エピローグ

「先生、むりですー」

 主演女優の華恋かれんが、泣きわめきながら、駄々をこねた。


「もう、いい加減にしなさい! もうすぐ開演よ」

 ミカが頭から湯気をあげる。


「だってー、セイントポール西学園の後なんて、公開処刑ですよー」

「何言ってんの。同じ高校生じゃない」

「全然、同じじゃないですよー」

 華恋が、泣きべそをかきながら抗議した。


「だって、山崎素子が脚本書いてるんですよ!」

「あんなのただの流行りを追いかけてるだけじゃない。シェイクスピアに比べれば、ただの作文よ。恋人が病気で死ぬ? あのね、こっちは男も女も両方死ぬの。死んだ数はこっちの勝ちよ」

 冷静に考えればツッコミどころがあるが、嘘は言ってない。


「あのアンソニー小林の演出なんですよ!」

「ただの親の七光ね。みんなゴスペルバーグに遠慮して褒めてるだけよ。あんなふうにスポットライトをバンバン切り替えたら、目が疲れるっつーの」

 年を取るとシンプルな演出が一番だ。キラキラしているのは目に悪い。


「宮崎すいと比較されるのやだー」

「昨日も1000万人に一人の逸材が出てたわね。奇跡を安売りすんなっての」

 そういえば、今年は500年に一回の大雨が降ってたな。


「もう、自信を持ちなさい。あなただって十分可愛いんだから」

「えー? みんなから、ブスって言われてるんですけどー」

「それは、あなたが変顔で写真を撮るからでしょうが! パンフレットで変顔してどうすんのよ!」

「だってお母さんが、写真は変顔で撮るのよっていうから」

 全く、愛子のやつ、どういう子育てしてんだ。


「とにかく、あなたは私の目から見ても可愛いし、演技も私の高校の頃よりもうまいぐらいなんだから」

「本当ですか?」

「本当よ!」

「本当に本当ですか!」

「本当に本当よ!」

「本当に、ずっとずっとミカ先生よりも、かわいいですか!」

 教育に必要なのは忍耐力だ。ミカは、言い返したい言葉を、ぐっと堪えた。


本当よ!後で体育館の裏来い!


「わかりましたー。じゃあ、行ってきまーす!」

 やっと泣き止んだと思ったら、いきなり元気になり飛び出していった。


 全く。さすが、というか、当然というか、愛子と流博士の娘だけのことはある。


 でも、華恋に抜群の演技力があるのは確かだ。生まれたときからアクトノイドで遊び、別人に変身する喜びを息をするように知っている。ミカとも奏とも違う、天真爛漫なタイプの女優だ。


 流博士の潔癖症はかなり良くなり、愛子とは幸せな家庭を築いて、華恋が生まれた。アクトノイドは人間の俳優と共存し、適材適所で今も活躍している。愛子は、アクトノイドの事務所を立ち上げ、業界では有名人だ。


 奏も、あいかわらずだ。そろそろ40歳になるはずだが、美貌は衰えず20代にしか見えない。外見同様、中身も成長していない。自分勝手な振る舞いで、いつも傍若無人に我が道を闊歩している。ちょいちょいミカのところに来ては復帰しろとうるさいが、やんわりと断っている。


 そして、ミカが見守る中、会場の照明が落ち、開演のブザーが鳴った。もうすぐ最後の演目の幕が上がる。


 下馬評なんか、ひっくり返せ。

 観客を虜にしろ。

 舞台を縦横無尽に駆け抜けろ。

 自分の心のなかにある情熱を、全部ぶつけてこい。


 ミカが心のなかで、華恋にエールを送る。


 これは、あなたの舞台だ。

 自分の好きなように、自由に演じればいい。


 そして、未来を切り開け!

 あなたの前には、無限の可能性が広がっているんだ。


 さあ、幕開けだ。

 あなたの人生の幕開けだ。


 この舞台を見た観客たちは、きっとこう呼ぶだろう。


 ―― 奇跡の幕開け ――

と。




―― アクトノイド 了 ――

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アクトノイド 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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