黒いクリスマスケーキ
烏川 ハル
ビターテイスト
静かな住宅街の、暗い夜道。
学生向けのアパートが多い区域であり、こんな時間でも、いつもはそれなりに人通りがあるのだが……。
今は誰の姿も見えなかった。おそらく学生たちも、それぞれ部屋で恋人あるいは友人たちと、楽しいひとときを過ごしているのだろう。
そう、今夜はクリスマス。かくいう俺――
俺の恋人――
下手をするとすれ違いになりかねないが、それでも「なるべく一緒の時間を過ごそう」ということで、付き合い始めてから彼女は俺の部屋に入り浸っており、いわゆる半同棲状態だった。
それはそれで嬉しいことだが、今日に限って言えば、もっと大きなハッピーがある。
今年の聖夜は、俺にとって「恋人がいる」状態で迎える、初めてのクリスマスなのだ!
「いやあ、一人じゃないクリスマスって、こんなに心が温まるものなのだなあ」
寒空の下、ニヤニヤしながら、独り言と共に歩く俺。
はたから見たら、さぞや気持ち悪いに違いない。場合によっては、不審人物として通報されるかもしれない。
周りに誰もいなくてよかった。
ちょうど、そんなことを思った時。
ふと、背後から、人の気配と視線を感じた。
「……!」
俺は歩き続けたまま、首だけでバッと振り返ってみる。
大丈夫、誰もいない。
いや。
十数メートル先にある、一本の電柱。今一瞬、そのかげに誰かがサッと隠れたようにも見えたが……。気のせいだろうか。
「……何か用ですか? 誰かいますか、そこに?」
少しの間、足を止めて、その電柱の辺りを凝視してみる。だが、人が出てくる様子はなかった。
「なんだ、やっぱり気のせいか……」
電柱に話しかけるなんて、滑稽なことをしてしまった。
俺は自分に苦笑してから、また前を向いて、家路を急ぐのだった。
――――――――――――
部屋のドアを開けた俺は、仰々しいくらいの声で、帰宅を告げる。
「ただいま!」
「おかえりなさーい」
すでに、俺の部屋で待っていた真美。
二人だけのクリスマスパーティーということで、夕方から準備してくれたらしい。テーブルの上には、美味しそうな料理が並べられていた。
適当な厚さにスライスされたバケットパン、粒がたっぷりのコーンスープ、ホワイトクリスマスを思わせる白いポテトサラダ、クリスマスツリーのようにこんもりと盛られたグリーンサラダ、黄色と緑のコントラストが鮮やかなホウレンソウのキッシュ。
テーブル中央に置かれたチキングラタンには、一目でわかるくらいにゴロゴロと鶏肉の塊が入っているが、「クリスマスといえば鳥料理!」というイメージなのだろうか。
そして、もちろんクリスマスケーキも、今夜の主役として存在をアピールしていた。ちなみに、俺が思い描いていた『クリスマスケーキ』は、普通の白いホールケーキだったが、目の前にあるのは、色も形も全く異なっている。
黒っぽくて、やや細長いケーキだ。確か、ブッシュ・ド・ノエルという名称ではなかったか。丸太を模したケーキだと聞いた覚えがあるが、そもそも『ノエル』がクリスマスを意味する言葉だったはず。ならば『白いホールケーキ』以上に、これこそが真のクリスマスケーキといえよう。
俺は文系ではなく理系、それも理論系ではなく実験系。化学反応が進むのを待つ時間とか、遠心分離機で長時間サンプルを回している間とか、ゆっくりと進む電気泳動とか、染色・脱色のために浸けておく作業とか……。少しだけなら合間にフラッと一時帰宅して、用事を済ますことも可能なような、そんな研究をしていた。
今日も、そうやって夕方に軽く抜け出して、ケーキを買いに行くつもりだったのだが……。残念ながら思った以上に忙しく、複数の実験が重なり、その時間を作れなかった。せっかくのクリスマスなのにケーキ抜きになるかと心配したのだが、大丈夫、きちんと真美が用意してくれていたのだ!
