第47話
俺が目覚めたのは町に戻ったときだった。
「……騒がしいな」
呟きながら体を起こすと、ばっとこちらを覗きこんでくる二つの陰があった。
「ロワールさんっ、生きてますか!?」
「ロワール!? 無事にゃ!?」
ヒュアとキャッツだ。
彼女たちは驚いたような顔で俺を見て、俺の顔を見てからほっとしたように息を吐いた。
「二人とも、すまないな心配をかけてしまって」
「……本当に、心配だったんですよ! ……いきなり、倒れちゃったんですから!」
「ヒュアの言う通りだにゃ!」
二人が心底心配そうにこちらを見てきた。
せめて、能力に関して説明しておくべきだっただろうか。
といっても、それに頼られても困る。
さっきの戦闘のように、決して長時間使用できる技じゃない。
精々使えて五分程度だろうか。これでも、前世の職業よりもだいぶ時間的余裕はあるんだがな。
『賢者』のランクがあがれば、より維持できるかもしれないが……。
周囲を見る。俺が寝かされているのは、宿の部屋のようだ。
部屋の窓から見えた世界の空は、綺麗な夜空だ。紫色ではない、綺麗な月が輝く空だ。
「迷宮から脱出できたのだな」
「はい、みんな生きています! けが人は結構いましたけど、大丈夫です!」
……それは良かった。
死傷者がいる可能性も考えていたが、良かった良かった。
「まさか、みんなで脱出できるなんて思いもしなかったにゃ。迷宮化してしまった地域が人的被害を出さずに脱出できたのはこれが初めてにゃ。それもこれも、全部ロワールのおかげにゃ」
キャッツの手放しの賞賛に、俺は苦笑する。
「俺も確かに手を貸してはいるが、町の防衛に関しては、『剣閃雷撃』の人々や野良の冒険者たち。ドラゴン戦に関しても、皆がそれぞれの役割をこなしてくれたからじゃないか?」
「……そこまでの実力があるのに、謙虚だにゃー。ロワールのおかげもあるんだにゃ。もっと誇っていいにゃ」
「……そうか。素直に受け取っておくよ」
俺がベッドで横になると、キャッツが顔を覗き込んできた。
「ロワールも目を覚ましたし、外に行くかにゃ?」
「外に? 確かに、何やら騒がしい様子だが」
窓の外から見えるのは、何かが燃えているような様子だ。
まさか火事ではないだろう。
そういえばセルギウスが話していたな。宴を開くって。
「宴、ですよ。みんな、ロワールが目覚めるのを待ってたんですよ!」
「俺は別にいいよ。ここでゆっくり休んで」
「にゃんでにゃ! 主役がいなくちゃ始まらないにゃ!」
「始まっているじゃないか」
「そうじゃないにゃ! 盛り上げるためにも来るんだにゃ! ほらほら!」
きっと、ダークパンサーのときとは比べ物にならないような壮大なものになっているはずだ。
キャッツが俺の腕にぎゅっと抱き着いてきて、引っ張っていこうとする。
「ヒュア、彼女を説得してくれ……ってなんだ?」
俺がヒュアに助けを求めると、ヒュアが逆の腕をぎゅっと抱き着いてきた。
彼女を見ると、ヒュアは控えめにだが頬を染め、こちらを見ていた。
「……い、いきませんか?」
どうやら、逃げ場はないようだ。
体が痛むといえば可能かもしれないが、別にもう完治しているしな。
体を起こすと、ヒュアがぎゅっと腕にくっついてきた。
「もう大丈夫だけど……」
「まだ足元が不安かもしれませんから!」
別に宴が嫌いなのではなく、主役として扱われるのが嫌なのだ。
どう考えても、外に出ればそれ相応の立場となるだろう。
キャッツとヒュアに引っ張られるまま、外に出た。
外に出て少し歩いたときだった。冒険者の一人がこちらに気づいた。
目を見開いた彼が、声を張り上げた。
「英雄が目を覚ましたぞぉぉぉーーー!!」
彼の言葉に合わせ、キャンプファイヤーを囲んでいた冒険者たちがこちらを見てきた。
顔を真っ赤にしていた彼らが、目を見開き――そして。
『ロワール! ロワール! ロワール!』
同時に名前を呼び、駆け込んできた。
おいおい、さすがにこれはふざけるなよ。
俺が魔法でも使って逃げようとしてきたが、先頭にいたクライが飛びついてきた。
無駄に速い……。
「よかった! キミが目を覚ましてくれて!」
「おうおう! 主役がいなくちゃ武勇伝もしまらねぇな!」
「ロワールさん! ドラゴンとの戦い聞きました! 指揮をとって、皆を鼓舞し、援護していたんですよね!?」
興奮気味に顔を寄せてくる冒険者たちに、俺は頬を引きつらせながら笑顔を返す。
こういう扱いは昔から苦手なんだよな。
「ドラゴンとの戦闘じゃあ、魔法をぶっ放して吹き飛ばしたってきくぜ! やるじゃねぇか!」
ぶっ飛ばしたまでいくだろうか?
