第10話 約束
「嬢ちゃん、おい、嬢ちゃん。起きろ」
ペシペシと、カピタは気を失ったままの娘の頬をはたいた。すると、まどろみの中から目を覚ました黒髪お下げの軍服少女は。
「……んにゃむにゃ……ぅぅ……ミントぉ~ミントぉ~」
と言いながら、寝ぼけまなこで両手を中に彷徨わせ始めた。
その手をウザったそうにはねのけたカピタは、もう一度。今度ははっきりぺチンと、極上プリンの様に滑らかな少女の頬を叩き抜いた。
「目え醒ませって」
「っ!?」
睨み付けてくるメイドにカピタが肩を竦める間、少女はぱちくりと瞬きをして。
「……ふあ」
それからきょろきょろと辺りを見回し、探していた人物が隣で
「……まさか、ミントが敗れるとは。恐れ入ったぞ、ええと……」
「カピタだ。この先の屑星で社長をやってる」
「うむ。出会えて光栄だ、カピタ殿。私はココ。ココ・ロモ・セリザワと言う。ブリエン帝国六家が一つ『セリザワ』の一人娘にして、主星『イバチーン』で女学生をやっている。此度は、貴星に帝国との取引を促す交渉に参った次第だ」
無邪気な好奇心が煌めく瞳と爺臭い喋り方のギャップにカピタは苦笑して、それからちらりと自分達がいるブリッジの下を目線で示し。
「そうか。んじゃ、ココ様さ。まずはあいつらに武器を降ろす様に言ってくれないか?」
「?」
きょとん顔でブリッジから身を乗り出したお嬢様は、そこにずらりと並んだ銃火器の列に目を丸くした。
「な、何をしているのだ、お前達?」
「はい。ココ様の身に万が一が起きた場合、即座に賊を射殺しようと思いまして」
日に焼けた壮年男性の答えにココは一瞬言葉を失い、それからくすくすと笑い出し、
「そうか、成程、感心した。さすがはアギーラ宙軍、中央軍よりもよっぽど実戦的だな」
辺境の軍人達に向かって手の平を静かに下げながら。
「だが、私なら大丈夫だ。武器を降ろしてくれ」
落ち着いたお嬢様の命令を受けるや否や、『ザッ』と音が聞こえる程素早くブリッジの上へと向けられていた銃口が一斉に下げられた。
その光景を眉毛で讃えたカピタも、傍らの黒服を振り向いて。
「キミヤ、こっちもだ」
しかしこちらは屑星で成り上がった不良社員。手すりの上に仁王立ちをしたまま軍人達を睥睨したキミヤは、『そうか』と残念そうに呟いてからようやく手にしていた光剣を消し去った。
そんな部下に苦笑を浮かべたカピタは、笑顔でお嬢様を振り向くと。
「んじゃ、ココ様さ。商売の話をしようじゃねえか」
「商売?」
三つ編みをきょとんとゆらした少女に、カピタは首肯。
「そうだ。あんた達は俺達に負けた。負けて、あんたとメイドが捕まってる。生かすも殺すも俺達次第だ」
上着を被せられたメイドが睨んでくるのは、一端無視をして。
「わかるか、ココ様。帝国じゃどうだか知らねえが、ベルテデロじゃあ、命や身体のパーツは立派な交換品だ。だからそっちが得るのはこの艦のクルーの無事。わかるかい?」
お兄さんぶったカピタの笑みに、ココは微かにむぅっと頬を膨らませながら。
「分かる。私とて子供じゃあない。こう見えて座学の方もそこそこの成績を――」
いかにもお勉強が出来そうな少女による子供じみた抗議を、カピタは苦笑で誤魔化して。
「わかった、悪かった。んじゃ、早速こっちの要求を言うぜ」
悪党が何を言い出すのかと艦の視線を独り占めにしたカピタは、じっとお嬢様の顔を見つめて言った。
「俺達『ベルテデロインダストリー』を、あんたの家で丸ごと雇ってくれねえか?」
「?」「……?」
