第46話



 セルギウスとオンギルが動いた。

 ドラゴンも吠えたあと、口を大きく開いた。

 魔力が口元に集まっていく。周囲の温度を奪うような冷たい息がそこから漏れていく。


「ブレスが来るぞ! 壁を作るから、そこに隠れろ!」


 俺は即座に土魔法を使い、土の壁を作り出す。

 同時、ドラゴンがブレスを放った。氷の粒がいくつも集まったようなその息は、周囲を凍らせながら真っすぐにこちらへと飛んできた。


 俺が放った魔法は一つじゃない。一つでは受けとめきれない。

 だが、三つの壁なら――!

 一つ目と二つ目は破壊された。だが、三つ目でドラゴンのブレスが止まった。


 同時に俺は空に火魔法を放った。小さな太陽が周囲を照らし、氷を溶かしていく。

 遠い距離の中で、ドラゴンと俺の目があった。


 随分と、俺に対して苛立っているようだな。

 俺は自分にハイドを使い、ヒュアにデコイを使用する。


「ガアア!」


 間近に迫っていたヒュアにようやくドラゴンは気づいたようだ。

 ヒュアへと尻尾を振りぬいたが、ヒュアはそれをさっとかわした。

 尻尾をふるったドラゴンだったが、その衝撃に耐えきれなかったのか。足をがくりと崩れ落とした。


 まだ、完治していなかった足の傷が影響したのだ。


「隙だ! 突っ込め!」


 オンギルとセルギウスが大地を蹴りつける。


「オオオオ!」

「ハアアァ!」


 オンギルが叫び、斧を頭へと振り落とす。

 飛び上がったセルギウスは、雷を纏った剣をドラゴンの胴へと振りぬく。

 二人の一撃に、ドラゴンは反応しようとしたのだろうが、間に合うはずもない。


 二人の渾身の一撃を受けたドラゴンの体がその場で沈んだ。

 頭の魔石が砕け散り、体の中に埋まっていた魔石も砕けたのが見えた。

 頭に深く斧は突き刺さり、胴体も抉られている。

 

 ドラゴンが崩れ落ちながら、尻尾を振りぬいた。

 まだ、生きているのか。

 オンギルとセルギウスはそれをかわすようにして、距離をとった。


「や、やったのか!?」


 オンギルが嬉しそうに声をあげる。

 確かにドラゴンの魔力は急速に減っていく。

 だが、次の瞬間だった。


 ドラゴンは血を流しながら、大きく地面を喰らった。

 土とともに体内へと取り込んだそれは――砕け散った魔石の欠片だ。

 

「ガアア!」


 ドラゴンの体が変色していく。

 銀色の美しい体に、赤色の線が混じる。

 起き上がったドラゴンは赤く、血走った目とともに、こちらへと飛びかかってきた。


 俺たちは同時に跳んでかわした。

 だが、しかし、ドラゴンはにらみつけるようにしてその場で暴れまわる。


「何がどうなっているんだにゃ!?」


 あまり動くのは得意ではないのか、キャッツは頭から飛び込むようにしてかわしていたようで、顔には土がたくさんついていた。


「魔石を体内に取り込んで、一時的に回復したのだろうな」

「……回復、だと!? それなら、あの暴走は――!」


 セルギウスが叫ぶ。

 ドラゴンは理性を失ったかのように大暴れしている。 

 もはや、デコイなどは関係なく、好き勝手に暴れている。

 

