最終話怖い団地の七不思議
「ねえねえ、あの子誰だっけ?」
「同じ団地の子じゃない?」
「あんまり見かけない子だね。」
「そうかな、そうだっけー。」
「声かけて、一緒に遊ぼうか。」
「そうだね。」
これが私たちの日常風景。
学校が終わって、日が暮れるまで、疲れを知らずに遊んだ。
クラスの仲良しグループと違って、ここは年も性別も気にしない。よくいる子もたまに遊ぶ子も差別しない。名前を知らなくても関係ない。
大人になった今は考えられないけれど、子どものときって楽しければそれで良い。ときには、そういう無邪気さが得体のしれぬ‘何か’を引き入れてしまうこともあったかもしれない。
その日は、すごく楽しかったのを覚えている。
ミエちゃん、トモくん、明子ちゃんに弟のたっくんも皆いた。
人数が多かったから、いつもできない遊びもできて、よくある揉め事もなかった。
小学六年生の秋、不思議にも私はそれ以降に皆で遊んだ記憶が曖昧で、それからも遊んだはずなのだが、覚えていない。
まるでその日を最後に私の子ども時代が終わったかのような感覚だ。
昔の記憶とは、時が経つに連れて、朧げで不確かなものになってしまうものだ。
あの秋の夕暮れも、私にとっては些か不確かなで不思議な体験の一つである。
辺りが次第に薄暗くなり、たくさんいた子どもの人数も一人また一人と減っていった。
私は、トイレに行きたいからと先に帰った弟を見送って、自身も帰るか迷っていた。
ミエちゃんがもう少しだけ遊ぼうというので、少しだけなら、と私は承諾した。
私とミエちゃん、そして名前を思い出せないあの女の子と三人でしばらくくだらない話をしていたのだ。
すると、その子、仮にAちゃんとする。Aちゃんが、こんな話を切り出した。
「二人とも、ここの団地の七不思議って知ってるー?」
Aちゃんは、これといった特徴がなく、目を一本に細めて笑った表情がなんとなく思い出せるくらいだ。
誰から聞いたのか、七不思議の話を始めたときも始終笑っていた。
「えー、知らない。」
ミエちゃんが首を傾げた。
私も七不思議は初耳だった。とはいえ、この団地にまつわる不思議な体験や奇妙な住人との遭遇は数えたら七つくらいにはなりそうだ。
「じゃあさ、おウチに帰る前に、七不思議の話聞いてかない?」
Aちゃんの笑いはどこか不気味だった。日暮れが作る薄暗さのせいかもしれない。
私とミエちゃんとAちゃんはブランコに腰掛けて、各々少し揺れていた。
「一つ目は、階段の男の子。これは理美ちゃんの玄関だよ。一階と二階を繋ぐ踊り場には、目には見えないけど十歳くらいの男の子がずっと隅っこに立っているんだって。夜、電気を点けないで隅っこに立つと、『踏まないで』って言われるらしいよ。」
私は、前に弟から聞いた自分の部屋の押入れの男の子のことがちらっと頭をよぎった。
「二つ目、五階の吠える犬。これはミエちゃんの玄関だよ。ミエちゃんって自分の玄関の最上階まで行ったことある?」
私達の相槌など構わず話し続けていたAちゃんから突然話を振られたミエちゃんは、急にしゃんとして首を横に振った。
「ここってペットは飼っちゃダメなんだけどね、そこの五階に上がってドアの前に立つと、犬の吠える声が聞こえるの。でも住人は犬を飼っていない。以前にこっそり飼っていたのかもしれないけど、確実に今は犬なんていない。吠え方もなんか怖いらしくて、ずっと威嚇してるみたいなんだって。でもここが不思議なんだけど、その犬の声って、ほとんどの人が聞こえないのー。だから本当なのかな?」
私はそろそろ帰りたかった。けれど、Aちゃんの話を遮るタイミングがどこにも掴めなかった。
「三つ目ね、六階の部屋。これは実際にどこにあるかわからない。でもひょんなことから、ある条件が重なるとないはずの六階に行けるんだって。六階に行ってしまったら戻り方なんてないんだけど、ある条件はわたし知ってる。知りたい?」
私達は揃って首を振った。
ミエちゃんはこの時点で一度ブランコを降りた。私同様にミエちゃんもまた帰りたかったんだと思う。
それでもAちゃんは続ける。
「四つ目は、砂場に埋まるものっていう話。」
「砂場って……そこ?」
ミエちゃんが聞いた。
「そうだよ。近くて嫌だね。」
全然、嫌そうじゃない、悪戯っ子みたいな顔でAちゃんは言った。
「この砂場の砂がどこから運ばれてきたかって話なんたけど、この町の山の中に墓場があるでしょ、実はあそこを開発するときにそこで掘った土をここに持ってきたっていう噂。それでね、あそこはちゃんとした墓地になる以前から死んだ人の骸を埋めるる場所だったんだって。だから、この砂場も掘って探してみたら遺骨の一部が出てくるかもしれないんだよ。」
Aちゃんの話はあと三つで終わる。私は諦めて最後まで話を聞くことにした。ミエちゃんもブランコに座り直したのでそのつもりなんだろう。
あれ。