似たようなことはしていたかもしれないが……。
「おまけに最後には前衛に出て、ドラゴンを掴んでぶん投げたんですよね!? かっこいいです! 尊敬しちゃいます!」
話に尾ひれがつきまくっているのだが……。
適当に相槌を打って返していくしかない。
それから三十分は、冒険者たちにもみくちゃにされていただろう。
あれ食え、これ食えと色々なものも渡され、腹も一杯になった。
ようやく解放された俺だったが、歩けば冒険者たちから尊敬の目を向けられる。
女性冒険者からは散々声をかけられるのだから、困ったものだ。
やがて疲れた俺は、落ち着ける場所を探して――建物の屋根を見つけた。
一番景色の良い場所で、もらった酒と食事を片手に、未だバカ騒ぎをしている会場を見ていた。
よくもまあやるものだな。
それを見ていると口元が緩む。この空気は嫌いじゃなかった。
俺がそこで眺めていると、俺の隣に一人の男が腰かけた。
「主役がこんなところに来ていいのか?」
「それはオレからも言いたいな。キミが気を失っていた間、代わりに質問攻めされていたのは誰だと思う?」
ふっと口元を緩めたセルギウスが、俺の隣にいた。
彼のコップにはオレンジジュースが注がれていた。彼はそれをちびちびと口に運んでいる。
「酒は飲まないのか?」
「飲めん」
「……そうか」
セルギウスの少し悲しそうな顔に、思わず苦笑する。
彼もまた大変だったんだろうな、と思っているとセルギウスがすっと頭を下げてきた。
「どうした?」
「まだお礼を言っていなかった。今回はキミのおかげで、助かった。被害が出なかったのは、まぎれもないキミのおかげだ。ありがとう」
「……ああ。私も、自分の作戦を信じてくれたこと、感謝している」
お互いに頭を下げあい、それから顔をあげる。
セルギウスは真剣な目とともにこちらを見た。
「キミは、これからどうするんだ?」
「俺は――」
俺はドラゴンと戦う前に思っていたことを思い出す。
未来を変える。
俺は三度の人生で、勇者を助けられなかった。
すべての世界で勇者が死ぬ姿を見てきた。
……未来は変えられない。半ばそう思っていたが……違う。
未来は変えられる。
今度こそ、助けてみせる。
この時代で失われてしまった最強の人々を救い、彼らの遺伝子を未来に残す。
「世界を旅しようと思っている。俺には、やらなければならないことがある。そのためにも、世界を見て周り、様々な人と出会い、力をつけていく。やがては、それらをまとめたクランを造り、その行動範囲を広げようと思っている」
「……旅、それにクランか」
セルギウスは口元を緩め、俺の方を見てきた。
「それならばオレのクランはどうだ? キミの求めることはすべて、果たせるようにしようと思っている」
「それも魅力的ではあるが……キミのクランには、キミのクランの魅力がある。俺は現存するどのクランにも魅力を感じていない冒険者たちが入れるようなクランを作りたいと思っている」
クランにはクランの色がある。
セルギウスたちのクランに参加という形では、俺の求める人材が見つけられない可能性もある。
俺は最強のクランを造りたいわけではない。
今クランなどに所属していないあぶれ者を、または才能があるのに誰も気づいていない人間を発掘していきたい。
すべては、未来のために。
「そうか……クランを設立したら、是非とも教えてくれ。出来る限りの協力をしよう」
「ああ、助かる」
しばしの沈黙が場を支配したあと、セルギウスは微笑む。
「キミの旅が、豊かなものになるのをオレは心から応援している」
「……ありがとう。私も、キミのクランが今以上に素晴らしくなることを、応援している」
お互いに笑いあってから、軽く拳を突き合せた。
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もしも時間のある方は、新作の『オタクな俺がポンコツ美少女JKを助けたら、お互いの家を行き来するような仲になりました』も読んでください!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054896310575
最弱賢者の転生者 ~四度目の人生で最強になりました~ 木嶋隆太 @nakajinn
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