第45話 決着

「はぁ……はぁ……」


 決勝戦は、肉薄した試合展開となっていった。


 それには主に二つの理由がある。


 一つは7試合目ともなると精神的に疲弊し始めていたことだ。


 一つの負けも許されないと考えていた俺達はどんな相手でも全力でぶつかっていった為、常に集中を切らさないようにしていた。


 お陰で大差で勝つ試合もあったが、その分楽と言えるような試合は無かった為、その影響が出始めていたのである。


「せおりん!」

「任せて!」


 もう一つは言うまでもなく、対策を練られていたとことだ。


 俺達のチームは細かな戦略を立ててはいるものの、極論このチームの心臓は石榮いしえさんと夏目さんが担っていると言っても過言ではない。


 変幻自在のサーブとスパイクを併せ持つ石榮いしえさんに正確なトスと時には自らスパイクを打ち込む二人は最大の得点源となる。


 故に予選は全てそれで勝ってきたようなものなのだが、それに対する対策が中々に虚を突いたものだったのである。


 ディフェンス時は石榮いしえさん以外の攻撃を完璧に防ぎきり、その分オフェンスでは穴となる部分をしつこいまでに攻め立てる。


 まさに肉を切らせて骨を断つとでも言うべきか、因みにその穴とは残念ながら殆どが俺である。


「くっ……!」


 サーブが幾度となく俺を攻め立てる。それでも何とか食い下がったし、周りもカバーしてくれるので悲惨とまでいっていない。


 しかしスパイクまでは中々跳ね返せず、気づけば得点は19-19という所にまで来ていたのであった。


季松すえまつくん大丈夫? ごめんねカバー出来なくて」

「いや俺の方こそ足引っ張って悪い……」


「けれど相手の狙いは分かっている分、最小限に抑えられている筈よ、だから皆残り2得点、最後まで気を抜かないで頂戴ね」

「そうだな……皆ありがとう」


「……正人、女の子に介護される気分ってのはどんな感じだ?」

「……中々に最高な気分だ」


「だろうな、だが戦犯にだけはなるなよ」

「分かってる、絶対に勝つぞ」


 その言葉と同時に伊藤がキレのあるサーブを入れる。


 それを相手のバレー部員は返すが、トスが思った以上に伸び、甘く入ったスパイクを石榮いしえさんと夏目さんが完璧なブロックで弾き返した。


「よしっ!」

「マッチポイントだ!」


 全員でハイタッチをし、声を上げて歓喜する――するとそれに応えるかのように球技大会にしてはやたらに多い観客も拍手と歓声をあげた。


 体育館の空気も俺達を後押ししている、優勝はもう目の前だ……!


「! しまっ――」


 だが戦犯にはなると伊藤に言われたばかりだというのに、マッチポイントが見えた瞬間気が緩んだ俺は相手が即座に放ったサーブを受け損なってしまう。


「くっ……」


 一瞬にしてリードは無くなり、スコアは20-20に。


 これで泣いても笑っても決めた方が優勝となり、これ以上ない展開に体育館の熱気は最高潮に達してしまっていた。


「わ、悪い……俺のせいで……」

「いえ、私もカバーを怠っていたわ。優勝が見えて気持ちが浮ついちゃうけれど、ここは練習を思い出して、今一度気を引き締めましょう」


「だね、私達はあれだけ練習をしてきたんだから! 絶対に勝てるよ!」

「付け焼き刃じゃどうにもならないってとこ見せてやろうぜ」


「ああ……そうだな」


 その言葉にぐっと力が入り、俺はその場から立ち上がる。


 ――正直何の名誉にも、名声にもならない、たかだか球技大会で何を必死になっているんだと思われても仕方がない気はする。


 恐らく俺もこのメンバーの中にいなければそう思っていたことだろう。


 ただ何というか、存外青春っぽい時間を過ごしていたので、いつの間にかこのまま負けたくない気持ちが芽生えていたのだ。


 何より、負けて皆の顔が曇るのはもっと見たくない。


 それに――美冬姉と、これで決着をつけないといけないだろうから。


 必死になる理由は、それだけあれば十分だ。


季松すえまつくんっ!」

「大丈夫だ!」


 相手チームのバレー部員がしつこく狙って打ってきたサーブを、俺は冷静に受け返すと、それを夏目さんへと送る。


「せおりんっ!」

「任せてっ!」


 更に夏目さんが鮮やかなトスで石榮いしえさんへと繋ぐと、彼女はブロックが先に形成されたのを見極めて、エアフェイクを入れた。


「おおっ!」


 そしてスパイクを打ち込むが、僅かにブロックの指先に当たったボールは球速を下げ落下、結果ボールを拾われ、オフェンスへと回られてしまう。


「くそっ!」

「みんな! 集中っ!」


 石榮いしえさんがそう声を上げた瞬間、夏目さんと俺達のチームのバレー部員が即座にブロックに入る体勢を取る。


 俺も身を屈め、バックレフトの位置で構える――さあ! 来るなら来い! どんなボールを取ってやるからな!


 ……まあ、とはいえ、穴であることを鑑みるとブロックで弾いて欲しい気持ちが無い訳じゃない。


 だがこういう時に限って、安直な願いはまず届かないもの。


「チッ! やっぱそうなるよな……!」


 力強く打ち込まれたスパイクは、二枚のブロックの間を綺麗にすり抜けると、猛然と俺の方へと飛び込んでくる。


 悔しいが最初からお前らは、最後まで美冬姉は俺のことを狙っていたんだから、ここでリスクのあるフェイクは入れたりしないよな……!


 だから――俺も安心して飛び込むことが出来る。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」


 先に動いた俺は、ダイブする勢いでボールへと飛び込んでいく。


 死んでも手を伸ばし、触れてやろうと俺はボールだけを見据えて身を投げる。


 するとボールはやんちゃな動きをすることなく俺の元へと近づいてきた。


「よしっ! 取れるぞ! ――――――へっ?」


 刹那。


 俺もがむしゃらだったのは言うまでもない。最悪どこでもいいからボールに触れ、上空に打ち上げればそれでいいと考えていたのだから。


 だが顔面に直撃することまでは考えている筈がない。


「ぐふぶっ!」


 中々強烈なスパイクが顔にクリーンヒットし、受け身を取ることも出来ないまま地面へと頭をぶつけた俺は、ぐらりと意識が遠ざかる。


「あ、後は……頼んだぞ……」


 こんな状況でまだそんな格好をつける俺は阿呆なのかと思うが、それでも決死で受けたボールは綺麗に弧を描きながら宙へと舞い上がる。


 そして薄れゆく意識の中最後に見えたのは。



 西日に照らされながら宙に舞う、まるでペガサスの如き石榮いしえさんだった。

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毎日睨んでくる美人転校生、実は幼馴染で俺のことが好きらしいのだがそんなハズがない 本田セカイ @nebusox

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