「もう一度戦って、削るだけだ」

「……それは、わかっている。だが、あの状況ではタンクがタンクの仕事をこなせない。どうする?」


 セルギウスの言葉通りだ。

 だが、別に俺だってじっと状況を見守ってバフやデバフのみに徹していたわけじゃない。

 軽く息を吐き、俺は自分の体が変化していくのを必死に制御していく。


 ……俺がこの戦場で唯一懸念していたのは火力不足だった。

 だが、それへの対応策は用意していた。


 パワーアップ、スピードアップ、マジックアップ。

 俺はそれぞれ三つずつ、合計九つのバフを、自身へと付与した。


「……ろ、ロワール?」


 体内から漏れだす魔力に、セルギウスも気付いたようだ。驚いたようにこちらを見ている。


「セルギウス。ここからは俺が前線で戦う。俺が全力で隙をつくる。だから、ドラゴンの頭を落としてくれ」

「ああ……わかった」


 俺の変化に気づいたセルギウスが、すぐに状況を理解する。

 俺は大地を蹴り、前線へと向かう。戦士としての戦闘を思いだしながら、ドラゴンへと接近する。


 ヒュアとクライが、必死にドラゴンの攻撃をかわしている。

 だが、怒りに任せた攻撃に明らかに状況は苦しかった。


 二人のスタミナが限界を迎えている。俺は入れ替わるように突っ込んだ。

 俺はその場で地面を蹴りつけ、ドラゴンへと飛びかかる。


 体に風を纏った俺は空中を移動するように飛び、ドラゴンの足を斬りつけた。


「ギャア!?」


 俺の剣はそこらのものとは違う。前世に使われていた技術で加工された、最高の剣だ。

 すっと鱗を切り裂き、俺はドラゴンの足に魔法を放つ。


 切りつけたドラゴンの足に魔法陣が浮かぶ。そして、そこから火と風の魔法が噴き出し、ドラゴンの足を焼き、切り裂いた。


「ぐああ!?」


 俺は崩れ落ちていたヒュアの体を担ぎ上げる。


「ロワールさん……それは……?」

「あまり長時間使えるものじゃないが……支援魔法を自身にかけまくったんだ」


 これで、ようやく、前世の上級職たちに並ぶ程度の力しか出せないのだから、悲しいものだ。

 ……今は、十分な力か。


「さっさとけりをつける。一瞬で決めるぞ」


 起き上がったドラゴンが雄たけびをあげる。

 すでに奴の再生能力は失われた。

 ドラゴンがまっすぐ俺へと飛びかかってくる。

 ヒュアをクライに預け、俺はドラゴンの攻撃をかわす。


 隙を見つけ、剣を振りぬく。同時、ドラゴンを観察し続け、動きの先を読んでいく。

 ドラゴンの体内の魔力の流れから、どの部位に力がこもっているのか。

 次はどのように動くのか。


 すべて、先を読み、行動を潰していく。

 ドラゴンが足に魔力をこめる。突進が来る、一体どれほどの距離を?

 把握しきった俺は、バックステップでかわし、ドラゴンが足を止める地点で立ち止まる。

 予想通りに足を止めたドラゴンの胸を切り裂く。


 苛立った様子でドラゴンが噛みついてきたが、ぎりぎりまで引き付けてかわす。

 周囲の状況をサーチで一瞬で判断した俺は、声を張りあげた。


「セルギウス、オンギル、尻尾を狙え。クライ、ヒュアの二人は足に攻撃しろ。ドラゴンの攻撃は、噛みついたあと、空を飛んで後退しようとする。そこを突け!」


 俺の指示通りに全員が動き出す。

 ドラゴンが俺を狙って噛みついてくるが、そこに俺はいない。

 俺の魔法が見えたドラゴンは、慌てた様子で翼を広げる。


 だが、逃げようとした尻尾にオンギルとセルギウスの一撃が、足にヒュアたちの攻撃が当たる。

 痛みにこらえながらドラゴンは周囲の四人を睨む。

 

 ドラゴンの口元に、魔力が溜まっていくのが見えた。

 空中へと逃げ、ブレスを吐こうとしたドラゴンの胸へと俺のB・ファイアが直撃した。


 それを連続で五発叩き込む。

 一撃一撃が支援魔法によって強化された俺の魔法を受け、ドラゴンが大地に落ちた。


 それでも、まだ死んでいないのは魔力からわかる。

 なんとかといった様子で着地したドラゴンだったが、足へ相当負担がかかっているようだ。


「動くまで時間がかかる。オンギルは尻尾を潰せ。セルギウスは首だ!」


 叫び二人に支援魔法をかける。

 オンギルとセルギウスが死角から突っ込んでいく。

 それをドラゴンは一瞥し、立ち上がろうとした。


「キャッツ、奴の足に魔法を」


 準備を終えたキャッツに指示を出して、魔法を打ち出してもらう。


 キャッツの魔法でドラゴンの足が沈み、そこへ二人の一撃が振りぬかれた。

 尻尾が吹き飛んだ。


 そして、セルギウスの一撃はドラゴンの首の鱗によって阻まれた。

 莫大な魔力がこもっているのがわかった。ドラゴンが全力でもってセルギウスの一撃を止めたのだ。


 そして、ドラゴンは間近に迫ったセルギウスへと口を開き、ブレスを発動しようとし、その口が閉じた。


「魔力が溜まったのは、わかってるんだよ」


 俺が振りぬいた剣が、ドラゴンの頭を捉えた。

 剣にウィンドを当て、その切れ味を増幅させる。さらに、ウォータを使用し、その水を振動させ、切れ味を増加させる。

 魔法を帯びた俺の剣は鱗を砕く。


 刃はドラゴンの首へと突き刺さり――その首を跳ね飛ばした。

 宙を舞ったドラゴンの首が大地へと落ちる。

 憎しみを含んだその両目が俺をじっと見ていたが……やがてその目から色が消えた。


 ドラゴンの体内から魔力が消えた。それを確認した俺は、自分にかけていた支援魔法のすべてを解除した。


「ぐっ……」


 さすがに、無茶をしすぎてしまった。

 遅れてやってきた全身の痛み、俺は顔を顰める。

 脳は焼けそうなほどに熱く、全身の筋肉はウィンドで切り刻まれているような痛みだ。

 ……これが嫌だから、できるなら使いたくなかったんだが。


「ロワール!」


 嬉しそうな声とともにやってきたオンギルが、俺の体を抱きしめた。

 ……いったっ!


「おまえ、やったぞ! やりやがったじゃねぇか!」

「……」


 マジで死にそうなほどに痛い。

 俺はよろよろと片手を向けたが、オンギルは勘違いしたようで激しいハイタッチを放ってきた。

 それで意識が吹き飛びそうになった俺は、セルギウスに遺言を残した。


「……町まで運んでくれ」

「ロワール!?」


 驚いたようにオンギルが俺の体を揺する。

 それで俺は意識を手放した。

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