第45話



 迷宮の基本構造は上へと向かって攻略していくことになる。

 俺は近くの壁に向け、魔法を放つ。

 迷宮の情報を調べるための魔法だ。……といっても、そこまでの情報は得られないが。


 わかるのは、現在いる階層くらいだ。

 俺が魔法を使用していると、セルギウスがこちらを見てきた。


「ロワール、何かわかったのか?」

「現在俺たちがいる階層は二十八階層で間違いないな」

「……なるほど。ドラゴンがいると思われるのは、ここから上に数階層というのも正しいか?」

「ああ。魔力反応がうっすらと感じられるからな」


 ドラゴンがどこにいるかは、サーチの魔法で調べるしかない。

 ただ、サーチ魔法は横へのサーチは弱いのだが、迷宮内では非常に強い。

 サーチ魔法自体、空気中に満ちる魔力に反応するものだ。迷宮内は魔力で溢れているからな。


 とはいえ、断定できるほどではないが。

 ……まあ、そうはいうが迷宮を管理するには最上階でなければならない。

 迷宮を維持するためには、最上階から魔力を注ぎつづける必要があるため、よっぽどの例外がない限りは最上階にいる。


 迷宮内では魔物が現れるのだが……でてくるのはストーンハンドやダークパンサー程度だ。

 ダークパンサーも、チビパンサーと主魔石持ちの中間くらいの大きさだ。

 

 今のこのパーティーでは、敵にならなかった。

 そうして階層を一つあがったところで、はっきりと魔力を感知できた。


「次の三十階層に、ドラゴンはいるようだ」

「……そうか。さすがのサーチだな」


 セルギウスの表情が引き締まる。

 それは彼だけではなく、パーティーメンバー全員だ。

 俺たちは階層を移動していく

 途中に出てくる魔物は準備体操程度の気分で討伐しながら進む。


「……ロワール、おまえまったく迷宮内だってのに普段通りだよな」


 俺をちらと見てきたオンギルが首を傾げる。

 迷宮内は外よりも魔力が濃い。魔力に慣れていない者は体調を崩してしまうこともある。


 事実、今は移動しているだけだが、皆は明らかに普段よりも疲労が溜まっている。

 これは数十分もすれば慣れてくるものだ。

 ドラゴン戦の前の階段で、休めば大丈夫だろう。


「このくらいはな」

「大したもんだよな、ほんとさ」


 オンギルはちらとヒュアを見る。

 ヒュアは今、キャッツと並んで歩いている。

 女性同士、気が合うようで何やら話し込んでいる。


「おまえもヒュアもどっちもオレたちよりもずっと若ぇのに、ここまで来てんだからよ」

「年齢は関係ないだろ?」

「年齢に比例して、経験ってのは増えていくじゃねぇか。おまえは年齢相応の子どもっぽさがまったくねぇから言ってんだよ」


 からかうように笑うオンギル。


「俺が老けているみたいに言わないでほしいな」


 今は少なくとも、17歳相当なんだからな? ま、経験ならそこらの老人よりも上だが。

 そんな談笑をしていると、二十九階層から三十階層へと続く階段に到着した。


 俺たちは階段をあがっていき、三十階層に上がる前の踊り場に座った。

 最後の休憩と、簡単な作戦会議だ。


「……よし、みんな。あとはこの先にいるドラゴンとの戦闘を行うだけだ」


 セルギウスが切り出し、俺へと視線を向ける。

 

「戦闘の際の指示出しは、すべてロワールに任せる。引き受けてくれるか?」

「俺で良ければな」

「キミ以外に適任はいないだろう。なあ、みんな」


 セルギウスが他の四人に問いかける。

 こくりと、ヒュアが頷き、オンギルも言った。

 

