(ベロニカの家)

「案内するわ。ついて来て」

 少女は歩き始め、リティアはあとについて行った。通りには馬車が止められていて、少女は先に乗ったあと、リティアも続いた。少女は前方の御者に声をかけ、その合図で馬車は出発する。

 馬車はしばらく進むと大きな通りから逸れていき、人気のない道を通っていった。リティアは今どのあたりにいるのだろうと思いながら、何も言わず馬車に揺られていた。しばらくすると馬車は止まった。

「ここよ」

 目の前には大きな屋敷がそびえ建っている。少女は家の鍵を開け、中に入って促した。

「どうぞ」

 家の中は吹き抜けになっていて、天井から吊り下げられた照明が室内を明々と照らし、二階に上がる階段が正面に続いていた。

「ここがあなたの家?」

「そうよ」

「ずいぶん大きいのね。一人で住んでいるの?」

「他にお手伝いさんが一人いるわ」

「そうなの」

「そういえば自己紹介がまだだったわ。わたしはベロニカ、よろしくね。あなたは?」

「わたしはリティア」

「よろしく、リティア」

 二人は握手をする。ベロニカは言った。

「あなた、おなかが空いてない?」

 リティアは自分が空腹であることに気付いた。

「ええ、まあ」

「では食事にしましょう。今日はもう一人分用意するから、待ってて」

 ベロニカはしばらくその場を離れ、戻ってくる。それからリティアとともに二階に向かった。廊下を歩き、左側にある部屋に入る。中央に大きなテーブルがあり、椅子が片側に七つずつあった。

「ここは客人があったときに使う食堂よ。さあ座って」

 ベロニカとリティアは並んで腰かける。それからベロニカはペンダントを取り出した。

「これは母さんが残してくれたものなの。この家もそう。けっこう大きいから、一人じゃもてあましているの」

「そんなに部屋が多いの?」

「そうね、だいたい二十か三十くらいかしら。それに庭もあるわ。明日、一緒に見ましょう」

「ええ」

 話していると、ドアがノックされた。家政婦が食事を運んできて、料理がテーブルの上に並べられる。

「ありがとう」

 ベロニカは言い、家政婦は礼をして下がった。

「では、食事にしましょう」

「とてもおいしそう」

「どうぞ、食べて」

 リティアは鶏肉の料理を口にした。

「どう?」

「おいしいわ」

「そう、よかった」

「この家はお母さんのもので、前は一緒に住んでいたのだけどそのころのことはよく覚えていないの。壁のところに写真があるけど、その人がそう。それから母さんが死んで、わたしは家政婦のポリアンナさんとここに住んでいる。もう十年以上ね。こんな話は退屈かしら?」

「いいえ、そんなことない」リティアは答えた。「とても興味があるわ」

「そう、よかった。わたしはずっとポリアンナさんと二人で暮らしていたの。だから今日はあなたに会えてよかった。そうだ、今日は泊まっていかない?」

「え、いいの?」

「ええ、もちろん。どうせ部屋は余っているから、どこでも好きなところを使って」

「ありがとう」

「そういえばリティアはどこに住んでいるの? この町の人?」

「いいえ、そうではないわ。わたしは旅の途中なの。昨日はこの町にある宿屋グランデに泊まったの」

「そうなの? じゃあここに来たのは正解だったわね。宿代を払う必要がないもの」

「ええ、でもいいのかしら」

「好きなだけ泊まっていってちょうだい。部屋に案内するわ」

 二人は食事を終えると、食堂を出て廊下を歩いた。

「リティアの部屋、どこにする? どこでも好きなところを使っていいわ」

「これだけ多いと選ぶのが大変そうね。ベロニカの隣でいいわ」

「わかったわ。わたしの部屋はこっち」

 ベロニカは廊下のある場所で止まり、扉を開けた。

「ここね、じゃあリティアの部屋はこの隣にするわね」

「ええ」

「早速準備させるから。そうだ、これからお風呂に入らない。いつもの時間にもう準備はしてあるわ」

「ええ、ありがとう」

「お風呂まで案内するわ、こっち」

 浴室は二階の廊下の奥にあった。

「ここを使って。リティアが先ね。わたしは自分の部屋にいるから。何かあったら呼んで」

「わかったわ」

 リティアは部屋に入ると服を脱ぎ、浴槽に浸かる。入浴が終わって浴室を出ると、ベロニカの部屋の前に行き、ノックをした。

「どうもありがとう。とてもいいお湯だった」

「そう、わたしも入ってくるわ。隣のリティアの部屋の準備が出来たから、そこを使ってちょうだい」

 部屋はベッドと小さな机のある落ち着いた雰囲気で、清潔で埃ひとつなかった。しばらくするとベロニカがやって来る。

「どう、気に入ってくれた?」

「ええとても。自分の部屋に帰ったみたい」

 ベロニカは椅子に腰掛けた。

「リティアは今までどこにいたの?」

「遠いところ」

「遠いところ? 何という町?」

「そこに名前はなかったわ。ただひとつわたしの家があって、それをわたしは『ドールハウス』と呼んでいたの」

 ベロニカはうなずいた。

「わたしも一人だったから、ベロニカと出会えてうれしいわ」

 ベロニカと話していると夜の十一時を過ぎていた。ベロニカは言う。

「そろそろ休みましょうか」

「ええ」

「じゃあまた明日ね。おやすみなさい」

 ベロニカは部屋を出て行った。リティアは立ち上がり窓辺へと寄る。外は暗くまだ何も見えない。リティアは灯りを消し、ベッドに横になった。

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(仮題)光と魔法のメルヒェン onrie @bicarbonate

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