「全部が全部、私の手作りってわけじゃないけど……」
まず彼女は冷蔵庫を開けて何があるか確認、それから食材を買いに出かけ、ついでに出来合いのものも買ってきたのだという。
まあ、見ればわかる。ホウレンソウのキッシュとブッシュ・ド・ノエルは、真美が作ったにしては整い過ぎているし。
「十分だよ! 一人でこれだけ用意するのは大変だったろう? ありがとう!」
俺はギュッと彼女を抱きしめると、感謝の気持ちを込めて、その頬にキスをした。
真美は化粧っけのない女子大生なので、こういう『頬にキス』みたいなことをしても、化粧品の感触はない。純粋に、彼女の味と匂いと肌触りだ。その点、ノーメイクフェチの俺には嬉しくて、つい舌でペロッと舐めてしまう。
「こら、春樹。そういうのは後回しよ。まずは食べましょう」
いや、俺もそういうつもりで抱きしめたわけではないのだが……。まあ一瞬とはいえペロッとしたのは事実なので、
「ごめん、ごめん。そうだな、さあ、食べよう!」
と、素直に謝まるのだった。
――――――――――――
「ふう……。食べた、食べた」
テーブルの上の料理をたいらげて、「これ以上は食べられない」と言わんばかりに腹をさする俺。
「よく食べたわねえ」
呆れたような、感心したような声を真美が上げる。
別に俺一人で食べ尽くしたわけではなく、彼女も一緒になって食べたのだから、この態度は少し奇妙に思える。クスッと笑ってしまう俺だが、彼女が不思議そうな目を向けてきたので、適当に誤魔化すことにした。
「いや、ほら……。ケーキがケーキらしくなかっただろう? でも、だからこそ食べやすかったというか……」
「ケーキらしくなかった、って……?」
「ああ、色も黒っぽかったし……。それに、思ったより甘くなかったから、食べやすかった」
先ほどの「食べやすかった」を繰り返す。
俺は男にしては甘党だと自覚しているが、それでも食後の満腹状態では、ドカッと甘いものを大量に出されても食べられない。「甘いものは別腹」という言葉は、女性にしか適用されない特殊ルールだと思う。
「あと、ちょうど量も適度なケーキだったな。『クリスマスケーキといえば白いホールケーキ』って思ってたけど、それだと二人じゃ食べきれないだろう?」
「ホールケーキにも、サイズは色々あるけどね」
と、俺の固定概念に対して苦笑してから。
真美は蘊蓄を語り始めた。
「ブッシュ・ド・ノエルって、薪とか切り株とかをイメージして作られてるから、普通は茶色なのよね。こんなに黒っぽくなくて」
「へえ、そうなんだ」
こういう時は、気持ち良く語らせてやった方がいい。経験からそう判断して、俺は話を促した。
「茶色になるのは、ココアクリームを塗るからなんだけど、今日のブッシュ・ド・ノエルだと、チョコレートを使ってたみたい。それも、かなりビターテイストのチョコレート」
「ああ、だから甘さ控えめだったのか。それに『かなりビターテイスト』といっても、口当たりの良い苦味だったなあ」
「うん、そこは私も認める。材料のチョコも高級品っぽいし、このケーキ自体、高かったんじゃないの?」
……ん?
