【短編】転生した異世界温泉で白すぎる暗黒騎士と会った

近藤銀竹

異世界温泉

「ごぼあっ!」


 俺は盛大に湯を飲み、慌てて顔を上げた。

 どうやら、温泉につかりながらうたた寝してしまったようだ。

 いくら温泉が気持ちいいからって、入浴中に寝てしまうのは危ないな。ばあちゃんも言ってたじゃないか。「湯船で寝ると命を落とすよ」って。


 だけど、何か様子がおかしい。

 湯の色がさっきと違う。

 鮮やかな朱色。

 さっきまで入っていた透明でとろっとした湯じゃない。

 少なくとも、泊まりに来た別府の湯ではなさそうだ。いや、『地獄巡り』で似た色の温泉があったけど、あれは『血の池地獄』。人が入れる温度じゃない。


 落ち着け、俺。


 周りを見る。

 浴槽の様子も変わっている。石材とコンクリートの自然風なものじゃない。

 石だけ。

 ザ・自然。


 植物も、風流な松の植え込みじゃなく、謎のシダ植物が生えている。


 そして、


「キョメー!」


 聞いたことのない鳴き声に、空を見上げると、巨大なハサミムシにトンボのような羽を生やした生き物が、空を飛んでいた。

 さらに、


「ノリィ!」


 後ろから、翼の生えたライオンが追いすがり、虫に噛みつくと、そのまま植物で切り取られた視界から消えていった。


「ぐ……グリフォン?」


 我知らず口をついて言葉が出る。

 まさか、ここは……


 異世界か?

 俺は温泉に浸かりながら溺死して、異世界に転生したのか?

 で、転生しても温泉に浸かってる、と。


 そうこうしてるうちに、木の影から男が現れた。


 大きい。

 身長は二メートルはあるだろうか。

 ゴツゴツしているか、整った顔立ち。

 アメジスト色の髪を短く刈り、紅い眼と細い鼻梁。耳は百円ショップの付け耳程じゃないけど尖っている。つまり、地球では見ない風貌だ。

 青白い肉体を覆う隆々たる筋骨は、歴然の傷がいくつも刻まれている。

 その白一色の体躯から放たれる邪悪なオーラははまさに――


「暗黒騎士……」


 思わず口をついて出てしまった言葉は、男の耳に吸い込まれた。

 紅い眼が俺の顔を射る。


 まずい。

 殺される。


 男の口が徐に開かれ……


「あ、分かります?」


 野太い声がフレンドリー過ぎる返事を返してきた。


「うーん、気を付けてはいるんですけどねえ。人に嫌がられる仕事ですからね」


 暗黒騎士は冷酷そうな笑みを浮かべると、片足を湯に入れて温度を確かめ、ブルッと身震いすると、ゆっくりと肩まで身を沈めた。


「ふうー。極楽極楽」


 彼は長いため息を吐くと、水面近くの水中で両の指を組んで掌を外に向け、腕を伸ばした。


「癒される~」


 暗黒騎士が、癒し。

 何か調子狂うな。

 彼は、二の腕の筋肉を揉みほぐしながら向き直った。


「イメージと違いますか?」

「え……ええ。戦場を駆け回っているかと思いました」

「駆け回ってましたよ。ちょっと怪我してしまったので、休暇と傷病手当をもらいましてね。こうして温泉療養しているんです」


 へえ。思ったより過酷じゃないんだな。


「妻と子どもも大喜びで」


 ……妻子を養うとか、思ったより生活できるんだな。

 ちょっと興味が出てきたな。


「勤務とか、どうなってるんですか?」

「基本は、一日十時間ですね」


 あ、やっぱり……


「昼と夜に休憩が一時間ずつ」


 ホワイトだ!


「でも、夜回りとかありそうなイメージもありますけど……」


「ありますよ。週に一・二回」


 やっぱり……


「次の日は休日になります」


 ホワイトだ!


「夜勤手当も出ますね」


 めっちゃホワイトだ!


「じゃ、じゃあ武器とかは……?」


「支給されますよ。剣は防錆の魔力付与がされてて助かります。盾は毎回壊すの前提だから支給されないとやってけませんね」


 ホワイトだ!


「うちは馬草手当が高いから、結構働きやすいですよ」


 白馬もビックリのホワイトだ!


「で……でもでも、近隣の町村を襲って地図から消してるって」

「ああ、あれは疫病が流行った国に集団移転の手伝いを頼まれて、暗黒魔法で病気の蔓延を防ぐため、移転後に焼却処分したんです。鶏の一匹くらい殺してしまったかもしれません。痛ましい事件でした」


 ホワイトだ!!


「あと、飢饉で困窮した領地が襲われないように人払いの魔法を掛けたりですね」


 他の人にもホワイトだ!!


「くう……じゃあ、暗黒魔法を使うのはどうなんですか?」

「あれ、あまり知られてないんですけど、世界の暗黒エネルギーを消費するから、実は環境を回復させる効果があるんですよ、もっと宣伝したいなぁ」


 世界的にホワイトだ!!!


「うぐうっ」


 俺は反射的に立ち上がる。

 でも、急に立ち上がったものだから、立ち眩みに襲われて……


 ぐらり。

 ばっしゃーん。


「ごぼあっ!」


 俺は盛大に湯を飲み、慌てて顔を上げた。

 湯は、とろりとした透明。


「元の世界に、帰ってきたのか……」


 こうして俺は、暗黒騎士との戦いに敗れ、現実世界に送還された。


 さて、年末年始の出勤が待っているぞ!

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