意外な申し出にメイドが懸念を眉根に寄せた横、お下げの少女はふむと軽く頷くとブリッジの下へと呼びかけた。
「艦長! モチヅキ艦長!」
「はっ! 私、ゲンタロウ・モチヅキが艦長であります!」
瞬間、操縦席の下から疾風の如く飛び出してきた眼鏡男が最敬礼。
「話は聞いていたな? お前はどう思う?」
あどけない少女の問いかけに、モチヅキはふっと唇をゆがめて。
「どうもこうも、この様なクズをセリザワ家に迎えるなどと――」
「艦長。私は真面目に聞いているんだぞ?」
帝国六家が一つ『セリザワ家』の次期当主は真面目は瞳で念を押した。すると、モチヅキは肩をすくめて溜息をこぼしつつ。
「正直に言って、分かりません。何しろ我々は、ベルテデロインダストリーと言う会社が、かの屑星で絶魔導体の再生産に関してどれ程のシェアや技術を持つ会社なのか知りませんからね」
そこで言葉を切ったモチヅキは、『そうか』と頷いたお嬢さまに、くいっと眼鏡を押し上げて。
「しかし、ココ様。このエリートが見た社会では、『パイプ』と言うのはとても大切です。どんな小さな企業であろうと、その『業界』に繋がりを作ってしまえば、それを拡大するのは我がセリザワ家にとって零を一にするよりも遥かにたやすい事と成りましょう。そして彼らとしても、闇市場を通さない正規ルートを我が帝国に持てるのです」
自称『宇宙的エリート』モチヅキ艦長の進言に、ココは深く頷いて。
「ふむ、そうか。わからん。つまり?」
「コホン。つまり、これは帝国内及びオスクロ座に対する
するとお嬢さまは『ほう』と目を輝かせ。
「そうか、わからん。つまりどうしろと言うのだ?」
「コホッ! ……コホン。その男達の要求を呑むことは、経済的な側面だけを見れば互いにとって利のあることではないかとこのモチヅキは申し上げているのです」
「……あー、うん……えっと……つまり要求を呑めと言いたいんだな、モチヅキは?」
「さ、さすがはココお嬢様!」
僅かに頬を引き攣らせつつ全力のよいしょを繰り広げる超銀河的エリートに、眼鏡のお嬢様は僅かに唇を尖らせて。
「なんだ。なら始めからそう言え。前置きが長いぞ」
ほんの短い間くるくると三つ編みを弄ったかと思ったら、くるりとミントを振り返り。
「では、ミント。現状、彼等の武力に対し打つ手はあるか?」
問われたミントは、瞬き程度に目を閉じて。
「……ございません。彼等はすでにこの軍飛艦の脳に手をかけています。このまま目先の勝利を求めて争えば、我々が無事にベルテデロに降りる事は無いでしょう」
ココはそうかそうかと何度も頷き。
「決まった。そちらの要求を呑もう。君達を我がセリザワ家の傘下に収める様、私から口添えをしよう」
二カッと笑ったお嬢様に、カピタも穏やかな笑みで応じた。
「そうか、有難い。ちなみに本社もそっちに移したいんだが」
「うむ、父に言っておく」
「はは、んじゃお父様に挨拶がてら、ウチの社員を帰りに乗っけてってくれ」
「了解した、祖父を紹介しよう」
快諾する機械と化したお嬢様と、がっちり握手を交わしてカピタは笑った。
「ありがとな。損はさせねえぜ、お嬢ちゃん」
「その呼び方は良くないな。何だか子ども扱いされている気がするぞ。気軽にココ様と呼んでくれ」
少し膨れた三つ編み娘に、紋様入りの不良社長はカラカラと笑いながら。
「了解だよ、ココ嬢。んじゃ着星しようぜ艦長さん。我がごみ溜めにようこそっつってな」
☆★☆☆★☆
「――いいのですか、ココ様。安請け合いしてしまって」
