その後の3話 人面犬
私の友達の南ちゃんは霊感が強いらしい。
今まで付き合ってきて、そんな話は聞いたことがなかったのですが、『さとるくん』の件がきっかけで、彼女から直接聞きました。
南ちゃんには、いわゆる幽霊という存在が、普通の人間のようにはっきりと見えるらしく、『だからそんなに怖くないよ、なれちゃったし』と彼女は言うのです。
私だったら……、怖い話が苦手な私なら、もしも今そんな状況になってしまったら気が狂うかもしれません。
ところで、私の住んでいる小さな町で、テレビでも報道されるくらい凄惨な事件が起きました。
その事件のせいで、私たち住民、とくに児童は保護者同伴や集団登下校、一人での外出の禁止などの厳重な決まりに縛られて生活しなくてはならなくなりました。
その恐ろしい事件というのをお話します。
あれから二週間ほど経ちましたが、ある朝、近くの海を飼い犬と散歩していた近所のおばさんが首のない死体を発見しました。
その遺体の身元はすぐに判明しましたが、驚くことにうちのおばあちゃんの団地に住む中年男性だと分かりました。
同居中の奥さんに事情を聞いたところ、『やったのは自分だ』というのです。
警察が、『どうして殺したのか』を尋ねると、『飼い犬がやれと言うのだ』と言ったそうです。
実際のところ、その夫婦は犬を飼っておらず、長年暮らしていても不仲な様子もみられなかったということで、奥さんの精神的な病気が疑われました。
また、不可解なことに、旦那さんの頭がいまだに見つかっておらず、そのことについても『犬にくれてやった』とか『首はここにはない』などと言うので、もしかしたら共犯者がいるのかもしれないという可能性も出てきました。
そんなわけで、この二週間ほどは、この町に住む誰もが衝撃と不安な毎日を過ごしています。特に、南ちゃんは、その夫婦と同じ玄関に住んでいるため、警察の人やマスコミの人、何よりその部屋の前を毎日かわしながら暮らすことに、相当のストレスを感じているようでした。
私は、おばあちゃんやママから、団地にはしばらく行くなと言われていたため、遊びに行くことはおろか、外出もできずにただ家と学校を往復する毎日を送っていました。
学校での南ちゃんは、私に話を聞いてもらいたいみたい。
それからまた一週間くらい経った日のこと、
「……大丈夫?」
私が南ちゃんに声をかけると、
「あのさ……ちょっといい? 二人きりで……、」
と、南ちゃんに誘われました。
私たちは、廊下の一角に座って話をすることにしました。
「あのね、前に私が幽霊見えるって言ったでしょ?」
「うん。」
「実はね……、うちの団地って、なんかそういうのが集まりやすい場所みたくて、この前の階段の男の子以外にも……いるんだよね。」
「え……そうなの……。」
「夏海、怖い話苦手なのにごめんね。夏海以外には話していないから、それに今回はもう限界っていうか……誰かに聞いてほしくて。」
私は、しばらくおばあちゃんの団地に行くことを禁じられていたこともあり、南ちゃんの話を聞くことにさほど抵抗を感じていなかった。なにより、心配なのは南ちゃんが抱えていることでした。
「うん、聞くよ。どうしたの?」
「あのね、私の玄関のさ、あの事件あるでしょ? あの事件の前からずっと、犬の鳴き声が聞こえてたんだ――。」
『犬』で思い出しました。確か、犯人の奥さんが、犬がどうのって言っていたんだっけ――。
「……それって、普通の人には聞こえないもの?」
「そう、最初はそうじゃないって思ってた。けどそうみたい。」
「それで?」
「あの事件があってさ、おじさんの首、見つかってないんでしょう?」
「そうらしいよね。」
「……おじさんの首ね、見えるんだ。」
「え……。」
南ちゃんによると、あの事件以降、その部屋のあたりに前に聞いた犬がうろうろしている姿が見えるようになり、前みたいにギャンギャン吠えなくなったそうなのです。
南ちゃんは普段から幽霊が見えたとき、自分が幽霊が見えると相手に悟られないようになるべく無視するようにしているそうです。そうしないとついて来られたりすることもあるって――。だから、‘見える’って嫌ですよね。
「その犬もさ、うろうろするだけでこっちに興味ないみたいだったから、ずっと無視していたの。いつも後ろを向いて部屋のドアに頭を擦り付けるような仕草を続けてたから……。でもね、その犬があるときこっちを向いたのよ、いきなり。」
「……。」
「おじさんだった……。」
「え?」
「犬の顔がね、あのおじさんなの。」
「うそ……。」
「『首はここだ』と『まいったな』って、私に言ってきた……。」
私は、人面犬を想像した。そのおじさんの顔も知らないのに、イメージは鮮明で、恐ろしくなった。
「ごめん、南ちゃん、ちょっとタンマ。」
「夏海、ごめんね。でももう少し、言わせて。」
南ちゃんが続ける。
「その犬ね、私と目が合った後、階段を駆け下りてどこかへ走って行っちゃったんだ……それからはもう玄関でそいつを見ることはなくなったんだけど。」
「うん……。」
「たぶんね、たぶんなんだけど……。」
「おじさんの首、もうすぐ見つかると思うよ。」
南ちゃんはそれだけ言うと、あとは何も話しませんでした。
南ちゃんの声はずっと震えていました。きっと、一人で抱えているにはあまりにも怖かくて耐えられなかったのかな。
そして、恐ろしいことに、この後ほんとうにおじさんの頭部が見つかりました。
しかも、おじさんの首なし死体を発見した不運なおばさん、覚えていますか? その人の飼っていた犬が何者かに虐殺されて、無惨にもおじさんみたいに首なしの状態である朝発見されたんです。
どうしてかわかりませんが、その首なし犬の傍らに、おじさんの腐敗した頭が転がっていたそうです。
発見したのはこれまた飼い主であるおばさんで、このおばさんはあまりのショックから精神がおかしくなってしまい、現在は入院していると噂で聞きました。
それからです。
学校ではまた一つの怪談が流行り出しました。
今後は、『首なし犬』です。
話によると、首なし犬は、自分の頭を探しまわってこの町を徘徊しているそうです。それを見てしまった人は、追いかけられるとか首を切られるとか、そんな付け足しの噂もありましたが、誰が言い出したんでしょうね、まったく。
ただ、その犬の特徴として、あの近所のおばさんが飼っていた犬と犬種や特徴が同じだったことは言うまでもありません。
犬の首はいまだに見つかっていないそうです。
南ちゃんが、あのときどうして『おじさんの首がもうすぐ見つかる』ということがわかったのでしょう。霊感の強い南ちゃんには一体何が見えていたのでしょう。
首なし犬の怪談話を、『ばっかじゃないの、』と突き返す態度の南ちゃんに、私は、いまだに事の真相を聞けてはいません。
何が見えていたのか、知りたくもありませんから――。
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