目がくらむほどのたくさんの世界を検閲

ちびまるフォイ

見ているのはこの世界だけではない

「この世界で検閲をしてもらいます」

「すごい数のモニター……」


通された部屋は周りがモニターで囲まれている。

画面にはひっきりなしに街角の様子などが流れている。


「これは監視カメラの映像……とかですか?」


「いえ、映像ではなく現実です」

「え?」


「あなたはここで現実で起きうる事象をチェックし

 いらぬ争いや闘争の火種となるようなことを検閲するんです。

 ここにリモコンがあるでしょう?」


「は、はあ……」


「このリモコンをモニターにあわせてボタンを押してください。

 その人の思考を操ったり、最悪消してしまうこともできます。

 見逃した場合は時間の巻き戻しと停止もできますから」


このリモコンを持ち帰ることができたら、とすぐに悪用が浮かんだ。


「ですが、仕事の性質上あなたが適任かどうか見定めなくちゃいけません」


「この部屋に入れたってことで合格なんじゃないんですか!?」


「オンザ・ジョブ・テスト、ですよ。

 あなたの適性はあなたと同じバイトをやっている人たちとの競争で判断します」


「俺だけじゃないんですか!?」

「別の部屋もありますから」


部屋の出入りは自由にできない。

他のバイトがいるにせよいないにせよ確かめるすべがない。


「あなたが他の候補者よりも遅かったらバイトは失敗となります。

 働いたぶんのお金はお支払いできません」


「それじゃなんのために……」

「こんなに見返りのいい仕事を体験できるだけでも幸運ですよ」


検閲アルバイトが開始された。

部屋には四方八方にモニターがあるもののすべて把握するのは無理。

やってみて見れるのはせいぜい4つくらい。


もしも、別室にはクモのように8つの目がある特殊な人間だとか

すさまじい洞察力で検閲対象を特定してしまうような人間がいたら太刀打ちできない。


「あ、検閲検閲っと」


そうこうしているうちに、モニターのひとつに検閲対象の映像を見つけた。

電車に乗り遅れた人が駅員に殴りかかっていたので排除した。


「こっちは……悪口か、検閲しないと」


自室でケータイをいじっていた女子はSNSで悪口を書いていた。

内容を検閲によりカットして世界に負の感情が広がらないように食い止める。


リモコンはその気になればなんでも操作ができる。

人やモノの操作はもちろん、ズームや感情の読み取りすら可能。


といっても、他の候補者よりも検閲を競っているので

機能をいちいち試している余裕などない、必死にモニターを食い入るように見つめて2時間。


「つっかれたぁぁ~~!!」


もう目が限界に達した。


「休みの日にテレビなんてもっと見ているんだけどなぁ……」


集中して観測を続けるのは思った以上ハード。

周囲からは処理できないほどの情報量が舞い込んでてんてこまい。


でも、ここでもし負けてしまえば俺の努力に対しての報酬は得られずに骨折り損。


目と体をふるい立たせて検閲作業を再開した。


「あ! しまった!」


そしてそれは起きた。ミスって検閲対象外を消してしまった。

現実で起きうることはリモコンで好きに調整できるが、リモコンの操作を戻すことはできない。


「これ怒られるかな……」


検閲で競っているのにミスをしてしまったら候補者として致命的。

万事休すかと思ったとき、モニターの片隅に見知った部屋が見えた。


「あれ……? これは、同じ部屋……か?」


周囲をモニターに囲まれた部屋では必死に検閲作業をしている他人がいた。

間違いなく俺と同じ検閲バイトの候補者だろう。


「そうだ! このリモコンでこうすれば……」


リモコンをモニターの1つに向けて操作すると、

画面内で必死に検閲作業をしている候補者はミスを連発して自分を殴っていた。


『ちくしょう! これで10連続でミスしてる!

 なんなんだ俺は!? いい加減にしてくれ!!!』


「あははは! やった! 最高だ!」


観測できる最大数のモニターを注意するあまり、

自分のミスが誰かのリモコンによって操作されているなどしるよしもない。


「ようし、これで他の候補者たちをおとしめてやる!」


リモコンを操作するとモニターの画面は部屋を透過して別の部屋に入ることができる。

まるで幽霊の目にカメラでもつけたみたいだ。

他の候補者の部屋に入っていは検閲をミスさせまくった。


『なんだ!? どうなってる!』

『ああ! しまった! どうしよう!』

『もうなんなんだ! いい加減にしてくれ!』


「ははは。ミスれミスれ。相対的に俺がトップだ!」


たとえ赤点でも他の人が全員0点なら凄まじい成績に見える。

変化はまったく違うところから発生した。


ビー。ビー。


"検閲注意報 検閲注意報"


"世界の規範が乱れています"



けたたましい警告音と事務的な自動音声が鳴り響く。

慌ててモニターに向き合った頃にはすでに遅かった。


俺が他の候補者をおとしめている間に、現実は進んでいた。

検閲がなくなったことで自由な発言と自由な活動ができる。


人と人が暴力をふるい、悪口で罵り合い、誰もが好き勝手に行動する。


「し、しまった! どうしよう!」


警告音は止まらない。

いくら検閲してもすでに遅く世界に拡散した負の感情はまた新たな火種となる。


もう救いようがない。


「あ……ああ……」


他の候補における検閲ミスというレベルではない。

検閲フィルタそのものが無くなっていたのだから。


部屋にバイトリーダーがやってくると、俺は顔から血の気が引いた。


「……なんの音ですか」


「あ、あのっ……すみません! 俺が検閲の目を離している間に……」


「そのようですね」


リーダーは大惨事になっている世界の様子を見て嘆いている。


「俺はなんて取り返しのつかないことをしてしまったんだろう……。

 周りの候補者の足を引っ張るのに躍起に鳴りすぎて、

 本職をすっかりできていなかった」


「いえ、取り返しのつかないことなんてないですよ」

「え?」


「大丈夫です。確かに検閲突破した世界が無茶苦茶しています諦める必要はありません。

 そしてあなたが責任を感じることもないのです」


「本当ですか!?」

「はい、すべて元通りですよ」


バイトリーダーは手元のリモコンを手にすると、

モニターにではなく地面に向けてスイッチを押した。


「やはりこのチャンネル世界線はダメでしたね」


バイトリーダーがそう言うと、俺がいた世界はすべて跡形文句なく消失した。

そしてすぐ俺のいない別チャンネルの世界がはじまった。



「この世界で検閲をしてもらいます」

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