第5話 謁見×計略×解決

 「その前に、せっかくだからワインでも試飲してみようかねえ」

 そういうと、老婆は地下にあると思われるワインセラーに向かい、ワインを取ってくると、俺に並々とワインを注いだ。

 まずい。

 このままだと婆とキスすることになってしまう。それだけはごめんだ。俺はとっさに吐き出しの法を使い、老婆の顔面にワインをぶちまけた。

 「ぎゃああああ」

 老婆は俺を落っことして目を押さえている。

 「一体何なんだい、このゴブレットは」

 俺は意思を持つゴブレットだ、覚えとけ。と言いたいが言葉が出ない。畜生、なんでこんな姿に転生してしまったんだ。

 それから数日後、魔女は俺を桐の箱に詰めて城へと馬車で向かった。どうやら俺を城への献上品にするつもりらしい。

 箱詰めされているので外の様子はわからないが、兵士の声が聞こえたことからどうやら城の中に入ったらしい。そして王宮の玉座の間に辿り着いたようだ。

 「これはこれは国王様、ご機嫌うるわしゅう」

 「うむ、楽にするがよい」

 どうやら魔女は国王と懇意らしい。と、そこへ急に光が差し込んできた。魔女が俺を桐の箱から出したのか。と思ったら、俺の目の前にはこの世の物とは思えないほどに美しい女性の顔があった。綺麗な髪飾りに派手なイヤリングをしている。どうやら彼女がお姫様らしい。

 俺はお姫様への献上品にされたのだ。

 「おお、この装飾、金属製独特の重量感、わらわは気に入ったぞ。」

 「お気に召して頂いたようで光栄です。それでは私はこれで失礼いたします。」

 そう言って、魔女は玉座の間から姿を消した。

 「さっそくこれを使ってみたい。ワインをもってまいれ」

 姫は従者に命令すると、直ぐにワインボトルが姫様に運ばれてきた。立ち振る舞いから大臣と思われる御仁が姫の持つ俺にワインを注ぎ込んでいった。

 おい。

 マジか。

 まさか。

 姫様が俺に口をつけた。

 この焼きたてのパンのようにふんわりとした感触、これが口付けというやつか。思えば俺は現世では女に縁がなかった。ああそうだよ、俺は童貞のまま死んだんだ。せめて死ぬ前にソープでも行けばよかったと思ったが、あのときはそんな精神的余裕がなかったんだ。人間死のうと思うと尖ったような思考に陥って周りが見えなくなるもんだ。自殺経験者の俺が言うんだから間違いない。

 それにしても、このお姫様の唇の感触、素晴らしい。ずっと貴方だけのゴブレットでいますよ。

 「気に入った、このゴブレットはわらわ専用にするぞ、父上、よろしいですか?」

 父上と呼ばれた国王は柔和な笑みでうなづいた。これは良い展開。ゴブレットに生まれてよかったぜ。これから毎日あの感触が味わえるのかと思うとパラダイスだ。ああ、でもオーガニズムを感じてもそれを発露する器官がないのが悔しいぜ。

 

 俺は一旦姫様の下を離れ、王宮の台所、食器棚に運ばれることになった。

 薄暗い通路は湿気を帯びていて、ややひんやりする。ゴブレットでも寒さは感じるんだな。

 そんなことを考えていると、どこからか人の話す声が聞こえた。

 「例の計画は進行中なのか?」

 「勿論です。毒は昨晩作ってまいりました」

 「では決行は今夜の晩餐会でよろしいな」

 「はい、ヒヒヒ」

 この声は、あの魔女だ。 

 毒?

 毒だと??

 一体毒で何をするつもりだ。

 こういう場合考えられることはただ一つだ。

 恐らくはクーデターを画策している勢力が城内にいるのだ。

 そしてお姫様の命が危ない。

 大変だ。でも俺はゴブレット。何もすることができない。くっそう自分がもどかしいぜ。

 いや、待てよ、落ち着け、俺、考えろ。何か良い方法はあるはずだ。


                3


 晩餐会が始まる直前に、俺は姫様の座るテーブルに置かれた。今日、今からここで大惨事が起こる。だがただ黙って見てるわけにもいかない。あの魔女ババアの鼻っ柱をへし折る作戦を食器棚で練ってきたのだ。

 それは、重さの法を使うこと。姫が口さえ付けられなければ、毒を飲むことも無い。あの快楽を味わえないのは悔しいが、でもこれも姫を守るためだ。

 俺にワインが注がれた。これは毒か? 毒入りのワインか? わからないが、とにかく飲ませたら駄目だ。俺は重さの法を発動させた。

 「!? なんじゃ、持てん。重い。ゴブレットが持ち上がらん」

 姫が持ち上がらない俺に驚いている。当然だ。この重さの法は姫様の腕力ではとても持ち上がらない。持ち上がらないから重さの法なのだ。

 晩餐会は悲鳴の嵐となった。ワインに注がれた毒を飲んだ客人たちが次々と苦しみ倒れていくではないか。

 「なんということだ。」

 奇跡的にもまだワインを口に付けていなかった国王は立ち上がり、兵士に対応を指示した。姫は怯えた表情で国王にすがりついていたが、片手では重さの法を解いた俺を力強く握っていた。


 こうして、王宮毒殺事件は未遂に終わり、首謀者である魔女と大臣は国王の命令で処刑された。

 一方俺はというと、姫様を救った英雄ゴブレットとして宝物庫に飾られることになった。

いや、ちょっとまて。俺を使ってくれよ、お姫様。ま、でも姫様を助けられたし、俺は現状に満足している。

 「無事にやってのけましたね、ゴブレットさん」

 そう俺に話しかけてきたのは、あのとき俺を右ストレートでぶっ飛ばした女神様だ。

 「まずはゆっくりとお眠りなさい。目が覚めたとき、あなたは人間になっているでしょう。そして第二の人生を始めるのです」

 「本当か、助かるぜ。ありがとな、女神様」

 「なれなれしい人、嫌いです」

 相変わらず気難しい女神様だ。でもまあいい。これから眠って目を開けたら俺の第二の人生が始まるんだ。わくわくしながら、俺は埃まみれの食器棚で一眠りすることにした。



               了

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右ストレートから始まる異世界転生~俺、ゴブレット~ 伊可乃万 @arete3589

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