その後の4話 くねくね

 私は、昨年の夏に、ママの実家があるこの町に引っ越してきました。

 ここは、駅も市営バスもコンビニも充実しているので生活の不便は感じられません。ただ、都心部からは少し離れており、昔からこの土地に住んでいるお年寄りが多く、畑や雑木林、開拓地以外の土地は未だに砂利道の場所も少なくありません。

 その他の特徴として、四十年くらい前にこぞって建てられた市営の団地が数多く連なり、今では建物の老朽化が進んだ団地群は、黒ずんだ染みや剥げたペンキのせいもあり、やや不気味に見えます。


 私のおばあちゃんは、その団地の一つに今も住んでおり、私はそこにクラスメイトも何名かいるため、よく遊びに行きました。

 今まで、すこし不思議な体験もすることがありましたが、ここ最近は落ち着いているかな……。


 私は、クラスメイトの何人かで、よく放課後に町中の公園のどこかで遊んでから帰宅します。お年寄りも多いのですが、最近になって新興住宅区が開拓されてからは、子どもの数が増えたんだそうです。

 そのためか、新しくできた公園も多く、私たちは退屈せずに公園巡りをしました。

 帰りのホームルームでは、前後の友達と「今日はどこの公園行く?」「○○公園で待ち合わせね」などの会話が飛び交います。



 その日、私達が目指した公園は、比較的古めの遊具と、芝生に覆われた小さな公園でした。周りにはやはり古めの市営住宅がぽつぽつと建っており、芝生の丈の長さから、あまり整備が行き届いていないような印象を受けました。


「それにしても、この町っていくつ公園があるんだろうね。」

「わかんなーい、ここは初めてだね。誰が見つけたの?」

「真希ちゃんだよ。」


 真希ちゃんは、以前に『さとるくん』の件で公衆電話を見つけた女の子です。その後、少しの間様子がおかしかったんだけど、今は全然普通です。周りの友達もいつの間にか『さとるくん』の話題なんか忘れてしまっていて、真希ちゃん自身もその話をしないので、私はなんだかあの出来事が夢だったかのように、今では思えるのです。

 真希ちゃんは、好奇心旺盛な子で、怖い話もそうだし、町の歴史とか噂とか、そういうのを調べるのが好きみたい。だから、たぶんこの町の公園も真希ちゃんが一番詳しいんじゃないかな。


「なんか、見たことない遊具だね。これってどうやって遊ぶの?」

「ただのオブジェじゃない?」

 公園って、遊具の流行とか、そういうのあるのかな。新しい公園ってプラスチックとか木とか金属とかいろいろ組み合わせたものがあるけれど、ここの公園はオーソドックスのブランコと滑り台と砂場、そしてどうやって遊ぶかわからない丸い乗り物みたいな物体だけがありました。

 私たちは、公園についてしばらく公園内をぐるりと探索して、その後はブランコやベンチの周りに集まって下らないおしゃべりをするんです。

 その日も、女の子四人で薄暗くなるまで過ごしていました。

 私はふと時間が気になり、公園に設置してある大きく丸い時計に目をやりました。

 

 そのとき、ある一点に目が留りました。


(……なあに? あれ)

 団地群の中でも、一際ボロい……というか、窓にはベニヤ板が貼られているから、もう誰も住んでいないのかもしれない、六軒くらいしか入っていない小さな団地がありました。その窓の一つに、もうガラスも入っていない窓があって、私は妙にそこが気になったのです。

 遠く、暗闇で内部は確認できませんが、ある一点を見つめていると、一箇所だけキラリと小さく光るものが見えました。

 そのときにはもう、友達の話は耳に入ってこず、私は取り憑かれたように、ただその一点を見つめていたのです。

 その黄色でも赤でもない、オレンジの光は、見つめているうちにだんだん大きくなってきて、どうやらこちらに近づいてきているようにも思えました。私は、自分とその物体の物理的距離と、建物の外と内という壁に、少し安心していたというか油断していたのかもしれません。

