第26話 ナヲエ・サラシナ

タムラ達の住む屋敷か東に五里。

市街地から少し離れたところにある小高い丘の上に、城壁に囲まれた場所があった。


『アマテリア皇国陸軍 第七師団駐屯地』


―――この地方を管轄する陸軍の施設である。


戦時中は、皇海のはるか向こう、北方の帝国からの侵攻を防ぐための防衛ラインとして機能していたが、戦後は主にリュウト地方の治安維持・警備を任務としている。


銃剣で武装した門番。

欧州から取り寄せた最新型の大砲や重火器。


終戦から2年たった今でも物々しい雰囲気が保たれていた。


基地内の一角、雪の積もったグラウンドには、十数名の士官が整列していた。

・・・と、そこに、彼らよりも一回り背の低い一人の少女。

下ろしたての軍服を着、艶のあるおかっぱの髪を揺らし、壇上に駆け上がった。

そして背筋をピンと伸ばし、声を張った。


「みんな!いよいよ私たちが、国のお役に立てる時が来たわ!」


少女の甲高い声が響く。肩には彼女の階級を示す二つの星マーク。


「私は、先日この基地に配属になった“ナヲエ・サラシナ”中尉よ。

・・・さて、先ほど師団長より新たな任務が、私に下ったわ。

それはずばり!ここリュウトの新しい領主である、タムラ伯爵―――もとい、“阪之上タムラ丸”の身辺調査よ!」


びしっっ!と、ナヲエははるか北西の方向―――タムラの屋敷がある方角を指さした。


「あら、ごめんなさい。説明が足りなかったわね。・・・皆も知っての通り、昨年、前領主であるラグナリア伯爵・・・私の叔父上が姿を消したわ。そして程なく、叔父上と入れ替わる形で、タムラ伯爵がリュウトに入った。・・・まあ、政府の決めたことだから、それ自体は何も問題ではないわ。ただ・・・。」


ナヲエは深呼吸し、さらにつづけた。


「師団長曰く、タムラ伯爵は、何らかの方法で叔父上をを亡きものにし、リュウトの領地と爵位を簒奪(さんだつ)した!!!・・・・かもしれない。敢えて言わせてもらうと、すっごく怪しい!」


再度、ナヲエは屋敷の方向を指さす。


「・・・というわけで、とりあえずタムラ伯爵の屋敷へ赴き、奴のスキをついて色々と調査しに行こうかと思う。可能なら捕縛して基地に連行してもよい、との事だわ。」


話し終えると、ひとりの下士官が挙手した。


「中尉殿!お言葉ですが、いきなり押しかけて、捕まえてもよいのですか?」

「ばっ、ばかね!師団長がそう仰ってるのだから、良いも悪いもないわ。・・・あまり深く突っ込んだら、“大人の事情”でいろいろと面倒なことになってしまうでしょ!・・・じゃない? たぶん。」


声のトーンがどんどん下がっていく。

実のところ、ナヲエ本人も、あまり詳しいことは聞かされていなかった。


兵士たちの間から、ひそひそ声が聞こえてきた。


「ちょっと。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ。・・・ところで、そこの貴方。歳はいくつ?」


ナヲエは、さっきと別の兵士に指名した。まだ入隊したての少年下士官だ。


「は、はい。15歳であります。」

「そう。私はね、14歳。つまり、“私はあなたより年上”なの。わかる?」


少年は首を傾げた。


「いい?あなたも知っていると思うけど、女性はね、男性の半分しか生きられないの。男性の平均寿命がだいたい60~70くらいだけど、女性はその半分。30過ぎればもうおばあちゃんなの。」


ナヲエは少年に近寄る。


「言い換えれば、女性は男性の倍のスピードで年を取っていく。つまり、14歳の私は、実質28歳。あなたの倍くらいのお姉さんなの。・・・・だから、だからね、兵士になりたてでいろいろと不安になるかもしれないけど。大丈夫よ、この私にドンとまかせて頂戴。私の方がお姉さんなのだから!」


少年の手を握り、力説するナヲエ。


(決まった・・・!私ってかっこいい!)

と、自己陶酔。


(見てて、叔父様、そして、お父様。私きっと、お役に立てて見せますわ・・・!)


秘めたる思いを再確認し、はるか屋敷の方を見つめる幼き将校、ナヲエ・サラシナ。


その後ろ姿を見て、不安にならない者はいなかった。

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白銀の御子と、翡翠の少女 イタりあん @murasaki0718

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