でも、七不思議ってさ、最後まで知ってしまうと……何かなかったっけ。不吉なことが起こるとか、七つ知ってしまっては駄目だとか、聞いたことがあった。
「五つ目は、登ると呪われる木。公園の四隅に生えている松の木だよ。」
あの木は、実際私も痛い目に合っていて知っている。でもそれは呪いとは関係ない木がするのだ。
私の体験はこうだ。ある日友達と木登りしようということになり、公園に生えている木のどこまで上に上がれるかを順番に競ったのだ。
結果は皆あまり上には昇れない。ここの松の木は枝が頼りなく、勢いで登るにも限界があった。皆すぐに飽きてしまって帰ったが、その日の夜、なぜか皆、手や足、股が痛くなった。今思えばかぶれただけの話かもしれないが、当時は木の祟りだ、とかいう子もいて盛り上がったのだ。
Aちゃんの話もだいたい、そのような話だった。
「じゃあ、六つ目ね、川べりの老人って知ってる?」
「もしかして、裏の川で釣りしているおじいさん、だったりする?」
私は、夢で不気味な老人を繰り返し見た経験があった。結局、あれは夢だったから、現実世界で実害はなかったものの、実にリアルな夢だったため、どうしてAちゃんがその老人のことを知っているのか、ということに興味があった。何か知っているなら、知りたい。
「もしかして、理美ちゃん、夢で見たことある人?」
Aは飛びつくように言った。
「うん……、すっごく不気味な人。それって夢で見たら何かあるの?Aちゃんは何か知ってるの?」
「あのじいさんね、川で魚を釣っているんじゃないの。釣っているのは別のもの。でもこれは七不思議だからね、本当かどうかなんてわかんない。でも噂ではあの川は黄泉の国と繋がっていて、あの老人は川から流れてくる屍体を釣り上げているって話。川の音を聞きながら眠ると、そういう夢を見るんだってー。」
「……へえ、そうなんだ。それで終わり?」
「私は見たことないし、見たらどうなるとかって、この話にはないよー。」
「……私も川の方の部屋で寝てるから、ちょっと怖いな。」
ミエちゃんが引きつって笑いながら言った。
「さてと、これで終わり!」
「え?」
まだ六つだ。わたしはそう思ったが、ミエちゃんは、
「終わったー!ぞくぞくしちゃってお腹空いたから、帰ろう。じゃあね。」
と、走って行ってしまった。
私もつられてブランコから下りて立ち上がったが、すぐ近くのAちゃんと目が合ったまま動けなずにいた。
「理美ちゃん、怖かった?」
「うん、まあ。」
「でも理美ちゃんは、けっこう知ってるみたいだったね。七不思議って案外ほんとうなのかもねー。」
「……。」
「どうしたの、帰らないの?」
「……。」
「あ、そっか、七つ目、七つ目があったね。聞きたいの?」
「ねえ、Aちゃん、あなたってどの部屋に住んでるんだっけ?」
「えー、知らないの?七つ目が終わったら教えてあげる。」
いつの間にか、辺りはすっかり暗くなっていた。
「七つ目はね、本当は聞いちゃいけない話なの。というか、ないのよ。だって、七不思議って七つ知っちゃうと良くないことが起こるんだよ。だから、誰も知らないの。」
「じゃあ、Aちゃんが作った話なの?」
「うーん、まあそんな感じかな。」
「Aちゃん、わたしやっぱりもう帰るね……。」
「だめだよ、もう時間が来ちゃった。」
「Aちゃん……。」
「七つ目はね、どこにでもいるような平凡な女の子の話。七不思議を知りたがる子どもにお話を聞かせてあげるの。でもその子って本当はもう死んじゃったの。団地の子たちと遊びたくて七不思議を作ったの。」
「Aちゃん、やめて、もういいよ。」
「でも誰も最後まで話を聞いてくれなかった。七つ目の話を最後まで聞いた人はね、七つ目の結末になるの。――そしてそれが、」
私は、途中から耳を塞いでいた。ずっと笑っていたAちゃんは、七つ目の話をし始めてから泣いているようだった。
Aちゃん、どうして泣くの。
その瞬間だった。
「理美ー!!夕飯できたから、いい加減帰ってきなさーい!」
空から大声が降ってきた。
見上げると、私の家のベランダに母の姿があった。
「ごめん、今すぐ帰る!」
そう言ってAちゃんの方へ視線を戻すと、Aちゃんはもうどこにもいなかった。
これが、私が子ども時代に公園で遊んだ最後の記憶。
それからも遊んだはずだけど、いつ誰と何して遊んだとか、具体的に私の経験として思い返すことができない。
説明しづらいのだが、あの日を境に私の子ども時代が幕を閉じて終わってしまったような感覚。
だから、あの団地で皆と楽しく遊んでいた子どもの私は、もしかしたらAちゃんのいう通り、七つ目の話の中に連れて行かれてしまったのかもしれない。
今、言えることは、やっぱり団地ってどこか不気味。可怪しな隣人も、団地がそうさせているのか、団地が連れてくるのか。
この場所が、たまたまってだけなら良いけれど――。
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