英雄の残像

タチバナタ

1 持たざる者ども

「勇者に頼るのはやめておきな」



 苦労してたどり着いた矢先の言葉がこれである。


 雪の降る山を三つ越えてきた。携帯した食料はとうの昔に底をつき、魔物たちから死に物狂いで逃げ切り、ようやく到着した港町。


 親切な喫茶店の店主にコップ一杯の水を恵んでもらい、ほっと一息ついた。それで安心しきって旅の訳を話したら、苦々しい顔で先の言葉を言われたのだ。


 私は水でむせながら店主に理由を問い質す。


「お嬢さん。勇者の噂を知らないとは余程の田舎からきたのかい」


 失礼な、山をひとつ越えたところです。


「ほう、相当辺鄙なところなんだな」


 むう。これでもまだ田舎呼ばわりされるとは。こんどからは山ではなく海の向こうからきたと嘘をつくことにしよう。


 店主はふくれる私を遠慮がちに笑いながら、少し怯えた様子で辺りを見回した。


 そして一言。


「この世界を滅ぼしてしまうのは魔王ではなく、勇者なのさ」


 ちゃんちゃらおかしな話だ。それではなぜ勇者などと呼ばれているのか。


「声が大きいよ。お嬢さん。勇者はどこで聞いているかわからないんだ」


 捲し立てる私を店主が慌てて静止させる。


 しかし、どうも私は気が治まらない。


 勇者の悪評なんて信じられるはずがないのだ。でなければ死に物狂いの山越えが無意味ということになってしまう。


「残念だが諦めな。勇者には頼れない」


 それは勇者が悪者だからですか?


「いいや、紛れもない善人さ。この町も何度も助けられた」


 じゃあいいではないか。 


「いいやだめだ。勇者がいては世界が駄目になる」


 どうもこの店主の話は辻褄が合わない。


 水を恵んでくれた親切をむげにするようで悪いが、たかがコップ一杯だ。私は、何も頼まずに店を後にすることにした。


「太陽を見続けられる人間なんていないのさ。覚えておきなさい」


 去り際に聞こえた店主の言葉もどうも気障っぽかった。


 今度から親切を受ける相手を選ぶことにしよう。失礼に聞こえるかもしれないけれど、年頃の女の子が煩わしいおじさんに向ける態度なんてこんなものさ。


 気にしない気にしない。


「お先にどうぞ、お嬢さん」


 外からきた青年が紳士に店の戸を開けてくれた。私は軽く会釈だけを返し手外に出ると、歩きながら次の行き先について考えた。


 幸先が悪いけど、めげてはいられない。


 早く勇者を見つけなくては。その為にも今度は海を渡って王都に向かうとしよう。


 私は意気揚々と軽い足取りで港へと駆けていった。












※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


春の月ニの日


港町にて反勇者組織の壊滅に成功。

魔王軍下部組織と共謀し勇者暗殺を計画中との報をうけ、俺自ら出向き、反勇者組織員の捕縛した。


馴染みの店のマスターが店を拠点として提供していたようだ。あそこのミートパイが好きだったのに。


いつまで繰り返せばいいのだろう。

いつからこうなってしまったのだろう。


変えたくても、俺は剣を振るうことしか出来ない。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

英雄の残像 タチバナタ @tachi0402

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