 その光は、いつの間にか人みたいな形を作っていて、光りながらもくねくねと常に動いています。赤っぽい布が風に揺れているだけにしては、どうして光っているのかも謎ですし、第一今日は風なんて吹いていません。その物体の動きは明らかに作為的というか不自然です。でも私は、今まで生きてきてそのように動く存在を見たことがありません。

 私は目があまり良くないので、その建物の窓自体が少しぼやけて見えるのですが、オレンジ色のくねくねはなぜかはっきりと見えます。そして、窓のすぐ傍まで、たぶんですが、くねくねが近づいてきたとき、私は誰かに肩をぐいと引っ張られました。

「夏海ちゃん、だめだよ。」

 南ちゃんでした。

 南ちゃんは、霊感が強いらしく、今までも幽霊が見えたり、虫の知らせみたいな経験を何度もしたことのある子なんです。

「南ちゃんも、見える?」

 私は、今話の中心になってしゃべっている子に気付かれないくらいの小さな声で南ちゃんに言いました。

「あれは、ずっと見ていたら魅入られちゃう、良くないもの。」

「え?」

 南ちゃんは私にそう告げると、

「夏海ちゃん、アイツに気付かれちゃったから、もうこの公園に来ないほうが良いよ。」

 と行って、立ち上がった。

「ねえ、もうそろそろ帰らない?」

 南ちゃんの一声に皆が同意して、私たちはそのまま逃げるようにその場を立ち去りました。


 あの出来事の数日後、真希ちゃんがまた新しい情報を仕入れてきました。

「ねえねえ、あのさ、こないだ行った公園あったじゃん。」

「なになに、」

 近くにいた子達が数人集まってきました。

「あの、丸い変なオブジェがあったつまんない公園。」

「ああ。」

 私はすぐに、だ、と思いました。私は、南ちゃんに言われたとおり、あの団地には近づかないように過ごしていました。今のところ、変わったことは特に起きていません。

「皆、気付いてたかな?近くに廃墟になった団地があったでしょ。」

「うん、あったねー。」

 あの時、南ちゃんの他に一緒だった楓ちゃんが返事しました。

「あそこね、公園の位置からは見えないんだけど、反対側……団地の正面っていうのかな、そっちから見たら、真っ黒焦げなの。前に火事になったんだって。」

「へえ……。」


(火事……。)


「死んじゃった人って、いたのかな。」

「いたみたいだよ。火の元の原因になったおじさんが焼け死んだって、お母さんから聞いた。」

「うわあ、」

「ねえ、今度さ、肝試しで行ってみない?」

 真希ちゃんはいつものニヤリとした笑みを浮かべて言いましたが、冗談じゃありません。

「イヤだ、絶対に行かない!」

 私がそう言うと、

「なに、夏海ちゃんって 臆病だね。」

 とバカにされました。それでも、私は絶対に行きたくない。だって、私は、火事で焼け死んだおじさんの姿を想像したときに、ピンと来てしまったんですから。もしかしたら、私のただの空想かもしれません。

 それでも、火が体に燃え移って悶え苦しんでいるときって、どんな動きになるんだろう。あの、踊っているようなくねくねした動きが、もしも体が焼けていくときの動きだったとしたら――。そう想像してしまうと、あのオレンジ色の光が、もう炎にしか思えなくなってしまうんです。

「真希ちゃん、私も行かないよ。あそこはやめといた方がいいと思う。」

 場が白けた空気の中、南ちゃんの一声で結局、肝試しは決行されることはありませんでした。


 南ちゃんは、普段あまり進んでは幽霊の話や霊感の話はしないので、それからもあの団地のくねくねについて語ることはありませんでした。

 私もそれ以上は聞かなかったので、真相は分かりませんが、あそこは確実に何かイヤな空気が漂っていて、不気味なナニカがいるんじゃないかな、と私は思うのです。






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