半ば聞き流していた俺は、妙な引っ掛かりを感じる。
よくわからない、ゾワっとした感覚。だが、それがハッキリとした形になる前に、真美は話を先に進めていた。
「でもね、そもそもブッシュ・ド・ノエルって言葉自体が『クリスマスの木』を意味してるのよね。だから黒くしちゃうのは、ちょっと……。だいたい春樹だって、私の『木南』って名前に合わせて『
違和感が、ようやく形になった。
「いやいや、ちょっと待て。その言い方だと、まるで俺がケーキを選んだみたいじゃないか」
「あら、違うの? じゃあ、ケーキ屋の店員さんにお任せ?」
「そうじゃなくて、これ用意したのは、真美の方だろう? 真美こそ『小森春樹』に合わせて、丸太のケーキを選んでくれたんじゃないのか?」
「……え?」
ただでさえ大きめの目を丸く見開いて、最大限の驚きを顔に浮かべる真美。
この段階で初めて、俺たちは気づいたのだった。
互いに、相手が買ってきたケーキだと思い込んで食べていたことに。
二人とも買った覚えのないケーキが、いつのまにか冷蔵庫に入っていたことに。
「気持ち悪い話ね……」
今や真美は、激しい嫌悪の表情を浮かべていた。
「まあ、それはそうだが。もう食べてしまったからなあ」
努めて軽い感じで言ってみる俺。
いや、俺だって気味が悪いとは思う。だが毒が入っていたわけではないし――少なくとも今のところ体調は悪くなっていないし――、あからさまな異物が入っていたような歯ごたえもなかった。
だから俺は、真美の背中に優しく手を添える。
「もう忘れようぜ。美味しいケーキだったから、いいじゃないか」
「良くないわよ」
真美は眉間にしわを寄せて、俺の手を払いのけた。
「私が買ったのでもなく春樹が買ったのでもないケーキが、どうやって冷蔵庫に入ったの? あなた理系でしょう? 理屈で説明できない現象、嫌じゃないの?」
こんなところで理系とか文系とか持ち出されても困る。
俺が何も言えないでいると、
「どう考えても……。私でも春樹でもない別の人が、私たちの知らないうちに、部屋に上がり込んで冷蔵庫に入れたのよね? じゃあ誰? 留守の間に入ってくるって、泥棒かしら? それともストーカー?」
真美は、突拍子もないことを言い出した。
「どこからストーカーなんて発想が出てくるんだよ……」
「だって泥棒ならケーキ差し入れする方じゃなくて、逆に盗む方でしょう?」
「まあ、そうだけど……」
一瞬「プレゼントしてくれる方なら、じゃあサンタさんかな?」と口にしそうになったが、それこそ「サンタなんているわけないでしょ!」と返されるだろうから、ギリギリで思い留まった。
「だったら、ストーカーしか考えられないじゃないの。おおかた、まだ春樹に未練が残ってる元カノがいるのよ」
そう言って彼女は、ポケットから鍵を取り出し、俺の目の前でチラつかせる。
付き合い始めた時に渡した、俺の部屋の合鍵を。
元カノ。
確かに、そう呼べる女性は、俺にも存在していた。
クリスマスを一緒に過ごす恋人は真美が初めてだとしても、彼女が人生で初の恋人というわけではないからだ。
だいたい夏くらいに恋人が出来て、秋になると別れる……。それが俺の恋愛パターンだった。
判で押したように、三ヶ月だ。これまでの恋人は全員、ほぼ三ヶ月が経過した時点で、俺の元から去っていく。
この経験は「いつも三ヶ月でフラれるんだよなあ」と冗談めかして、真美にも話してある。まだ恋人関係になる前――ただの先輩後輩だった頃――に。
俺は話したことすら忘れていたのに、真美の方では覚えており、付き合い始めてちょうど三ヶ月の日に「今日は記念日だから! 記録更新の!」と言って、豪勢な手料理を振る舞ってくれたくらいだった。
「えぇっと……」
俺の目の前では、真美がユラユラと合鍵を動かしている。まるで催眠術師が操る五円玉のように。
それにじっと視線を向けながら、とりあえず俺は口を開いた。
「……元カノが合鍵を使って部屋に侵入した、って言いたいのか?」
「そうよ。どうせ春樹のことだから、今までの女の子たちにも、鍵は渡してたんでしょう?」