着星モードに入った帝国軍飛艦の第二層男子トイレ前の廊下にて。帝国式侍従兵装を肩から羽織ったメイドが、となりのお嬢様に問いかけた。
するとお嬢様はきょとんと首を傾げながら。
「だが、あれ以外方法は無かっただろう。それにモチヅキ艦長もこちらに損は無いと言っていた。確かに艦長は自分自身に甘い一面があるが、他人を見る目は実に冷たく現実的だ」
「……そうでしょうか?」
腑に落ちない顔をしたミントに、ココはくすくすと笑いながら。
「ふふ。それに、私が約束したのはあくまで彼らを父や祖父に紹介するところまでだ。そこから先は彼ら自身の努力次第だろう」
「そうですか」
左右に身体を揺らしながら楽しげに笑った主に、ミントは呆れた眉毛になる。
そんな彼女の顔を見たココは拗ねた風に唇を尖らせて。
「……む。仕方ないだろう。ミントがこうして囚われている以上、ああするしかなかったのだぞ」
「…………申し訳ありません」
己の長いスカートの下から男子トイレの中へと伸びていく
「いいのだいいのだ。ふふ。この狭い軍飛艦で私が戦うわけにはいかないしな」
「……そうですね。艦長はともかく、ココ様を宇宙屑へと変えるワケにはいきませんので。……はぁ……私が居ながら、誠に申し訳ありません」
神妙な顔で項垂れたメイドに、ココはくすくす笑いながら。
「良いと言っている。ふふふふ。それより、そのワイヤーは痛くないのか?」
などと言いつつ、ミントの柔肌に食い込んだ導線を、服の上から指先でなぞり出した。
「……っ! おやめください、お嬢様」
「ああ、すまん。痛かったのだな?」
心配そうな眉で覗き込むココの瞳から、メイドは微かに視線を逸らして。
「……い、いえ。痛くは、ありませんが…………くすぐったいのです」
「……ふふ。ふふふ。そうか、くすぐったいのか。うりうり、ここはどうだ?」
「っ……っ……お、おやめください……っ、お、お嬢様……」
「ふふふ。《十三武宮》の誉れ高きアサシン、ミント・リキッスがかようにくすぐりに弱いとはなっ!」
「……っ! っ……! お、お嬢っ……さ……」
などと、縛り上げられたお姉さんの身体を指先でなぞり倒すあどけない少女の図。
一方その頃。
「へえ、さすが帝国軍飛艦。便所も豪華なんだな」
「……いいのか、カピタ? あの若い娘にそれ程の権力がある様には見えなかったが」
同じく第二層・男子トイレにて。
片手に表で待つメイドの身体へと繋がるワイヤーを握ったままあれこれと覗いて回るカピタに、小便器と向き合っていたキミヤが問いかけた。
「ん? ああ、別に問題ねえよ。会社がどうとか、本当はどうだっていいのさ」
「……どうでもいい、とは?」
手を洗いながらの部下の問いかけに、本来トイレなどに用の無い社長人形は当たり前だと言う様に。
「俺さえ帝国に入っちまえば、それでOKって事さ。牢屋だろうと裏路地だろうと、あのごみ溜めよりはずっとましだ。また一から成り上がってやりゃあいい」
金髪のサイドを両手で後ろに撫で付けて悪い笑みを湛えた作業服に、黒服は成程と頷いた。
「そうか。さすがだなカピタ。ならばまた面白い事があったら呼んでくれ。出来れば、俺が生きている間に」
「ああよ。そんときゃ頼むぜ、相棒」
ニヤリと笑い合う男同士が、こつんと拳を合わせたタイル張りのトイレであった。
超銀河幻想伝説・MOTIDUKI たけむらちひろ @cosmic-ojisan
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