猫ロマンス夏休み

谷田部乃空

第1話

祖母の家の軒下に干からびた猫の死体があることを私だけが知っている。


痴呆の入った彼女の虚ろな双眸。そこにもはや一片の光も無い事を冷静に理解できるのは、私が孫であるからに違いない。


近くありながら細い縁。都度変わる距離感。

責任感のない愛情を注がれても、幼く未熟な心は恩を感じていた。


お菓子だけを食べていればいいと言ってくれたのを覚えている。顎が溶け落ちても彼女は皺だらけの手で撫でてくれただろう。


夏休みがずっと続けばいいと思った事はある。それでも夏休みが終わらなければいいとは思わなかった。31日には家に帰るという事実があるからこそ、あの場所に居ることが出来ていた。


一緒には生きられない。一緒に生きた記憶が無いのだから。家族とも思えない。家族であった時期がないのだから。


悲しい事であろう。感受性の乏しさ故の悲劇に他ならない。このように無味乾燥な私を育んだのは、彼女の愛と美しく閉鎖的な田舎町であった。


祖父の死んだ翌年の春、茶トラの猫が祖母の家に住み着いた。夏には子を成して、その子らは翌春に子を成した。祖母は猫を嫌っていたが、母が餌をやるので猫は一向に減らなかった。


猫は隙間に入るのが得意だ。本棚と壁の間や少しばかり開けたドアに図々しくも頭を突っ込んでしまい、後はぬるぬると入り込んで居座る。祖父の亡きあの家には大きな隙間があったということだ。何かを言い立てたところで、猫以外の何者にもその隙間を埋めることが出来なかったのだ。


やせ細った祖母が祖父の死から何度目の春か数えるのをやめた頃、変わらずあの家にはのどかな空気があり、私達は生きる喜びを感じていた。猫は芝生の上でとぐろを巻いている。空は不自然なほど青く光り、もはや悲しみの隠し場所は見当たらなかった。


あの猫は祖母だ。


殺したのは私だ。


埋めてやろうかなんて気持ちも湧かなかった。枯れ木のようになったそれに御霊は名残りも無く、形ばかりが不完全に残っていた。

母や叔父は悲しむだろうから、私は決してこの事を彼等に言わない。


私に言われて気がついて、そうして流した何某かで、濡らして良いものなど何一つとして無いのだ。見れば見えたはずなのだから。


今日も縁側では母達のよどみない笑い声が聞こえる。彼女らの足元には猫の死体。


私は知っている。あとは誰も知らない。

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