拗ねたような声で、俺を問い詰める真美。
俺は静かに頷いた。
確かに、誰が相手であっても、付き合い始める時に部屋の鍵を渡している。交際スタートを示す儀式みたいで、それ自体が嬉しかったのだ。
ただし、だからといって恋人が俺の部屋に入り浸るわけでもなく、部屋に来てくれるのは俺がいる時だけだから、合鍵の存在意義はなかったのだが……。
まあ真美にしてみれば、自分が半同棲状態のような付き合い方だから、今までの女も同じだったと思い込んでいるのかもしれない。
「でもさあ。別れる時には、ちゃんと返してもらってるぜ? そもそも俺がフッたんじゃなくフラれる方だから、元カノが俺に未練なんて……」
「そう、そこよ!」
何を思ったのか、真美は口をとがらせて、俺の話を遮った。
「要するに、春樹の方から嫌いになったわけじゃないんでしょう? まだ春樹は好きだったのに、仕方なく別れたんでしょう? だったら相手がストーカー化して『やっぱり春樹とやり直したい』って言ってきたら、よりを戻しちゃうんじゃないの?」
「いやいや、それはおかしい。だいたい『鍵は返してもらった』って言ったろ? だから……」
「鍵なんてどうでもいいのよ! そんなもの、こっそりスペアを作っておいたとか何とか、いくらでも説明つくもん! 大事なのは春樹の気持ち! 好きだった女の子からストーカーレベルで執着されたら、嬉しくてそっちへ戻っちゃうんじゃないの?」
ああ、これは……。
いつのまにか、理屈ではなく感情論になっている。
そう思いながら、出来るだけ優しい口調で、ゆっくりと答える。
「なあ、真美。そんなわけないだろう? 確かに別れた時点では、まだ気持ちも残っていたさ。でも今は違う。断じて違う。今の俺が好きなのは、真美ただ一人だよ」
「本当……?」
「ああ、本当さ」
気恥ずかしくなるくらいに大げさに、キザな笑顔を浮かべてみせる俺。照れている場合ではない、と思うからだ。
「それ、証明できる?」
そんなもの証明できるわけないだろう! ……と理屈では言いたいところだが。
俺はギュッと真美を抱きしめながら、耳元で囁く。
「愛してるよ、真美」
すると。
「……わかった」
先ほどの剣幕が嘘のように、静かに呟いてから。
真美は、ソッと俺の腕を振りほどき、
「私、シャワー浴びてくる。春樹はベッドで待っててね。隅から隅まで、きれいに磨いてくるから……。今夜はタップリ愛してね! 体で証明してね!」
一人、バスルームへ消えていった。
取り残された俺は、言われた通りにベッドへ入り……。
ふと。
真美の口にした言葉を、あらためて思い浮かべる。
「ストーカーか……」
俺の元カノたちが、そんなものになるはずないのだが……。
そういえば。
今夜、帰宅途中で感じた視線と気配。あれこそ、いわゆるストーカー的なものだったのではないのか……?
妙に背筋が寒くなって、俺は頭まで布団を被るのだった。
――――――――――――
部屋を真っ暗にすると眠れない性分なので、俺は寝る時いつも、室内灯の黄色い豆球だけ
これを真美は嫌がっており、なるべく灯りに背を向ける姿勢で眠るようにしていた。つまり、俺を奥――壁側――にして、二人で抱き合うような形で眠るのだ。
本当は、こういうのは二人で少しずつ譲り合うべきなのだろうが……。
この夜は、俺の性分がプラスに働いたといえよう。
真夜中。
悪夢を見て、目が覚めてしまった。
電柱のかげから現れたストーカー女が、刃物を手にして俺を追い回す、という夢だ。
夢だから理不尽な部分があるとみえて、そのストーカー女は、元カノでも何でもなく、知り合いですらなかった。全く見覚えのない女性に襲われるという、狂気の内容だった。
「まあ俺は、そんなにモテる男じゃないから大丈夫……」
小さく独り言を口にしながら、パチリと目を開けると。
ベッドの近くに、長い髪の見知らぬ女が立っていた。
包丁片手に、俺を見下ろしながら。
全身が凍りついたかのように、俺は硬直してしまう。だが、
「なんで勝手に食べちゃうの! しかも、こんな雌豚と一緒に!」