「ロワールさんに、任せます」

「そうだな。前衛のセルギウスよりか、後衛のロワールのほうが状況判断がしやすいだろうしな」


 オンギルが言うと、クライ、キャッツも頷く。


「うん、僕もどちらでもいいよ」

「オンギルの言う通りだにゃ」


 皆の期待するような視線に、俺もはっきりと頷いておいた。


「わかった。任せてくれ」


 それから簡単に打ち合わせを行う。

 といっても、再確認ばかりだ。

 誰がタンクをやるのか、誰がアタッカーをやるのか、キャッツの魔法はどのように使うのか。


 そんな基本的な打ち合わせを行い、それが終わったところで俺たちは立ち上がた。


「行こうか」


 セルギウスがそういって、階段をあがる。

 俺たちもその背中を追っていった。



 〇



 第三十階層は、俺たちがドラゴンと戦った森に似ていた。

 だが、先ほどの森と大きく違った点が一つある。

 それは、木々だ。


 先ほどは緑あふれる大地だったが、ここはすっかり伐採されてしまっていた。

 よっぽどドラゴンにとって木々は邪魔だったのだろう。

 今はドラゴンを阻むものが何もないフィールドと化していた。


 俺たちの存在に気付いていたのか、それともずっと警戒していたのか。

 ドラゴンは第三十階層に太い四足で体を起こし、俺たちを待ち構えていた。


 俺たちを真っすぐに見据え、俺たちの登場に合わせ翼を動かす。

 口からは氷が混じった白い息が漏れている。

 こちらを迎え撃つ準備はできているようだ。


 ドラゴンの目がぎろりとこちらを睨んだ。

 戦闘開始、だろう。


「クライ、敵の注意を引き付けてくれ」


 彼にスピードアップをダブルで使用する。

 クライはそれに素早く対応する。BランクとCランクの支援魔法で、それを制御できるようになった彼は、そこらのAランク以上の速度で動ける。


 仕上げにデコイの魔法をかければ、ドラゴンの視線はクライへと集まった。

 クライが突っ込み、ドラゴンも走り出した。

 お互いに突進攻撃を――するわけもなく、クライは寸前のところで横にとんでかわした。


 標的がいなくなったことで、ドラゴンはクライを視線で追いかける。隙の生まれたドラゴンへ、クライは切りかかっていた。

 硬質な鱗に剣が弾かれる。とはいえ、クライはあくまで囮だ。


 ドラゴンとクライの交戦が始まった。ドラゴンは完全にクライに注目して、こちらに背中をさらしている。


 俺はドラゴンにデバフ魔法をかけていくが、そこまでの効果はないようだ。多少、速度を遅くはしたが、あくまで気休め程度だ。


「オンギル、セルギウス。まずは右足を狙って攻撃してくれ」


 二人にも支援魔法を二つ使用する。パワーアップとスピードアップだ。

 まずは敵の攻撃に巻き込まれないのを優先してのこの二つだ。


 二人が攻撃を仕掛ける。

 速度を乗せた良い一撃だ。ドラゴンはよろめき、反撃するように尻尾を振りぬくが、すでにそこに二人はいない。

 ドラゴンの注意が二人に移る前に、ハイドの魔法を放ち、二人を避難させる。


 デコイをクライに使用すれば、再び攻撃が集中する。

 ドラゴンの攻撃が激しくなっていく。これまでまったくクライに攻撃が当たっていないのだから、怒りが溜まるのは当然だ。


「キャッツ、魔法を放ってくれ」


 俺の指示のすぐあとに、キャッツの魔法がドラゴンへと当たる。

 ひるんだところで、俺はヒュアへと指示を出す。


「クライ、交代だ。ヒュア!」

「わかりました!」


 クライが後退して、それにあわせ俺はハイドを使用する。

 同時に、ヒュアにデコイを使用する。

 ヒュアは一気に加速し、ドラゴンを斬りつけた。


 スピードアップではあるが、それをBランクで三つ、ヒュアにかけている。

 それだけの支援魔法の影響を受けた彼女の能力は、クライ以上だった。


 一度目の攻撃は鱗に阻まれる。

 だが、弱い攻撃とはいえ、ちょっかいをかけられたという事実は残る。

 ドラゴンの目がぎろりとヒュアを捉え、その牙が光る。


 だが、すでにヒュアは逆側に移動している。ドラゴンは追うように尻尾を振りぬいたが、それもヒュアは跳んでかわした。


 さすがの身のこなしだ。

 空中で反転しながら、ドラゴンの背中を斬りつけ、着地した。

 ドラゴンが大きく吠えたが、その行動によって隙が生まれた。


「オンギル、セルギウス。もう一度足を狙え!」


 ドラゴンが動くより先に、オンギルとセルギウスが斧と剣を振りぬく。

 二人の一撃を受けたドラゴンの表情が変化した。

 明らかに苦しむような変化だった。


 膝からがくりと崩れるように、ドラゴンの体が沈んだ。

 その隙を見て、オンギルとセルギウスはさらに切りつけた。


「ガァア!?」


 ドラゴンがたまらずといった様子で翼を広げた。

 後方へ、逃げるように飛んだ。

 俺は水と土魔法を組み合わせたマッドショットを放つ。


 それに大した威力はないが、べちゃりとドラゴンの体に泥水が付着した。


「そろそろ、仕掛けるぞ」


 距離をとったドラゴンは、魔石を使って傷の治療を行っている。

 頭と胴から同時に足へと魔力が送られているのが分かった。


「胴体のちょうど真ん中に魔石がある。頭の魔石は目と目の間だ」


 俺は本で学んだ前世の知識はもちろん、ドラゴンの体内の魔力の動きでそれを理解していた。

 つい先ほど俺が付着させた泥の位置に、魔石がある。

 俺は一つ息を吸い込んで、


「ヒュア! 正面から突っ込んで注意を引け! 次の攻撃で、魔石を破壊するっ!」


 俺の叫びに、皆が頷いた。 

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