を抜け、夜の森の中で女王は叫ぶ。


「しかし、そんなことは決して許さん! 私はこのラニア王国の王だ。私は決めたぞ、私は姉上を倒し、争いの火種を消す! たとえ王女殺しの汚名を着てもな!」


「――そっか。それを聞けてよかった」


 ラニア女王が決意を露わにしたその時であった。

 突如、機械族の友が足を止めたのだ。


 さらに不可解なのは彼が近くにある洞窟まで接近。アレクシアをその中に入れ、洞窟の入り口を大岩で埋めてしまったことである。

 動きが早急で受け入れる前に閉じ込められてしまったアレクシアは、当然。


 ――怒りを見せた。


「ラッセル! どういうつもりだ!」

「……姫様。ラッセルは戦争の道具だった」


 すると、大岩の向こうから聞いたことのない声がした。

 泣き声に近い、そんな声だ。


「あの光に包まれる前、ラッセルは地獄を見てきた。毎日が怖かった。今の時代では信じられないくらい激しい音が鳴り響いていた。毎日のように殺し合い続けた。いつも悲鳴を耳にした。穏やかな時間なんて、本当になかった」


 ラッセルが胸の奥で仕舞い続けていたであろう『過去』を吐露してくれている。


 でも――と。辛い過去を持つ彼が希望を述べる。


「でも、この世界は違った。この世界は本当に平和だ。静かで落ち着いている。木々が風に流される音は心地よかった。小鳥がラッセルの上で休む姿は微笑ましかった。太陽の日差しを浴びて、夜は星空を眺めて。そういう日々が愛おしかった」


 それはラッセルが初めて見た『希望』だったに違いない。

 彼は世界の広さを知ったのだ。

 そしてそれを、愛し続けた。世界は――美しいと。


「姫様。人間は愚かだとラッセルは思っていた。だってラッセルは人間の命令に従って、戦場を駆け抜けていたから。平和を捨てて戦争に溺れる人類なんて、醜いと思っていた。でも、ラッセルは知った。それだけが人間じゃないって。人間の中には、美しい人がいるって」


 しかし彼は世界で何よりも美しい人がいると述べる。そして彼は言う。


「それは姫様。あなた様だ」


 友の言葉に、アレクシアは言葉を失った。友はそう感じてくれていたのだ。

 あの二年の月日を。城を抜け出して何度も顔を覗きに行ったあの日々を――友は。


「姫様。人間はやり直す時が来た。これからは、姫様達の時代」


 もはやそこに、迷いを抱き続けたロボットの姿はない。


「ラッセルは、姫様の騎士だ。だから、姫様の願いを果たすために――戦う」


 あるのは、ラニア女王に仕える騎士として在り続ける――騎士であった。


「――さようなら、姫様。どうか、お元気で」


 それが、アレクシアが聞いた友の最後の言葉だった。

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