叫び声と共に女が包丁を振りかざすのを見て、かろうじて体が動き出してくれた。
「起きろ、真美!」
右手で突き飛ばすようにして真美を起こしながら、左手で侵入者の腕を――刃物を持つ右腕を――押さえつける。
「ちょっと何なのよ、もう……」
夜中に叩き起こされた真美は、寝ぼけ
「……きゃあっ! どうしたの、これ! 誰よ、いったい!」
「警察に電話! いや、俺に加勢しろ!」
「わかった! 任せて!」
「何が加勢よ! やっぱり私よりも、こんな雌豚を選ぶのね!」
真美が状況を把握してから後は、もうてんやわんやで、むしろ俺が詳しく覚えていないくらいだった。
結局。
刃物を持っているとはいえ、侵入者は女性。しかもかなり、ひ弱な女性だったらしい。俺と真美の二人で、なんとか取り押さえることが出来た。
それから、警察に通報。
やってきた警官たちから色々と聞かれて、本当に大変なクリスマスになってしまった。
――――――――――――
以下は、かなり後になってから――警察の捜査が完全に終わってから――、ようやく教えてもらえたことだが……。
あの夜、俺たちを襲った女性。彼女は、前の住民の元カノだったという。つまり、俺が今暮らしている部屋で、俺の一つ前に住んでいた男が当時、付き合っていた相手だ。
その男は甘いものが苦手だったので、彼女は今回、ビターなチョコレートケーキを用意したのだった。
そう。
あの女は、差し入れの相手を間違えていたのだ。この部屋に今でも昔のカレが住んでいると思い込んで――数年ぶりに復縁したくなって――、誰もいない間に忍び込み、冷蔵庫へ入れておいたらしい。
付き合っていた頃は、そうやって留守中に上がり込んで、プレゼントを仕込んだりするのを『サプライズ』と称して喜んでいた。そういう習慣の二人だったそうだ。
「そのために、彼は私に合鍵をくれたのよ……」
彼女は、しみじみと呟いたという。
元々は二人で食べるつもりのケーキだったからこそ、特におかしなものは混ぜていなかったのだろう。それこそ、ストーカーじみた行動に出る女ならば、薬を盛ったり、髪の毛とか爪とか入れたり、色々やっても不思議ではないだろうに。
そんなケーキではなくて良かった。これだけは、不幸中の幸いだったと思う。
この話を聞いて少し納得したのが、襲撃時の「なんで勝手に食べちゃうの! しかも、こんな雌豚と一緒に!」という発言。ストーカー女の思考回路なんて理解したくないのだが、一緒に食べるつもりのケーキを他の女と二人で食べられてしまったと思えば、ああいう言葉が出てくるのも、わかるような気がする。
わからないのは、彼女が俺を目視した後でも、元カレだと思い込んでいたこと。電柱のかげから見守っていたのも彼女だったわけだが、いくら暗い夜道とはいえ、見間違えるものなのだろうか。それほど、その男と俺は背格好が似ていたのだろうか。
それに。
ケーキを冷蔵庫に入れる時、部屋の備品がすっかり変わっていたことに、気づかなかったのだろうか。
だが、これに関しては、警察の人が説明してくれた。
「新しい女に合わせて変更したのね! 髪型もファッションも、そして部屋の模様替えまで! それほど新しい女に入れ込んでいるのね!」
彼女は、そう受け取っていたそうだ。
なお、事件の後。
当然のように、大家さんに言って、部屋の鍵は交換してもらった。二度と、以前の住民の関係者に侵入されないように。
そして、この一件を教訓として……。
その後。
大学院を修了し、就職した俺は、転勤などもあり、何度か引越しを経験することになった。もちろん、まだマイホームを建てるほどの身分ではないので、賃貸住宅の連続だ。
そうやって、新しく入居する際。
たとえ契約書に書いてあろうとなかろうと。
俺は不動産屋と家主に頼み込み、きちんと立ち会って確認した上で、必ず鍵は付け替えてもらうようにしている。
(「黒いクリスマスケーキ」完)
黒いクリスマスケーキ 烏川 ハル @haru_karasugawa
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